W4-1 あの人の自室はどうなっていますの?
パニッシュメント号内。
壁の一面には、パステルカラーの紫色の壁紙が張られ、備え付けのベッドにはフリル付きの枕・布団カバーを装着。
全体的にファンシーな雰囲気でまとまっている。
この部屋での活動では一番いることになるだろうデスクの横には、大型の木棚が設置されてある。
その中にはあたかも商品を陳列しているように、カラフルな毛糸がきっちりとグラデーションになるように置かれていた。
そして棚の上には、グリフォン、クラーケン、ユニコーン、ドラゴン、計四体のぬいぐるみが、大人しく座っていた。
ここは使役者の自室。
その部屋の主はデスクに向かい、専用の台にスマホを置いて何らかのBGMを流しながら、棒針を動かしていた。
その途中、部屋のインターホンが鳴った。
移動時間は今日で七日目。そろそろコバヤシから次の任務に向けてのミーティングではないかと思い、
「はーい、今行きますわー!」
編み物を止めて、小走りで部屋の出入口を開けにいった。
するとそこにいたのは、コバヤシではなく帰還者と首謀者だった。
出会って開口一番に、帰還者は言った。
「おい使役者、今から戦死者の部屋を覗きに行こうぜ」
「お断りいたしますわ」
と、使役者は即刻拒絶し、ドアを閉めようとする。
だが、首謀者が足でドアを止めて、
「お前も気になるんじゃあないか? あの毎秒仏頂面の謎しかない兵隊さんの『素性』がよォ~~」
「それにもしアイツが何かヤバい隠し事してたらどうする。
ほら、こういうチームで極秘任務にあたる系の映画にちょくちょくあるだろ。任務が行われたことそのものを抹消するために、一人だけもう一つ任務を預かってるってパターン。
アイツなんてその適任だろ。あんな従順な掃除人なんてよ」
「それはそうでございますけど、私もやることがございますから……」
すると帰還者が、使役者のスリッパの裏に糸を張り、彼女を部屋の外にスライドさせる。
すかさず。首謀者がドアを閉め、結果、使役者は出てきた。
そして二人は使役者の背中を押して動かしながら、
「遠慮するなって使役者。きっと損はさせねえから!」
「とにかく黙ってGO! 騙されたと思ってよォ~~!」
「その言い文句はだいたい損するパターンですわよね……全く」
使役者は二人の謎の根気に折れて、自分の足で廊下を歩き、二人と一緒に戦死者の部屋に向かっていく。
道中、三人は脱走者の部屋の前を通りかかる。
そこで首謀者はスムーズにドアノブに手を添え、ガチャガチャ動かす。
「おいアイツ、鍵かけてないぜ」
「不用心な奴だなぁ」
「中にいるからかけなくてもいいと判断したのではないですか?」
そして首謀者はそのままドアノブを下げて、ドアを開ける。
するとその先には、いたるところに段ボールが放置されたままの中で、地べたに座っているのが見える。
手前には、カラフルなブロックがぶちまけたように――-実際、すぐ横に逆さまのブロックの箱があった――広がっていて、脱走者はそこからパーツをつまんだり、逆に放ったりして、手元で独創的なデザインの車を組み立てていた。
「うーん、段差が合わねぇなこれじゃあ」
首謀者は散らかったブロックを踏まないよう、慎重に部屋の奥へ進み、脱走者を呼ぶ。
「おい脱走者。今から戦死者の部屋を覗きに行くんだけど、どうする?」
「おおいいじゃん。行く行く」
脱走者は逆さになったブロックの箱に、作りかけの車を置いて、首謀者と一緒に部屋を出た。
そこで使役者は言った。
「想像以上にあっさりついてきましたわね、貴方」
「当たり前だろ。アイツって一体どんなやつだか、かれこれ一緒に世界三つぶっ壊してるのにわからないんだぞ。
ほっとんど喋らないし、何考えてるかわからん顔だし、どこにしまってるんだかわからんとこから服出せるし」
「そうですわね。脱走者さんが一番気になるのはやはりそこですわね。私も横で見てて思いましたわ。あの方、いつも手ぶらなのにいざ戦闘となったらどこからともなくピストルとかライフルとか、その他諸々の装備を取り出しているんですもの」
「それはお前もじゃんかよ、使役者。いっつもなんか丸い箱とか、ぬいぐるみとか、ポンと浮かせてるじゃんかよ」
「私はそういう魔法ですから。あの方の場合はどういう理屈かさっぱりわからないじゃないですの」
続いて四人は、簒奪者の部屋の前に差し掛かった。
「で、どうするよ帰還者。あの人も呼びましょうか?」
「んー、どうしよっかなー。別に悪気はないんだが、アイツがいると事態がややこしくなるから……」
「それアタシも同感。多分やらしいこと企むぞアイツ」
「呼んであげましょうよ、御三方。仲間外れなんて可哀想ですわよ」
というわけで使役者は、簒奪者の部屋のインターホンを鳴らし、
「入ってよろしくてー!?」
「ああ使役者か。入ってきたたまえ、もうとっくに鍵は開け放っているから」
ドアを開けると、まず目の前に入ったのは、三つのゴミ袋だった。
「おや、思いのほか大勢で来たものだね。どうしたんだい?」
と、バスローブを素肌にそのまま羽織った、ラフな格好をした簒奪者は言った。
だがそんなことよりも、四人の視線を集めたのは彼女の周囲の状態だった。
いたるところに服が無造作に落ちてるのはまだ序の口。
彼女が個人的に収集しているボードゲームや、『スマホの使い方』、『現代ビジネス用語』などの周りと知識を合わせるための本が、典型的な魔女の家のように、物が置けそうなところならどこにでも積み上がっていた。
ところが極端なことに、扉が開けっ放しのバスルームや、こだわって用意したのだろう天蓋つきのベッド周辺は綺麗に整っている。
細かい話だが、床に転がっている服はキチンと洗濯されていて、最悪の事態は免れていた。
他三人がポカーンとしているので、脱走者は率先してツッコむ。
「何だよこれ!? アタシの部屋よりも散らかってるじゃねーかよ!」
「お前、散らかってる自覚あったのかよ!?」
「おめーも散らかってる自覚があったんじゃあないか!?」
「貴方も散らかってる自覚ありましたの!?」
簒奪者は頭をかきつつ照れ笑いを浮かべ、
「いやぁ、恥ずかしいところを見られてしまったね。生憎僕は生まれてこの方、『部屋の掃除』という業務を行ったことがなくてね。生家からすでに贅沢寄りの生活が出来ていたから、そういう部分は召使いにやらせていたから……おっと話が長くなりそうだ。
ところで、僕に何のようかね、皆」
「……発起人から説明してくださいまし」
発起人――首謀者と帰還者は言った。
「俺たち4Iワールドエンフォーサーズの中でも特に謎の多い野郎、戦死者。
そいつの素性に少しでも迫るべく、俺たちは奴の部屋へと向かおうとしている……」
「てなわけでせっかくだからみんなもご一緒にって、使役者、脱走者、そしてお前も呼んでる……だが」
「だが?」
帰還者は部屋を見渡し、もう一度この散らかった惨状を確認して、
「同じ船に乗る身として、これはこのまま放ってはおけない」
他の三人も、帰還者にうなづいた。
「いや脱走者、お前はそっち側だろうがッ!」
「わーったわーった、アタシも後でやっとくよ」
この後、四人は協力して、簒奪者の部屋をテキパキと片付けていった。
「悪いねぇ、僕のためにこんなことしてくれて」
「本当にそうですわよ……はぁ、今、私たち、何をしようとしていまして……?」
使役者は、ハンガーをつけた服を入れつつ、クローゼットに愚痴をこぼす。
その対象は無論、後ろのベッドの上でお茶を飲んでいる簒奪者だ。
四十分後。
帰還者が船内のゴミ捨て場から戻ってきたところで、片付けは完了した。
簒奪者は綺麗になった机の上に、空にしたコップを置いた後、
「皆、本当に助かったよ。今後また何かあったらよろしく頼むよ」
四人は同時に内心、言葉こそ違うが概ね『嫌だ』と思った。
「では本題に戻ろうか」
そう言われた途端、四人は数秒ほど頭に疑問符を浮かべて、
「ああ、そうだった。『戦死者の部屋を見に行こう』って言ってたな」
「いけないいけない。あまりにも掃除の方に力が入りすぎて飛んでたぜ俺」
「じゃあさっさと行くか」
「くれぐれも変に悪さをしないでくださいよ。簒奪者さん」
「はいはい、わかってるよ使役者……もちろん、部屋覗こうとしているのは例外でいいんだよね?」
そして一行は、ついに戦死者の部屋の前にたどり着いた。
代表して、首謀者はドアノブをガチャガチャ動かす。戦死者らしく、前二人と違ってちゃんと鍵をかけていた。
なので首謀者はインターホンを鳴らし、
「おい戦死者、ここ開けてくれ。お前に用事があるんだ」
(今更ですけど、首謀者さん、ドアを開ける順序が違いませんこと?)
五人は、来た時からあったドアの内側から鳴るゴウンゴウンという稼働音を聞き続ける。
間もなく、戦死者は相変わらずの無言と無表情でドアを開けてくれた。
「すみません、コバヤシが近い内に個室を綺麗に正しく使っているかどうかチェックすると言ってました。俺はその事前調査役です。ということで中に入らせていただけませんか?」
おそらくさっきの簒奪者の部屋でのことを踏まえた理由付けなのだろうが、何故それを首謀者が担当するのかという、見過ごせない違和感があった。
だが戦死者は特に気にすることもなく、ドアを完全に開けて、自分は壁際に寄り、五人を部屋の中に招き入れる態勢をとった。
「ご協力感謝するッ!」
「それじゃあ、失礼するぞ」
「突然すみませんね、戦死者さん」
「邪魔するぜー」
「どれどれ、一体どのような面白いものが転がっているのだろうか……」
戦死者の部屋のメインルームは、パーテーションで二つに区切られていた。
出入口から見て奥側の空間は、六部屋に元より備え付けてあったベッドとデスクが、可能な限り壁に寄せて置いてあった。
重要なのは手前の空間。ここは簡潔に言うと、ガンスミスの作業場のようになっていた。
耐久性に優れたゴムマットをかけて補強された床に、無骨な金属製の作業台を置き、その上には分解されたアサルトライフルと、オイルや太いひも(おそらくボアスネーク。銃内部の掃除に使う)などの、整備用品が置かれている。
さらに壁にはスチールラックには整備用品のストックや、この後メンテナンスをする予定なのだろう銃器がまとめてあった。
おまけに、バスルームのドア近くには洗濯機が設置してあり、ただいまゴウンゴウンと音を立てて何かを洗濯しているところだった。
この戦死者の、如何にも戦死者らしい飾り気のない部屋を目の当たりにして、五人は一斉に思う。
――想像を超えてこない。と。
「ここに集まっていたのか、君たち」
六人は揃って出入口の方を見る。コバヤシがドアを開けて、この戦死者の部屋に入ってきた。
「丁度いい。この場で次の任務に関するミーティングを行いたいが、構わないか? 特に戦死者」
戦死者はすんなりと首を縦に振った。
それと同時に脱走者は尋ねる。
「待てよコバヤシ。今回はリビングの丸テーブルでやらないのか?」
「今回はあまり話すことが少ないのでな。資料も特に無いし、立ち話でも済むと思っていたが、どうしてもというのなら……」
「いや悪い。アタシはここで済ませてほしい」
他の四人も、ここからリビングに戻るのも面倒なので、コバヤシの提案に乗った。
「では説明する。
次の任務先である世末異世界は『ペルフェロイド』。
この世界の概要は……まぁ、自分の目で確かめてくれ。
指定破壊規模はその後から話す。
……以上、何か質問はあるか?」
「じゃあ、私から一つ……」
「いいぞ、使役者」
使役者は少々しどろもどろになりつつ尋ねた。
「これは皆様も気になっているところでしょうが、どうして今話せることがこんなにざっくりしていますの?」
コバヤシは答える。
「いい質問だ。
そのペルフェロイドという世末異世界は、こちらが確認できる限り、最高クラスに厄介な問題を抱えている。
だから今、口頭で説明したところで、ただ君たちの頭を混乱させてしまうだけになるからだ。
とにもかくにも、百聞は一見にしかず。着いたら一日ほど自由時間を与えるから、そこで私と同じ気持ちになってくれ」
「そ、そうコバヤシさんまでもが言うのなら……わかりましたわ」
この後、コバヤシは他の質問を求めたが、全員、そのための切り口を見つけられず、無言で『大丈夫』と伝えた。
「わかった。では次の任務も早急……いや、ここではそれも無理か……とにかく、頑張ってほしい」
そう言って、コバヤシはこのミーティングを締めた。
タイミングがいいので、戦死者の部屋の見物を終えた首謀者、帰還者、簒奪者はここから出ていった。
部屋の主である戦死者は、作業台に戻り、銃器の手入れを再開する。
なんとなくその場に残っていた脱走者と使役者は、その様子を眺めて、
「マジでアイツ謎だよな。あんな面白みの薄いことにスッと戻れるなんて」
「少々言い方がキツい気がしますが、それは言えてますわね。
しかも、首謀者さんが言った嘘について何も反応してないですし」
「首謀者の嘘……ああ、部屋片付けとけだかの話か。ホントだ、アイツそれに何も言ってないな。よっぽど武器いじりがしたいのかな。アタシたちが残ってるってるのも気にしないで」
「それと、このパニッシュメント号には『作業室』という、ああいうメンテナンスに向いた部屋があるのだがな……」
と、コバヤシはつぶやき、
「まだいたのか」
「まだいましたわね」
二人に軽く驚かれた。
「そうだコバヤシ。戦死者って一体何者なんだ? アタシたちずっとそれが気になってしょうがないってほどでもないんだが、とにかく気になるんだが」
コバヤシは即答した。
「それは教えない。いくら私とはいえ、他人に秘密をベラベラ話されれば、信頼関係にヒビが入るだろう。それに……」
「「それに……?」」
「……ペルフェロイドの説明くらい、彼の経歴は説明しがたいのだ」
そしてコバヤシは戦死者の部屋から出た。
奇しくもその直後、稼働していた洗濯機から、ピー、と、完了の合図の音がした。
戦死者は作業用のゴム手袋を外し、備え付けのシンクで手を軽く洗ってから、洗濯機を開ける。
そこから、清涼感のある石鹸の香りがする軍服を大量に取り出して、バスルームの天井部にあるバーにハンガーで掛けていく。
「アイツ、ここでこれを洗濯してたんだな」
「なかなか興味深い発見ですわね。完全に無駄足ではなかったようでしたわ」
【完】




