W3-17 本作戦開始
一時間後。
この一室に六人は集結し、昨日の夜できなかった会議を始めた。
まず昨日の最大の収穫である、『アトゥンが話したジャッジメント・クランと敵の関係』を改めて整理して共有した。
その後、コバヤシは言った。
「これを踏まえて私が独自に調査したところ、今まで登場した歴代の敵対組織のうち、二番目の『大魔軍』を除いてはすべて、この異世界『リアセリアル』に近い別の異世界で、ジャッジメント・クランの敵となった組織名と主要メンバーの特徴が合致している。
すなわち、先程話したジャッジメント・クランを介してこの世の秩序を動かしている神は、都度他所の様子も拝見して、ジャッジメント・クランの敵を構想している可能性が極めて高い。
これで、アトゥンが語った内容は真実性が増した。神は本当に存在し、神は意図的にジャッジメント・クランの敵を継続して用意し、人々に娯楽として提供しているという、呆れた真実がな」
使役者は言った。
「幸せにすべき人間同士を争わせて、自分は他の異世界へ取材旅行に行く……心底傲慢な神様ですわね」
脱走者は尋ねた。
「あれ? てかその神とやら、どうやって他の異世界行ったんだ? アタシたちみたいに船か許可がないとダメなんじゃないのか?」
コバヤシは答えた。
「数多とある異世界の中には、自力で別の異世界に転移できる能力を持つ者は、稀でこそはあるが思いの外いる。
そういった者に、圧倒的上位存在と私のようなその使者は特に制限を設けたりはしない。あちこち行けるため取り締まることが困難なのと、行ったこと自体は決して悪いことではないのだから」」
コバヤシは一息置いて、皆に今回の会議の本題に入る。
「さて、これにて世末異世界『リアセリアル』の調査の大部分が完了した。ならばこれから君たちがすべき行動はただ一つ……」
「ジャッジメント・クランの滅殺だろ」
「ジャッジメント・クランの滅殺だね」
と、帰還者と簒奪者は偶然にも息を揃えて言い、お互いに驚き、顔を見合わせる。前者は引きつった、後者は純粋な笑みを浮かべた。
「お前ら、始めよりも仲良くなったな」
「ああそうだよ脱走者。宮殿の柱に使っても不足無いくらいの彼のモノを受け入れて……」
「いちいち詳細に説明するなァ! コバヤシ、話続けろ! もうこれ以上脱線させる余地も無いくらいにな!」
「……ジャッジメント・クランの滅殺だ。その手法について、今から君たちに意見を求めたい」
ここで首謀者が手を挙げる。
「じゃあ俺から一ついいか。皆に報告事項がある」
「手短に頼む」
「仰せのままに、コバヤシ。
俺と使役者は、昨日、四人が公園でドンパチやってる間、区長主催のパーティーに呼ばれた。そこには政治家とか大企業の重役とかが来客としてわんさかいたんだ。
その中のひとりに、この世界のテレビ局の『大物プロデューサー』がいて、俺たちにこんな打診をした。『明日のお昼のワイドショーで、ゲストとして来てくれないか』と」
「あまりにも急な話でしたので、曖昧な返事で返しましたわ。
これでよかったですわよね? なにせ最短で今日、この世界は終わりを迎えるのですもの」
帰還者は使役者に尋ねる。
「念のため確認するぞ。曖昧な返事で返したんだよな? はっきり断ったわけじゃないんだよな?」
「ええ、連絡先を教えてもらって、気が向いたらここにとも言われましたわ」
「ありがとよ。じゃあお言葉に甘えて出演してやろうじゃないか」
「ええ、出演するのですの……予め言っておきますが、私は遠慮しておきますわよ」
「それは単にメディアに出て目立ちたいわけじゃあないよな、帰還者?」
「ああ、俺にいい考えがあるんだ」
と、帰還者は、口角をしっかり上げて、意味深に笑って見せた。
ここで簒奪者は恐る恐る周りに聞いた。
「あの、お楽しみのところすまないが、テレビとは、プロデューサーとは、ワイドショーとは、ゲストとは……」
*
昼頃。某所にあるテレビ局にて。
「最初のテーマはこちら、昨日立て続けに起こったジャッジメント・クランの実力者たちの連続死について。
今回はそのテーマに関連して、たった二日前から活躍を始め、もう既に市民の方々から絶大な指示を集めている『自警団』のメンバー、ボーンさん、リーさん、イプキスさんをお呼びいたしました」
自分たちの名前の札が置かれた長机を中心に、カメラが向いたところで、
「こんにちは、ボーンです」
「リーだ」
「イプキスです。三人足りないけど自警団です」
と、帰還者、簒奪者、首謀者は名乗った。
「では皆様早速、昨日の連続死について、皆様はどのような感想をお持ちでしょうか。御三方とも、禊月レイトさんと同じ現場にはいたとのことですが……」
ここは簒奪者が代表して答えた。
「レイトだね、彼については僕が殺したよ」
その瞬間、このスタジオ内の音は機材と施設空調の駆動音だけになった。
番組を成り立たせるため、司会の中年男性は三人に尋ねる。
「皆様、これは真面目なワイドショー番組でございます、しかも生放送の。決しておふざけはおやめください」
「例えば、『アトゥンもレイトも俺たちが殺ったって話』とかか?」
「それですよそれ! あなたたち、楽屋でスタッフからこの番組での禁止事項とかコンプラについて説明されたのでしょう」
「『番組の信頼性にも関わるから、虚偽の内容を話すな』とかだろ? それを受けた上で俺たちはこう話しているんだよ。なにせこれは真実だからな」
共演していた常連コメンテーターも、カメラの前で作る冷静な態度を崩し、隣の人に話し始め、場がざわめく。
カメラの裏にいるスタッフたちも、このまま放送を続けるべきかの判断を始めた。
そしてついには、この剣呑な空気に耐えられなくなったコメンテーターが、体調不良と訴え立ち上がり、のそのそ歩く。
その時、簒奪者は司会者へ、
「突然だが君、楽屋で用意されていた弁当箱にこんなものが入っていたのだが、これは料理人の手抜きかね?」
と、皮に包まれたままのジャガイモを右手で持って見せつつ言った。
「なんでまだ持っているんですか……それは茹でてありますのでそのまま食べられますよ」
「ありがとう。でももう付け合せがないから結構だ」
簒奪者は右手に力を込め、じゃがいもを丸ごと凍らせた後、メインカメラの画角を外れる直前だったコメンテーターの頭にぶつける。
この瞬間、このチャンネルを付けていた人々は、一人の老人の頭が粉々になって飛び散る様を目の当たりにする羽目になった。
完全にスタジオ内が混乱に陥る中、
「カメラを止めるな!」
「ひぃ!?」
帰還者は一台のカメラの手前に立ち、レンズにかじりつくような勢いで言った。
「このチャンネルを見ている視聴者! 俺たちはお前らの望むような正義の味方でもないし、インディーズの自警団でもない。ましてや俺はボーンという名前ではない!
じゃあ俺たちは一体何なんだって? 答えはシンプル。敵だ!
昨日も一昨日もちょっかいかけて去っていたフォービドゥン王国なんざ屁でもない、真の、本当の、冗談抜きの、紛うこと無き、この世界そのものを壊すためにいる敵だ!
故にだ……今から俺たちは宣言する!
ジャッジメント・クラン! 今から一時間後、俺たちは貴様らの基地とそこにいる人間どもを全て滅殺する! 覚悟して待っていやがれ!」
そして帰還者は言うことを言い終え、満足してカメラから離れた。
それを扱っていたカメラマンは胸を撫で下ろし、周りと同様、このスタジオから逃げようとする。
「おいテメー、まだ一瞬だけつきあえ」
「ひぃぃ!?」
だがその寸前、今度は首謀者がカメラの前に躍り出て、
「That's life!(それが人生!)」
と、決めポーズをしつつ言った。
カメラマンがまるで意味がわからず、逃げることすら忘れるほどポカーンとしている中、首謀者は満足した。
そして帰還者と簒奪者に続いて、この後のジャッジメント・クラン本部で行うことのデモンストレーションを、テレビマン相手に行う。
*
次治区にて。
ここは政府や都営機関の本拠が集中している土地であり、辺り一面は佇まいからして清廉さ厳格さをあわせて醸し出す巨大建造物がそこら中に建っていた。
その中に一際浮いている、光沢感のある白色を基調にした外壁の、時代を数十年先取りしたような流線型の形をした建物群があった。ジャッジメント・クラン本部である。
中心にある天を突く巨大タワーの前にある、青々とした芝生が敷かれた広場。
そこに、先程のワイドショーの内容を踏まえ、ジャッジメント・クランに属する兵士総員約七千人が、整然と隊列をなしていた。
その最前列にいる、おとぎ話の王子のような高貴な雰囲気を持つ金髪の青年――ジャッジメント・クラン現総督、四季代ユミツは、左腕に巻いた銀色の腕時計を見た。
ワイドショーでの宣告から丁度一時間後――約束の時が来た。
その報せかのように、ジャッジメント・クランの兵士たちの正面にある門が豪快に砕け散り、そこから敵――4Iワールドエンフォーサーズの六人が堂々と、本部の敷地に立ち入った。
その姿を見て、ユミツは温和な表情をして言う。
「……ロックも見張りもありませんでしたから、押せば開きましたのに」
4Iワールドエンフォーサーズは、ジャッジメント・クランの兵隊からおおよそ二十メートルほどの間隔をおいて立ち止まる。
簒奪者は腕を組みながら、
「あの生放送を見て僕たちが礼儀正しく入ってくると思ったのかね?」
「ええ。我々は貴方がたのことを優秀であると評価していますから」
帰還者は言う。
「評価ァ!? 俺からも聞くが、お前らあの放送観たのかよ!? 俺たちはお前らのとこの既に優秀な三人をぶっ殺したんだよ」
ユミツは穏やかさを保ちつつ、滔々と、淀み無く語る。
「それが何よりも優秀なのですよ。
レイトは自分の立場を忘れて、君たち自警団に嫉妬し、襲撃するという、若気の至りでは済まされない失態を犯しました。
その師匠であったアトゥンと、自分の私情を優先して、その他大勢の自軍も巻きこむどころか、私たちに目撃者の『対応』をしなければならないという人的・物的被害を招きました。
ラクについては……特に言うことはございません。僕からの再三の呼び止めを無視した時点でもう勝手にしろと思ってます。
そしてあんな奴らを容赦なく反撃し、そして殺した……これは紛うこと無き、正義のヒーローの行動だと、私はジャッジメント・クランを代表して評価したいと思います」
ユミツの長台詞を聞き終えた直後、帰還者は尋ねた。
「……で、お前は何がしたいんだ?」
「今までの件はすべて水に流して、我々と協力関係を結びませんか? 自警団リーダー、ボーン様」
「ははーん、そうきたか……わかった。答える前に二つ言う。まず俺の名前は本当にボーンじゃない。次に、俺は別にリーダーじゃない
というわけで、ちょっと相談したいことがあるんですが……」
帰還者は簒奪者の側にそろりそろり寄って、
「どうした帰還者。急にかしこまって」
「そういう演技だ、あまり追求しないでくれ……でもって耳貸してくれ」
「あちらがリーダーだったのか……」
と、ユミツは、帰還者が恐る恐る簒奪者に耳打ちする様子を見て言った。
帰還者は伝えたいことを伝え終え、適正の距離に戻る。
その直後、ユミツの心臓辺りの位置に、氷の刃が突き刺さった。
「が、な……」
「これは挨拶代わりの一撃だったのだがね……君、それでも正義の軍団の主か?」
後ろにいる兵士たちが唐突極まりない急襲に戸惑う中、ユミツの身体が突き刺さった刃を中心にじわじわと凍結していく。
その無様な姿を帰還者は鼻で笑った後、
「どうせ総督の地位と人気に酔って、すっかり実力失ってるんだろうよ。あのワイドショーの内容もまともに覚えていない時点でお察しだ。
てなわけでさっさと消えろ! お前ごときにこれ以上尺を使ってたまるか!」
目の前に網状にベクトルの糸を張り、ユミツめがけて前方に動かす。
そしてユミツの身体は四角形の氷としてバラバラに斬られる。直後、それらは白い結晶となって粉々に消えた。
「そ、総督ゥーーーッ!?」
「よくも、我々のユミツ様を……!」
「こ、この悪党どもがあああ!」
これを合図として、控えていたジャッジメント・クランの戦士たちは、一斉に襲いかかった。
そちらに体を向けつつ、帰還者は首を回して、首謀者に聞いた。
「あれは、ジャッジメント・クランの総戦力でいいんだよな」
「ああ多分な。あの生中継をやったおかげで、今この本部には相当な人数が詰めている。これを片付ければ、きっと裏に隠れた『神』やら『天使』やらがお出ますはずだぜッ!」
それを盗み聞きして、簒奪者は言い放った。
「じゃあこれはほんのちょっと本気を出して戦おうか。天上にいた気分でいる者どもに恐怖の二字を教えて、すみやかに表舞台に立たせるためにも!」
六人は臨戦態勢を取り、それを待ち受ける。
【完】




