W3-18 今こそ降臨の時
登境・次治区。
「戦死者、あれは無視しとけ。都民どもにこの有り様を『ありのまま』伝えさせて、ビビらせてやろうぜ」
「……」
「こちらはジャッジメント・クラン本部の上空です! ご覧の通り、ただいま自警団の六人が宣戦布告通り、こちらで暴虐の限りを尽くしております!」
何社もの報道ヘリが空に留まって実況している通り、自警団――4Iワールドエンフォーサーズは、ジャッジメント・クランの総戦力と乱闘していた。
その戦局は、六人からすればトントン拍子、ジャッジメント・クランからすれば悲惨そのものだった。
目にも止まらぬスピードで撲殺されたり、氷の一刀の元に伏させられたり、糸によって強制的にフレンドリーファイヤーをさせられたり、シンプルに銃殺されたり、クラダラエネルギーに侵され消滅したり、三原色の魔法を食らったりと……ただの一兵卒は言うまでもなく、ラク、アトゥン、ユミツという主戦力に準じる猛者すらも、同様に死んでいった。
戦闘開始から僅か三十分。この時点で七千人いた兵隊たちは、半減を間近にしてしまっていた。
そんな中、本部内の各所の床が開き、そこから伸びる階段から、黒い怪人たちが続々と現れてきた。
怪人たちの群れに続き、八人のジャンルこそ違うが貴族のような出で立ちの人々に守られる、いかにも悪の王らしい威厳ある風貌の男が姿を見せ、こう叫んだ。
「我はフォービドゥン王国の主、ダムドロードなり!」
するとそこから一番近くにいた階級の高そうな戦士が、周りの動向を見渡した後、
「フォービドゥン王国だと……! どうしてお前たちがここに!」
ダムドロードは鼻で短く笑った後、
「我らが宿敵と定めた者どもが、かような道端で倒れては困る……という気まぐれだ。礼はいらん」
と、事前に用意していた台詞を言い切った後、ト書きに則り剣を掲げ、怪人と幹部である『九大忌族』の八人とともに、この乱戦に突入した。
「カッコつけてんじゃねーぞ! 正義の味方の基地の床下から出てくるバカな悪党どもがー!」
僅か五秒後、急接近した脱走者の合計六十八発の殴打をくらい、ダムドロードは死亡した。
他の九大忌族の八人も、主の瞬殺に驚くことしか出来ぬまま、4Iワールドエンフォーサーズの誰かの何らかの攻撃で敗れ去った。
連れてきた黒い怪人たちは……いちいち詳細に語るまでもないだろう。
こうしてもう一つの軍力を失ったジャッジメント・クランだったが、まだ僅かな望みがある。
一人の上位層の隊員は、乱戦の渦中から少し離れた場所に逃げ、そこで隠れて電話をかける。
「もしもし、こちらジャッジメント・クランです。どなたでもかまいませんので警察省の偉い方にお繋ぎしていただけますか……はい、わかりました、お待ちします……」
数十秒後、お目当ての人物――総監に電話が転送された。
「はい! こちらジャッジメント・クランです! ニュースで見ている通りただいま、本部が緊急事態なんです! そのためどうか、そちらの機動隊を援軍としてお借りできませんか!?」
『ああ、やはりその件でしたか……すみません。実のところ、もう数分前からそちらへの救援をしようとしていたの、ですが……』
「ですが……?」
『その、なんと言えばいいのでしょうか。非常に情けない話なのですが……その際、武器庫の鍵を紛失してしまっていることに気づきまして、ただいま職員総出でビル内を探し回ってるところなのですよ……』
「は、はぁぁぁッ!? お前ら警察だろうが、お国の正式な正義の味方だろうが! その癖にいざというときに鍵なくして戦えないってどういうつもりだお前らァ!」
『ほ、本当に申し訳ございません! なにせかれこれ三十年間、都内の有事は貴方がたが先に動いていたため、警察省の出撃するタイミングがなく……ああ、すみません言い訳がまし』
隊員は連絡用のスマホをその場で叩き割り、
「ちくしょぉぉぉぉぉ!」
と、雄叫びを上げながら、突撃銃を乱射しつつ前線に戻った。そしてあっけなく倒れた。
戦闘開始から四十五分経過したところで、もはやジャッジメント・クランの壊滅は時間の問題となっていた。
上空にいた報道ヘリらも、もはやただ上にいるだけでカメラを回していない。ここで戦っている者たちは誰も知る由もないが、今、都内にあるすべてのチャンネルは、無味無臭の風景映像を流している。
五分の一にまで減った隊員たちも、もう戦う気さえなかった。
けれども逃げられない。ここで逃げれば自分たちは世間から臆病者レッテルを張られ、別な意味で死んでしまうからだ。
だから彼らはせめて楽な死に方ができるように、戦うフリをした。
同時に彼らは心の中で祈った。
これについては、SNSや、個人的にジャッジメント・クランの動向を追っている有名配信者による撮影動画を見ているファンたちも同様だった。
――なんでもいいから誰か助けて。と。
その時、ジャッジメント・クランの上空から、五本の神々しい光の柱が降ってきた。
その輝きが収束すると、六人と、ジャッジメント・クランの残存兵の頭上に、背中に翼を生やした五人組が現れる。
そのうちの一人、最も太い光の柱から現れた、ただ一人二対の翼を持つ壮年の男は告げた。
「私は、ロトディフェイチ。
君たちジャッジメント・クランら正義の使徒に幸福を与え、そこの六人などの背徳者に不幸という名の鉄槌を下す神だ」
「か、神様だと……!」
「本当にいたのか……!」
「た、助かった!」
と、僅かな生き残りたちはその神々しい姿を各々のやり方で崇め始めた。
そんな彼らを視界の隅に追いやり、ロトディフェイチは六人を見下して、
「私がここに降臨したのは他でもない。貴様らのためだ。二日前、突然私の愛する世界に立ち入り、ユミツら私が寵愛する汚れなき子らを我欲に身を任せて殺した、貴様らの罪を裁くた……」
「だったらさっさと裁いてみやがれッ!」
と、叫んだ脱走者はアクセルロッド粒子を纏い、神へと急接近し、拳を降る。
命中する寸前、神の前に昨日見た、純白の鎧で全身を固めた天使が割って入り、脱走者の突進を未知の力で急停止させた後、
「【金剛光の討斬】」
槍を振るい、斬撃を放った。
脱走者は背中を反らして紙一重でかわした後、速やかに地面に戻った。
「ありがとうレベルツェル」
と、短く鎧の天使に礼を述べた後、ロトディフェイチは周りへ言った。
「紹介が遅れてすまない。私とともに降り立ったこの四人は『天使』、私の実の子にして忠実な……」
「だからさっさと裁きたまえよ、君!」
「どうせ『お前らバカどもに正義を教えてやる』みたいな口上をうだうだ話すんだろ! いるかそんなもの!」
簒奪者は手にしていた氷の槍を、思い切り神へ投げつけ、帰還者はベクトルの糸を使い、装甲車を飛ばした。これらは鎧の天使が得物を振るい、切断して防いだ。
「二度もすまないレベルツェル。
……君たちは相当先を急いでいるようだ。ならば、私がこれから言おうとしたことを可能な限りまとめて話そう。
――君たちのようなこの世界を乱す愚民どもに、正義という人間として殉ずるべき使命とその尊さを、私自らの力で教授してあげよう。
では可愛い我が子らよ、ともに正義の輝きを見せつけよう」
と、ロトディフェイチが言い切った瞬間、神の周りにいた四人の天使は、一斉に4Iワールドエンフォーサーズへ向かって臨戦態勢を取った。
「結局、帰還者が予想してた以上に長くなっているじゃないか」
「ホントだよ簒奪者。素直に真似しとけよアイツ」
簒奪者のツッコミにウンウンうなづく帰還者の周りに、他の四人は身構えた状態で集う。
真っ先に脱走者が皆に尋ねる。
「で、アイツらどういう風に倒してやろうか?」
首謀者が補足した。
「ハークズカレッジ同様、一対一のペアを組んで『別々に戦う』か、それか六対五の『協力バトル』をやる……どちらがいいと思う?」
帰還者がまとめ役として答える。
「そりゃあ別々に決まってるだろ。やり慣れた方法で殺るのが一番いいってもんよ。ただし……」
途中、帰還者は簒奪者の方を向いて、
「お前は俺と来い。そしてあのムカつく神様を一緒にぶちのめそうぜ」
すると簒奪者は表情を明るくして、
「ようやく、共闘を望むようになったか、帰還者!」
「一人ひとりで組んで戦うとなると、誰か一人余るから、あのガビガビ光る親玉を二人がかりで倒す方が都合がいい。ていうだけの話だ」
「けど、自分から誘ったのは君にしては凄まじい進歩じゃないか。
いいだろう、昨晩と同様、共に包み隠さず力を発揮して、暴れようじゃないか」
(……どっちだそれ。普通にアトゥンの時でいいよな。それじゃなかったもう勘弁だが……)
そして帰還者は、ロトディフェイチめがけてベクトルの糸を伸ばし、それに乗って拳を突き出し突撃する。
同時に、簒奪者ら他の五人と、最後の標的である神と四天使も動き出した。
【完】




