W3-13 ジャッジメント・クランの裏側
脱走者と戦死者が敵勢を食い止めている間に、簒奪者・帰還者のペアとアトゥンの戦いは佳境を迎えようとしていた。
「【忌焔万浄】ッ!」
アトゥンは黒い炎を帯びさせた剣を、右下から左上へ豪快に振り上げる。
しかし簒奪者が氷の槍を両手で地面と平行になるように握って、それを受け止める。
そこから刃の方を握っている右手を押し出し、反撃としてアトゥンを斬りつける。
アトゥンはのけぞりながら銃を構え、
「【轟砲焼道】ッ!」
黒い炎を前方へ向けて放出する。
「もうこれ以上焼かれるのは勘弁だからな!」
しかしその銃は、帰還者が張った糸によりアトゥンの手から離れてしまう。
銃は口を上に向けたまま上昇していき、その間放たれていた黒い炎はただ頭上の空気を熱するだけに終わった。
「今度は剣も失ってもらうよ」
続けざまに簒奪者は槍を振り下ろし、アトゥンの剣を叩く。
途中、帰還者が先ほど張った糸のベクトルを逆転させる。
これで簒奪者の攻撃の勢いを強めたこともあって、アトゥンの剣はあたかも氷のように粉々になった。
「でもって、こうだ!」
武器を両方奪われた悔しさを考えさせる間もなく、帰還者は横から躍り出て、ハイキックでアトゥンの顔面を打ち抜き、ふっ飛ばした。
「ありがとう帰還者。君の手助けのお陰で勝負が捗るよ」
「違う、お前が前衛に立つから結果的に後衛に回っただけだ」
「けど何もしてくれないよりかは随分とマシになったじゃないか。特に、あれだけ言っていた君がね」
「……見殺しにしたくもないんでな」
改めて、二人はアトゥンを睨む。
これまでの戦闘のダメージが蓄積しているためか、彼にしては非常に重い動きで起き上がり、こちらを睨み返していた。
「こうなれば、久々に戻る……かつての大魔軍幹部、『獄炎のアトゥン』に!」
アトゥンは両手に黒い炎を灯し、それを自分の胸へ、押し込むように叩きつける。
刹那、この公園を覆う結界――-エレメント・フィールドがより鮮やかな赤に変わり、アトゥンの全身に黒炎が纏わりついた。自身の身に宿る火のエレメントを活性化させたのだ。
「ここからが本番だ……征くぞ、自警団!」
アトゥンは両手を握りしめ、黒炎を帯びさせ、二人へ突進する。
「武器などに頼らず、純粋な戦闘能力で挑みに来たようだね」
「いちいち言わなくてもわかるぞ。が、それを言ったってことは……」
「どうする、僕たちもそれに応えようか?」
「応えない。そもそも二対一でやってるんだ。これは逆に、俺たちは能力を使って一気に押し返した方が礼儀だろ」
「なるほど。じゃあ、引き続き手助けを」
「それ応えないぞ俺は。今度は二人して攻めまくるつもりだからな!」
「それもまた一興かな」
エレメントの活性化により急激に増強させた身体による格闘攻撃を使い、二人に戦いを挑み続けるアトゥン。
しかしそれでも二人の壁は高かった。
様々な氷の武器を使い分け、繰り出した打撃を潰す簒奪者。
ベクトルの糸により互いの位置や向きを的確にずらし、急所を狙う帰還者。
この二人なりの正々堂々とした攻勢をアトゥンは押し返しきれず、さらなるダメージを受けていく。纏っている炎も、心なしか徐々に小さくなっていった。
そして決着の時が来た。
アトゥンは、簒奪者からの強烈な回し蹴りを受け、大きくのけぞり後退りする。
だが途中、アトゥンは急に足を止めた。
後退した先に、地面にベクトルが向く糸が展開されており、そこに留まることを強制されたのだ。
さらにアトゥンの身体に二本の糸が伸びる。前と後ろから、自分の方へベクトルが向く糸だ。
「その糸を使え! 一気に挟み撃ちだ!」
アトゥンの背後に回った帰還者は、右腕をブンブン回しながら言った。
これを受けた簒奪者も、構えを取って、
「ああ! 終劇と参ろうじゃないか!」
糸に触れた状態で、アトゥンへ一気に迫る。
同時に帰還者も糸に触れて加速し、アトゥンとの間合いを詰めていく。
そして簒奪者は回し蹴りを、帰還者はラリアットを、アトゥンに同時に浴びせるのだった。
二人が少し離れた直後、挟み撃ちの威力によって、アトゥンは崩れるようにうつ伏せに倒れた。
だが、まだ結晶になる――絶命するまでではなかった。アトゥンは首を回し、二人を視界にどうにか納めてから、
「完全に俺の負けだ……さぁ、トドメを……どちらでも構わん、手柄を得るのも、憎悪を晴らすのも好きにしろ」
「いや、それじゃあ困るんだよ。お前が死ぬ前に、俺はお前に聞きたいことが山程あるんだ」
「……何だ、手短に言え」
わかった。と言ってから、帰還者は上にある結界の天井を指差して、
「じゃあ一番聞きたいことを聞く。なんで俺たちをこんな大掛かりな仕掛けまで使って殺そうとした?」
「……殺そうとした。と、言えばそうだが、本当はそんなつもりじゃなかった。俺は、お前たちに殺されに来たんだ」
帰還者と簒奪者は息を合わせて言った。
「「は??」」
するとアトゥンはフッと鼻で笑って、
「そりゃそうなるよな……お前たちは、俺たちのことを知らないんだからな……」
簒奪者は少々狼狽えながら尋ねる。
「とにかく、一つ一つ説明して貰おうか。君の言う通り僕たちは、君たちジャッジメント・クランのことを、単なる正義の味方としまでしか知らないのだから」
「……わかった。じゃあまずそこから教える。
ジャッジメント・クランは確かに街を守る正義の味方ではある。同時に、自分たちと戦うことになる悪の軍団を裏で操っている組織でもある。
俺がかつていた『大魔軍』から、今の敵対組織である『フォービドゥン王国』、これは全て、ジャッジメント・クランの一員が『演じている』んだ」
「演じている……だと? じゃあ、となると、ジャッジメント・クランとあの山ほどいる悪の組織との戦いは全部、自作自演だったってことか!?」
アトゥンは一切の逡巡無く答えた。
「ああ、そうだ」
*
今から三十年前。
異次元から『魔軍』なる闇の勢力が現れ、登境を混乱に陥れた。
しかし各地からエレメントの力を発現させた人々が現れ、ジャッジメント・クランを結成。
彼らは市民たちからの盛大な応援を受けて、悪の首領を撃退した。
ここまでは、嘘偽りのない真実であり、これ以降は、秘匿されていた真実の話である。
ジャッジメント・クランと魔軍の戦いは、人々の関心を集めた。
市民たちは自分が気に入っている戦士のファンクラブを結成したり、いくつかの企業が無断でグッズを販売したりするなど、その人気は社会現象と化していった。
この注目に誰よりも喜んでいたのは、当時のジャッジメント・クランの総督でも、隊員のいずれでもない。
これは非常に突飛した事実ではあると先に断っておく。
その喜んでいた存在とは、魔軍の襲撃と同時期に、この世界に来訪し、ジャッジメント・クランの創設メンバーにエレメントの力を与えた『神』だった。
最初の頃はただの正義感だった。しかし魔軍との戦いの中でその気持ちは大きく変貌した。
間接的に創り上げた英雄たちが悪の軍勢をなぎ倒し、それが市民に称賛される。
神にとってそれは、まるで自分が人類から多大なる崇拝を受けたことと等しかったからだ。
だから神は、ジャッジメント・クランが魔軍を征伐しようとする寸前にひどく焦っていた。
魔軍がいなくなればジャッジメント・クランの必要はなくなり、解散する。となれば、自分を崇める必要性は低くなる。
人々の平和が保たれればそれでよい。と思うのも決して悪い考えではないのだが、神は自己顕示欲が強く、それを嫌った。
だから神は、追加で登境都民にエレメントの力を与えると同時に、当時のジャッジメン
ト・クラン総督に次の計画を実行するように命じた。
その計画の内容は大きく分けて二つ。
一つは、ジャッジメント・クランに、エレメントを手に入れて間もない人を訓練する施設を作り上げること。
もう一つは、その訓練施設で成績下位の者に、悪の勢力を演じさせること。
総督はこれに従わさせられ、その通りに訓練生を集め、成績下位の者に街を襲うように命じた。
これが神による最初の自作自演『大魔軍の襲来』だ。
それ以降、神はかつての総督や、前任者が良心の呵責で殉職に見せかけた自殺を図ったことで跡を引き継いだ『四季代ユミツ』を介して、自分の偉大さを人々に知らしめるためのプランを実行した。
悪役を演じる隊員には、人外のような見た目に肉体を変化させる能力を身に着けさせ、より敵らしく振る舞えるようにした。
スター性が有望な訓練生には、両親の死などの重たい過去を背負っている設定を騙らせ、人々の同情を誘うようにした。
ジャッジメント・クランの上位層、悪役に落ちた下位層両方に、今後の頑張り次第では新たな力を与えて、中心人物となれると、希望をぶら下げた。
ジャッジメント・クランの戦いをまとめた漫画の連載。人気戦士のグッズを販売することで、人々が彼らをより応援できるようにした。
さらには間接的に政府をゆすり、ジャッジメント・クランの活動と、彼らを応援する人々を優位にする法案の可決を行うなど、ジャッジメント・クランがこの世界の中心文化となるように世の仕組みに改造した。
この神の目論見は見事成功し、今やジャッジメント・クランは、もはや世の中から無くなってはいけない存在と化した。
それすなわち、神が、永遠の崇拝を得たということである。
*
そして現代。
自分で展開したエレメント・フィールドの下で、公園の芝にうつ伏せになり、息も絶え絶えの状態で、アトゥンは語り続ける。
「……俺は、その大魔軍に参加することを命じられたへっぽこ隊員だった。
始めは雑魚に扮して、先輩方に何度も何度も殺されかけた。けれども俺は運がよくて、どうにか生き残れた。
俺はそんな運に頼りたくなくて、自主的な訓練をして、ちゃんと実力で先輩を殺せるようになった。
……そのことが神に認められて、俺は大魔軍の幹部が勢揃いするっていう場面で、『獄炎のアトゥン』という新たな名前と、それにふさわしい力を貰った。
悔しいが、また運のいい流れで、俺は当時から人気のあったユミツのライバルキャラに設定された。
合計七回、そこでいい勝負をする度に、俺とアイツの人気はうなぎのぼりになった。
すると今度は、俺は神から組織を裏切るように命じられた。ジャッジメント・クランの公式な隊員に戻れたってことだった。
……けど俺にとってそれは地獄だった。俺と共に切磋琢磨してきた同期を、俺が殺さなきゃいけなかったからだ。
事実がバレてはならないから、同期は決して台詞にはしなかったが、皆、俺に対しては同じ顔をしていた……『どうしてお前だけ』って悔しそうに。
特に、ユミツと共闘して、悪役時代は散々世話になった同期のエリートを殺した時は、まるで俺が、アイツの受けた苦しみを食らったように、心のなかでは死ぬほど痛がってた…… ……それからも俺は、組織のエースとして、何の罪もない後輩たちを殺し続けた。敵として出てきた人も、俺の引き立て役として身を投げ捨てた人も、両方。
一度、それが嫌になって、かつての総督と似たような自殺を試みた。けど、俺は半年もたたない内に生き返った。神が『お前は人気者だから、皆が復活を望んでいるから』って。
今日のレイトの件もそうだった……!」
帰還者は目を見開いて、
「レイト……まさかアイツが死んだのも!?」
「……そうだ、アイツが危ないって仲間から報告を受けた時、俺はすぐ助けに行こうとした。けど、その時頭の中で神の声が響いたんだ。『アイツはここで死んだほうが、話が盛り上がるだろ?』って。
だから、見殺しにするしかなかったんだ……」
「じゃ、じゃあつまり、アイツを斬られなくても奴は……!」
「……何らかの自然な形で、殺されていたはずだ。
可哀想にもほどがあるだろ……師匠役を命じられた俺から、散々辛辣な指導を受けた挙げ句、肝心な時に見捨てられるなんてよ……」
ここでアトゥンは力を振り絞って身体を裏返し、仰向けになって、簒奪者と帰還者を視界に納められるようにして、
「……だから俺は、今日ここでお前たちに殺されるようにしたんだ。
俺はもうジャッジメント・クランの二番手だ。その辺のまだ未熟な戦士に倒されては辻褄が合わない。だからお前たちのような、設定から能力から何まで、得体の知れない奴に殺されようとしたんだ。それなら妥当性があるから。
不本意だが、レイトが殺された件を利用して、ユミツに戦闘許可を貰った。
……そうしたら護衛にラクさんも付けるって言ってきたが、もうなりふりかまってられない。アイツも巻き添えになってもらうつもりで、この作戦を実行した。
そして作戦は、この通り完遂目前だ……改めて、ありがとう……ボーン、リー……」
簒奪者は、自分が言葉を発する前に、帰還者の顔色をうかがった。
まるでアトゥンの悲壮な反省を間近で観終えた後のような、やるせなさに満ちた表情をしていた。
だから簒奪者は、自分が先に口を開いた。
「礼はいいさ。僕たちも、君の話が知れてよかった」
「……そうか……後は、もういいか?」
「きか……じゃなくて、ボー……」
「俺はもういい」
「そうかい。では、後は何をすればいいんだアトゥン」
「……どうか、死因がわかりづらい殺し方で頼む……特定されれば、また復活させられるだろうから……」
「……わかった」
そして簒奪者は、帰還者の顔をうかがった。
「……どうすればいいと思うかね、君?」
「さぁ、俺に言われても……今まで散々人は殺してきたが、そんな難しい殺し方したことないし……」
ここでアトゥンは追加で言った。
「……注文が多くて済まない……なるべく早く殺してくれ……このままだと衰弱死になるという理由もあるが、『神の手先』が間もなく俺を見つけて……!?」
その途中、突如、エレメント・フィールドの天井がひび割れ、大穴が開く。そこから白銀の光の斬撃波が、三人めがけて落ちてくる。
【完】




