表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4Iワールドエンフォーサーズ 〜最強アク役チーム、腐り果てた異世界を罰する〜  作者: 都P
WORLD3 正義のヒーローの継続地『リアセリアル』
46/79

W3-20 NEVER SAY GOODBYE

 一方その頃。

 

 脱走者は要塞内部の壁や床を駆け回り、十分な加速をつけて飛び蹴りを放つ。

 ところが、標的である全身を鎧で固めた天使から一メートル以内にまで接近した時、彼女の勢いはまるで壁にぶち当たったように一気に衰えた。


 その彼女に向けて、鎧の天使は槍を振るう。

「【金剛光の討斬スラッシュエンド】」

 と、その軌道から白銀の光の斬撃が飛んだ。


 この技を見るのは三度目になる――脱走者は空中から近くの建物の天井に超高速で退避し、斬撃を避けた。


 そして脱走者は、槍を構え直し残心に徹する鎧の天使を見上げて、

「ホント厄介だな、アイツの能力……」


 敵から攻撃を受ける際、そのエネルギーを吸収し、自身の必殺技……【金剛光の討斬】の即発動を起こす。

 これがその天使の、神のエレメントによる妙技【無望廃絶陣】である。


(とにかく早いところ、アイツの弱点を見つけないと……)

 その一心で、脱走者は鎧の天使を見上げ、空中に佇むその様子をしかと観察していた。


 脱走者の頭の中で、彼女がはっきりと表せる鎧の天使にまつわる情報のワードが、渦巻き状になって回り続ける。ただそれだけのため、彼女は次の行動が出来ずにいた。

 対する鎧の天使は、数十秒前から同じ座標で浮遊する以外の行動を一切行わなかった。


 そしてしばらく、二人のいる一帯の空間が、他の対戦カードの音が薄っすらと伝わるだけの場になった。


 周りがちゃんと戦っているのに、これでは自分は休んでいるみたいじゃないか。

 それを恥ずかしがった脱走者は、とりあえず場繋ぎの一言を発する。

「おいお前! 動けよ!」


「……私は『お前』という名前ではありません」


「うわ喋ったぁ!? いや、何か技名言ってるんだからそりゃそうか……んで、ならなんて名前なんだよ」


「停止の天使『レベルツェル』。

 この世界に不都合な人間を始末し、我らが主が築きし平和を永遠に守る。それが私の務めだ……」


「ほーん、すげーな。で、何でずっと動かないんだ?」


「それが私が一番得意とする戦法だからです」


「何だ、『お前みたいな雑魚、本気で戦う必要もない』的なこと言うと思ってた」


「私はそのような慢心的な非礼は好まない。処刑を決めた相手は私ができる最大の武勇と知恵をもってして仕留める。それが私の流儀です。

 それに、この技はいちいち敵の攻撃を待たずとも撃てる……【金剛光の討斬】」


 レベルツェルは予備動作なく槍を振り、とある建物の屋上に立つ脱走者に、斬撃を飛ばす。

「その手もあったか!」


 脱走者は素早く、三つ隣の建物の屋根の上に避難した。直後、脱走者はさっきまでいた建物を一瞥すると、破壊により、建物が一階分小さくなっていた。

 レベルツェルはまだ、同じ座標にとどまったままだ。


 脱走者は上を向き、その鎧の中を透視するつもりであるかのように睨んで、

「……アイツめ、どうやら本気で動かないで勝つつもりだな」


「いや違う。私は勝利のために、こんな些細なことに拘泥しない」

 と、レベルツェルは宣言した後、翼を動かし、脱走者へと接近するや否や、得物の槍で一閃を放つ。

 突然のスタイル変更に戸惑いつつも、脱走者は身をひねってかわし、即座にカウンターのハイキックをレベルツェルの顔面に叩き込む。そこをほぼ完全に覆い隠す兜の頑丈さに阻まれ、ダメージは与えられない。

 脱走者はカウンターのカウンターを恐れ、上げた足を引っ込めた。

 それを合図にレベルツェルは怒涛の勢いで槍を振り回し、脱走者を追い詰め始める。


 脱走者は相手の槍と自分の徒手空拳による単純なリーチ差に苦しみつつも、徹底的に回避を続ける。

 そして脱走者は、レベルツェルが最上段から槍を振り落とした瞬間に、アクセルロッド粒子を噴出。一秒も立たぬ間にレベルツェルの背後に回り、そこめがけて渾身のパンチを放つ。


「その程度の奇襲、私の技術には通用しない」

 ところが、レベルツェルは一瞬の間に構えを正しつつ、脱走者へ振り向いた。【無望廃絶陣】は相手の攻撃の威力を奪い取るだけでなく、自ずと相手に反撃をしやすい体勢を瞬間的に取る技でもあるのだ。


「【金剛光の討斬】」

 そしてそこから白銀の光の斬撃を放った。

 

 脱走者は咄嗟に大きく背中を反らせて回避する。幸いにも直撃は免れ、右胸の特殊スーツの生地が破れるだけで済んだ。


 レベルツェルは開放された反動で激しく揺れる、脱走者の片乳を見て、兜の中で鼻を鳴らして笑った。

「流石にこれは私も言わせて貰う。ああも安直な奇襲を行い、こうした醜態を晒すとは、無様だな……」


「う、うるせぇ! 言うんじゃねえよマジでそれは!」

 脱走者は右腕を胸の押さえつけに回しつつ、左腕で羞恥心と怒りを込めた正拳を突いた。

 これが意外にも虚を突いた。この一撃は、レベルツェルの胴体の鎧に命中した。


 その瞬間、レベルツェルの全身に衝撃が走り、屋上を囲う鉄柵にまで吹っ飛んだ。


「……な、なんていうことを……!?」

 そしてレベルツェルは、鉄柵に持たれた状態で、鎧が大破して飛び出た二つの乳房を両腕で覆い隠し、はっきりと赤く見えるくらい頬を染め上げた。


 脱走者は口をポカーンと開けたまま、レベルツェルのものと、自分がうつむいた先の光景とを三往復ほど交互に見た後、思い切り吹き出した。

「な、何だお前もこんなんじゃねーかよー! アタシよりかは一回りくらい小さいけどよー!」


 レベルツェルは鉄柵に持たれたまま、膝を伸ばしてゆっくり立ち上がり、

「だ、黙れ! 私は神から頂いた御身を晒すことなど……恥ずかしくはない!」

 そばに落ちている得物の槍をチラチラ見つつ、どう片腕で両方の胸を隠せるかを模索しながら言った。


「あっそ。勝手に言ってろ」

 と、返した後、脱走者は調子に乗って、特殊スーツの破れた箇所に指を入れ、自ら破損部分を増やし、左胸も裸にしてみせた。

 これを食らったレベルツェルは目を見開き、両胸を押さえつける力をより増やした。


「さて、じゃあ戦闘再開といこうか!」

 と、啖呵を切ってすぐ、脱走者はレベルツェルとの間合いを詰めた。


 レベルツェルは、こちらはまだ鎧が装備されたままの足を上げ、雑にキックを繰り出す。

 脱走者はペチンとそれを左手で叩き落とした後、右手でフックをお見舞いした。


 今のレベルツェルは、上半身の防御は絶対に出来ない。彼女は思い切り右方向へ体勢を崩す。

 途中、脱走者は彼女の天然にクセがついた銀髪を掴んで引き戻し、もう一発パンチをくらわせた。


「いや、髪掴むのは痛すぎるからもうやめよ……」

 そしてレベルツェルは吹っ飛び、横の鉄柵に激突した。


「けどボコすのはやめねーぞ! 散々悪さした分、キッチリお代を払えってんだ!」

 

 ここから脱走者は、レベルツェルへありったけの打撃を食らわせまくった。

 レベルツェルは結果両腕を塞いでいるため、満足に防御が出来ず、一方的にダメージを受けていく。


 途中、レベルツェルは飛行して装備を整えようとした。が、脱走者はすぐさま先回りして、屋上に叩き戻した。

 また、【無望廃絶陣】を使い、防御体勢をとった瞬間もあった。だが、レベルツェルは相手のエネルギーを吸収しての反撃よりも、自分の空いた胸を押さえ直す方を優先してしまい、何も出来ず攻撃を受けた。


 こうして脱走者はレベルツェルをどんどん追い詰めていき、壊れた鉄柵の縁に立たされたところで、

「こいつで終いだ!」

 脱走者は、足を大きく後ろへ引き戻して、渾身の力を込めたキックを放つ。


「そうだ……こうすれば!」

 対するレベルツェルは、背中にある両翼を曲げて前面に向け、盾にする。


 そして、脱走者は、レベルツェルの純白の両翼をへし折りつつ、彼女の腹部につま先を打ち込んだ。


 レベルツェルは言葉にならない悲鳴を上げながら、ビル六階相当の高さから地面に落下した。


「全く、レイトとアトゥンの時はクソうざいと思ったが、意外と大したことない奴だったな」

 と、脱走者は言った後、思い出して自分の両胸を片腕でふにっと押さえて隠した。



 またその頃。


 看板がとうに微塵になり、何のためのものかわからなくなったが、本部要塞にある建物の角の裏に、戦死者は張り付いて隠れていた。


 戦死者は、両手で握る拳銃とともに、恐る恐る角から顔を出す。と、己のすぐ側で、ビュンと何かが高速でよぎった。

 すみやかに戦死者は顔と拳銃を引っ込める。そしてふと自分の左腕を見ると、軍服の袖に小さく切り込みが入っていた。


「そこから出てきたたまえ悪党」


 戦死者の現在地から約五十メートル離れた先、彼が隠れている建物が面する、施設内の導線通路の中央に、その声の主は浮いている。

 背筋がすらりと伸びた体格の良い偉丈夫――-延命の天使『カロエル』だ。


 カロエルは紳士的な優しい笑みを浮かべて、戦死者が物陰から飛び出るのを待っている。 だが、その時の彼の目はあからさまに軽蔑の念が宿っており、かつ、翼を動かし、道を埋め尽くすように風の刃を撒き散らしていた。


「ほら、臆病風に吹かれてないで私と面向かって話そうではないか」

 と、あたかも子どもの成長を促す教師のような声色でカロエルは、遠回しに戦死者に斬り刻まれろと頼んだ。


 すると戦死者は、建物の影からとうとう飛び出た。

 ただしカロエルの望み通りにはならない。

 戦死者は漂う微細な塵と埃の動きや、空気そのものの揺れ動きを観察し、見切る術を身に着けた。

 それを実践し、通路の空間をアクロバティックに動き回り、風の刃を全て避けていく。

 同時に、もう一丁拳銃を追加し、左右それぞれの手でカロエルへ弾丸を飛ばした。


「銃……それは人類を簡単に強くできる道具だ。そんな甘い術など、私には通じない」

 カロエルは虚空から豪奢な飾りの剣を引き抜き、弾丸を全て斬り落とした。


 風の刃をかわしつつ前進を続け、戦死者はカロエルから二十メートルの地点に達する。その時、戦死者は一瞬の内に二丁拳銃から、アサルトライフル一丁に構え直し、引き金を強く引いた。


 カロエルはここでも剣を振って防御する。だが、六発ほど受けると、自分の腕に重い衝撃が蓄積していき、動きが鈍る。

 その隙に、翼などに数発被弾し、カロエルは顔をしかめた。

「やるではないか。久々に私にこれを使わせるとは……」


 カロエルは前に剣を放り投げ、いくつかの弾丸と相殺させる。

「【事象の零源】」

 空いた両手を正面で合わせ、ゆっくりと広げる。すると彼の眼の前に、白銀の光の半球の壁が生じた。


 戦死者のアサルトライフルから放たれた銃弾は、全てそこへと吸い込まれていく。

 それに連動して、カロエルの翼の銃創がスッと消えていった。

 

 相手の攻撃を吸収し、自分の肉体や体力への回復に変換する。

 これがカロエルの神のエレメントの極意である。


「君の下等な攻撃ごときにこれを発動し、回復するなんて相当な恥であるが……私は神の右腕として、四天使の中で最も謙虚している通り、ここは命を優先させていただく」


 アサルトライフルの射撃の間にも、戦死者は回避と前進を続けていた。その果てに彼はついに、カロエルの斜め下に到達した。

 そこで戦死者は、新たに出したショットガンを左手に持ち、右手に構えたアサルトライフルとともに、光の壁に吸い込まれないように銃口の角度を微調整し、一気に撃ち放つ。


「ジャッジメント・クランの敵の斥候でもあるまいし、そんなわかりやすい弱点を放置しておくと思ったか、貴様」

 カロエルは翼をはためかせ、地面に急降下し、戦死者の射線からすんなり外れた。

 直後、戦死者に駆け寄り、右拳を突き出してくる。


 戦死者は一瞬の内にショットガンをどこかへ消し、空いた左手で真っ向から拳を受け、しっかりと握りしめる。


 そこから二人は打撃の応酬を行う。

 始め早々、カロエルは戦死者の技を巧みに受けつつ思う。 

 一見、無駄のない軽やかな動きで攻撃していることに反して、一発一発の重さが、先ほど剣でピストルの弾を受けたのと大差無い。という事実を。


(なんという馬鹿力だ。これについては私の負けを認めざるを得ないだろう。だが! ただでは終わらせない!)

 カロエルは格闘の最中に、戦死者の両腕を掴み、翼を羽ばたかせ一気に飛翔する。

 

 そして未だに待機していた報道ヘリの高度を越えたところで、戦死者の手を離した。

 次の瞬間、戦死者は落下しなかった。


(隠していたな。自分も飛べると)

 彼はカロエルの首に片腕を絡ませる。そこから素早くカロエルの背後に回り、もう片腕で絡ませた手首を掴んだ。

 いわゆるチョークスリーパーの体勢で、戦死者はカロエルを強烈に締め付けた。


 カロエルは両翼を動かし、物理的に戦死者を外そうとしつつ、そこから風の刃を飛ばした。

 戦死者はこれでは逆に自分が不利となると判断し、チョークスリーパーを解除。自らカロエルから遠く離れた。


 ここは空の上。先のように建物や地面などの障害物はなく、前後左右上下、ありとあらゆる方向から射撃が可能。

 戦死者はそれを狙いアサルトライフルを取り出している。だがこの現状は、カロエルも理解している。


(【事象の零源】」の壁は半球状にしか展開できない。こうした立体空間でアレを相手にするとなると、私の能力はあまり刺さらない。だが私も無策でここにいるわけではないのだ!)


 カロエルは上へ人差し指をかざし、その虚空に円を描いて、

「これがロトディフェイチ様の右腕のもう一つ特権! 【神代の風罰】!」

 そこに銀色に輝く渦巻きを創り上げる。

 

 するとそこに、辺りにある空気が吸い寄せられるように集まっていき、やがてカロエルの周りに竜巻が生じ始めた。

「こうした障害物の少ない空間ならば、この技は早期に成長する、それも際限なく!」

 この言葉どおり、カロエルの周りに張られた竜巻は等比級数的にサイズを増していく。少し下の位置にいた報道ヘリも巻き込まれていく。


 戦死者はスナイパーライフルに装備を変え、中心のカロエルの狙撃を試みるも、弾丸が全て飲み込まれて行方不明になってしまう。

 ならばやむを得ない。戦死者は一時撤退を決め、竜巻を背にして飛行する。


 ところが、戦死者は竜巻の方向へと移動していった。彼の飛行するパワーよりも、竜巻の吸引力が遥かに勝ってしまっているのだ。


「予告しよう。貴様は空気圧とおまけのヘリの残骸により、この竜巻が消え失せたときには、跡形もなくなるであろう! 故に問う、なにか他の仲間に言い残したいことはないかね!?」


「……」

 戦死者が返したのは沈黙だった。


「よろしい! ならば貴様は何も残せず無様に消えるがいい!」

 そしてとうとう戦死者は竜巻に飲み込まれた。


 数分後、カロエルは技を止めた。このまま竜巻が成長を続け、下の仲間たちや手塩にかけて建設した本部にまで被害を与える恐れがあるからだ。

「フハハハッ! 流石は私だ! 右腕だけであろうと神に逆らってはならないのだよ!」

 と、カロエルは誰もいない上空で言い放った。

 その直後、左側の羽が根元付近でちぎれ、落下し始めた。


 体勢を保てず、ありとあらゆる方向で回転しながら、カロエルはこの犯人を見つけようとした。

 それで見つけた。約一キロメートル下の地上で、ライフルを構える戦死者の姿を。


「ば、馬鹿な……とにかく【事象の零源】!」

 カロエルは下方向に白銀の壁を展開、戦死者の狙撃を吸収して翼を回復しつつ、自分に襲いかかる空気抵抗を軽減した。


 地上まであと五十メートルに達した時、カロエルはさらなる驚くべき結果に震え上がった。


 戦死者は、全く傷ついていなかったのだ。それも、身につけている軍服もろとも。

 普通の人間であれば竜巻に飲まれれば、第一に空気圧の変化で内部から肉体が破壊されるという危険がある。さらに竜巻が飲み込んだ物体を被弾する可能性も非常に高い(今回の場合は報道ヘリがある)。


 だがそれでも戦死者は無傷であった。そして地面に着地し、何事もなかったように狙撃を行ったのだ。


 カロエルは光の壁のお陰で、ジャッジメント・クラン本部要塞の通路に着地に無事成功したことも自覚できず、ただただ戦死者に対する恐怖について向き合い続けた。

(何故だ、何故私の竜巻……それも神の御業に由来する竜巻でも死ななかった。エレメントを与えて肉体を強化したジャッジメント・クランでさえも虐殺可能な威力であったはずなのに……!

 奴は、奴は一体『なに』なのだ!)

 カロエルが現実に引き戻されたのは、戦死者のスナイパーライフルからの銃声によってだ。


「……【事象の零源】ッ!?」

 カロエルは銃声のした方へ壁を作り、自分の右側の羽を狙った銃弾を吸収した。

 そしてカロエルはそれを背後から身を守る盾にしつつ、通路を走った。


 彼から百メートル先にいた戦死者は、それを追って同じく走る。そして追いついた。

 カロエルがいたのは本部を囲む高壁近くの行き止まりの地点。そこに彼は、前面に半球状の壁を張っていた。


「さ、さぁ……撃つなら存分に撃ってくれ!」

 要するに回復してくれと、カロエルは引きつった顔で言った。


 それを聞いた戦死者は、光の壁の手前まで接近した後、右の建物に蹴りを放つ。

 するとその建物の壁はあたかも豆腐のように簡単にボロボロと崩れた。

 これでカロエルの左側――光の壁が無いところから攻撃ができるようになった。


「ま、待ってくれ! 私はまだ死にたくない! 私は神の右腕として、人間どもが延々と絶えず生み出される敵と戦う様を観続けたいのだ! わからないかその気持ちは!」


 戦死者はカロエルの横からスナイパーライフルを向け、引き金を引く。

 発砲の寸前、カロエルはバレルを両手で掴み、向きをズラして被弾を防いだ。


 そこからカロエルは両手の火傷も忘れて口を開き続けた。

「お願いですどうか殺さないでください! 私ができることは『神に従うこと』と『人間を鑑賞する』ことしかなかったんですよ! 決して悪気があって貴方たちの気分を害したつもりはないんですよぉ!

 だからどうかお助けください……私ならロトディフェイチ様に頼んで大概の物はご提供できますから! それでどうかお許しを……」


「ならば命で贖え」

 と、戦死者は言った直後、構えたスナイパーライフルを捻り、カロエルが掴んでいるバレル――正確には、サイレンサーを外す。

 そしてカロエルの額に銃口を再度合わせて、発砲した。


 戦死者はカロエルの手からパーツを取り返した後、この行き止まりを後にする。



 ジャッジメント・クラン本部の中央にそびえる、組織の中枢機能が集約されたメインタワー。

 その最上階付近にて、簒奪者と帰還者は、この異世界『リアセリアル』を腐らせた元凶、ロトディフェイチ神と戦っていた。


 帰還者はベクトルの糸を伸ばし、そこにいくつもの瓦礫を引っ掛けて加速させ、神一点めがけて砲弾のように飛ばす。

 すると神は虚空から岩石を六つ出現させて、帰還者の即席の砲弾を防御する。さらにそこから、六つの岩石を帰還者へ放つ。


(そのまま反射したらキャッチボールになるだろうからな……)

 帰還者は正面に数本の糸を張り、神が放った岩石五つを全て後ろへ逸らした。


 残り一つの岩石は、簒奪者が剣で両断した。

 簒奪者は背中に生やした氷の翼で空を斬り、神の油断を誘うべく周囲を迂回しつつ、じわじわと接近する。


 ロトディフェイチはエレメントを人類に齎した存在として、ありとあらゆる種類のエレメントを、最大限に発揮できる。

 神は無数の火弾やら幾条もの電撃を周囲へ撒き散らし、弾幕を押し付けた。

「迫力は中々の物だが、全体の作りは粗末だね」

 この感想を言えるくらいの余裕を持って、簒奪者は弾幕をすり抜け、小手調べの一刀を振りかざした。


「その程度の攻撃、この神に届くわけがなかろう!」

 神が右手から光の剣を出現させ、その一刀を防ぐ。


 簒奪者は防御されてすぐ、剣を後ろに引いて構え直す。その時、彼女は自分の身体を壁にし、こっそりと氷の剣を槍に作り変える。

 そして新たに構えた槍を大きく横一文字に振った。


 剣を振ると予想していた神は、この反応をずらす攻撃に内心焦っていた。だが既のところで得物の剣で、刃を受けた。

 すると簒奪者は間髪を入れず槍を引き、刺突を繰り出した。


「だから、届かぬのだよ!」

 神は全方位を守る球状の炎のバリアを展開。簒奪者の槍先はそれにより溶かされた。


「ならば次はこうしようか……」

 簒奪者は羽ばたき、ロトディフェイチから遠ざかった。そこから再び神の周囲を飛び回る。


 その様子を炎のバリア越しに追いつつ、神は言った。

「どうした貴様。どれだけ待っても私は無謬のままであり続けるぞ」


「じゃあ今のこれは隙じゃないってことか?」

 そう帰還者が右から言った時、ロトディフェイチは、自分の左右に真っ直ぐ糸が張られていることに気づく。


「もっかいアレをやるぞ! 簒奪者ァ!」

「その誘い、待っていたよ!」


 帰還者は神から見て右の糸、簒奪者は神からみて左の糸に触れて、神へ急接近する。

 さらにその最中、帰還者は先程自分に放たれた岩石六つを引き戻し、簒奪者は構えていた槍と、追加の氷塊を投擲した。

 この飛び道具の数々により、ロトディフェイチのバリアが消失した直後、二人はラリアットと回し蹴りで神を挟撃した。

 二人とも、手応えは確かに感じていた。ところが、

「私は神だ……そんな低次元な攻撃などを与えたくらいで誇るな」

 ロトディフェイチにとっては全く通用していなかった。神は食らって即座に、背中の四枚の翼を動かして突風を生み出し、両者を遠くへ吹き飛ばした。


「アイツめ、アトゥンでも沈んだ攻撃すらホコリがかかったくらいにしか感じてないとは……」

「流石は神……と、一応称賛しておこう」


 ロトディフェイチは薄ら笑いを浮かべながら、簒奪者と帰還者よりもさらに高度を上げる。

 そこから神は宣告した。


「これで解したか。私は神であり、この世界における絶対の正義だ。

 貴様らのようなくだらない欲望を持つ者どもの攻撃など、金輪際、私には届かない」


 帰還者は語気を強めて返した。

「ああわかったよ! お前があきれるくらいの自己中野郎だってな!」


「私に対してそんな筋の通らない侮蔑はやめよ。」


「ずっと見下している人間たちに、何もしなければただただ平和な世の中だったところで、何の罪もない人たちに『ジャッジメント・クラン』か『悪の組織たち』のどちらかの役柄を演じさせ、殺し合わせる。

 って、いうクソみたいな損失まみれの娯楽を提供しているのが、こんだけの力を持っている神……それがお前だ。解したかぁ?」


「ああ、言い方がとてもよろしくないが、そうだろう」


(そこは認めるのか……)

(それは認めるんだね……)


「だが、それはこの世界の大勢の人々を思ってのことだ。

 私が創り上げたジャッジメント・クランの物語そのものと、それに付随する漫画や、ゲームや、ぬいぐるみなどの各種ファングッズと、それを支えるコミュニティの輪は、ここの人類の最大の生きがいとなっている。

 皆、私のジャッジメント・クランのお陰で一日一日を生きられているのだ。

 それが今、この世界から消えたらどうなる? 人々は一体何を目的として生きるのだ?」


 帰還者が言い返そうと口を開く寸前、簒奪者は手のひらを見せて『待て』と合図してから、

「それは人が創るべきなのだ。人の感情を動かすのは人が創ったものにしか成せない。

 神のような、創造という聖域において使ってはいけない感性を使う者など、そもそも着手することすら許されない。

 ましてや、貴様のような常に相手に一切の同情を示さず、常時見下しているような者などに……」


 ロトディフェイチは食い気味に反論する。

「だが、始まったものはどうしようもないではないか。

 まず私の問いに答えるのだ、氷使いの人間よ。

 ジャッジメント・クランとそれに密接に関わる存在が、突然無くなったらどうなるというのだ。人類の心に大なり小なりあった幸福や希望が一瞬の内に消えれば、一体、何万何億という人々が傷つき、悲しみ、そして絶望の底に堕ちていくのだ」


「それをどうにかするのが神様……というより、人々の上に立つ者の使命ではないのか。

 欠陥だらけの現状を他人の苦労で繋ぎ止めるのではなく、新たな理を編み、次なる至福へと導くのが、他者よりも多くの天賦の才を得た者の使命ではないのか」


「得意げに語るな。貴様のような、私が大事に育て上げたジャッジメント・クランを壊滅状態に追いやった一味の人間に、大勢の人間の命を見守る問い大役の何がわかる?」


 このロトディフェイチの言葉に、簒奪者は堂々と胸を張って返す。

「わかるさ。僕は皇帝だぞ。前の世界にて、朽ち果てた理を正そうと、己と、恩人と、我が友たちの才すらまで、全てを注いで戦った皇帝だぞ?」


【完】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ