W3-12 Professionalism
初表区の巨大公園。その林エリアにて。
この公園を覆い閉ざす四角い結界――正式名称『エレメント・フィールド』が放つ赤い光が枝葉の隙間から差し込む中、灰色髪と迷彩服の青年――戦死者は、両手で拳銃を持ちながら、木陰に隠れてそこにいた。
注意深くいなければ聞こえないが、微かな足音が林の中で鳴っている。
戦死者は息を殺し、拳銃を握りしめ、さらに精神を研ぎ澄ませた。
戦死者は、一つの足音が際立って大きく聞こえ、ジャッジメント・クランの汎用装備の匂いがはっきりと確認できたところで、左手を拳銃から放し、そのまま左腕を後方へ回す。
そこで突き出されていた、他人の拳銃を掴んだ後、まるで撫でるかのような手つきでスライドを外す。
そして戦死者は、その兵士が「あっ」と言わせる間もなく、右手に持っていた銃を顎下に突きつけ、殺害した。
だがその寸前、兵士は左手首を近くの木に叩きつけた。すると、いざというときのために装着していた緊急用のアラームが盛大に鳴り響く。
「敵、敵が潜んでいるぞー!」
「クソッ、この作戦、やはりそう簡単にはいかなかったか!」
「こうなったらお土産でも用意してからアトゥンさんの元へ行くぞ!」
このアラームの音を頼りに、本来ならばこの林を通過し、アトゥンへの救援と敵――自分たちへの急襲を企んでいたジャッジメント・クランの部隊が、戦死者の元へと駆けてきた。
いくつもの開き直った足音がドスドスと木々の間から聞こえてくる。
ざっと数えて十八~二十四人くらいだろうか。戦死者は脇を締めて拳銃を構え直す。
「いたぞー!」
最初の兵士はベタに側面から攻めてきた。拳銃を突き出し、自分の頭に口を合わせる。
戦死者は最低限の角度で首を傾け、初撃を避け、相手のみぞおちに反撃を与える。
最初の兵士の突き出した腕を取った後、踵を返す。と、二人目の兵士がアサルトライフルをこちらへ向けていた。
ただし、その引き金にかかった指からには力が入っていない。戦死者が腕を取って固めている兵士を誤射することを恐れているのだ。
そんな二人目へ、戦死者は容赦なく頭に弾丸を与える。ついでに抱えていた兵士の側頭部にも一発撃ち込み、確実に息の根を止めた。
こちらから部隊を返り討ちにしようと、戦死者は三人分の結晶が砕け散る場所から少し動く。と、次々と木々の裏、兵士たちが飛び出してくる。
戦死者は、腰をかがめ、被弾率を可能な限り避けた状態で、次々と兵士たちを始末していく。
途中、あえてタイミングを遅らせて現れ、戦死者の背後から剣を振りかざした兵士がいた。
それに戦死者は銃弾が空になった拳銃を顔面に投げつけて、仰向けに倒す。
その直後に駆けつけ、自分に拳銃を向けた兵士の腕を取り、自力で動かせないように関節を極めた。その腕を、拳銃を投げつけた兵士の方へ向け、相手が持つ拳銃の引き金を、彼の指を介して引き、撃ち殺させた。
すかさず戦死者は、腕を極められた兵士が、正常な方向に腕の角度を戻そうとする反動を利用するように、彼を目前の地面に投げて叩きつけ、瞬時に構えたアサルトライフルでヘッドショットを与えた。
ただいまの撃破人数、二十二人。そして現在、この林からは敵の気配がない。
故に戦死者は次なる敵を求めて、アトゥンや簒奪者・帰還者がいる広場エリアとは逆方向の湖畔エリアを目指して林を駆け抜けていく。
*
一方その頃、池エリアにて。
言うまでもなく、この大型公園の一部である以上、隣の林エリアと同様に、周りから赤い光が放たれていた。
だがここは一際赤く輝いていた。隣の林と違って遮蔽物が非常に少ないというのもあるが、
「どきやがれこの雑魚どもがぁぁッ!」
脱走者が全身からアクセルロッド粒子を放ち、まさしく赤い閃光のようになってこのエリアを縦横無尽に走り回って、次々とジャッジメント・クランの兵士たちを撥ね飛ばしているからだ。
「速すぎる! 敵の位置が掴めない!?」
「撃てー! 撃ちまくれー!」
「とにかく防御を固めろ! どうにかして奴を止めるんだ!」
ジャッジメント・クランの兵隊たちは弾幕を展開したり、シールドなどを駆使した防御陣形を作るなどの対策を試みた。
だがアクセルロッド粒子のコーティングと、脱走者が纏う特殊スーツには彼らの攻撃はことごとく無効化され、のびのびと加速した彼女の突進は、その場で形成した陣形では全く止められなかった。
兵隊らは次々と結晶となって砕け散っていき、この池エリアの部隊は、半壊状態とそれを受けての混乱により、もはや部隊としての形を成さなくなっていた。
「うわーダメだー! もう私たちの手に負えない!」
「だ、誰か助けてくれー!」
「うるせぇ! このままとっとと全滅しやがれ、この正義の味方ども!」
脱走者は散り散りになったジャッジメント・クランの兵隊の一まとまりへ狙いを定め、そこめがけて疾走する。
その道中、標的との間の地面に白い雲が現れる。
(なんだこりゃ、湯気か? 池の水が熱くなって出てきたのか?)
脱走者はそれをほんの少し不思議に思いつつも、やはり走ることに集中して、そのままもやの中に突っ込む。
次の瞬間、雲に一点の青白い光が点滅する。と、この中に含まれる微細な水滴がたちまち連鎖的に蒸発し、全体が爆発に変わった。
「おお、この技は……!」
「来てくれたんですね、片雲……」
この爆発に喜びを見せた直後、逃げていた兵たちはまとめて蹴飛ばされ、結晶になって消えた。
「あ、あっぶねー。普通に罠だったのかよあのもや……」
と、脱走者はそこで足で踏ん張り、ブレーキをかけつつ言った。
「……でもって、やっぱりこうなるのかよ」
そして脱走者は、自分の身体をぴっちり覆い尽くすスーツの、くるぶしからヘソ下までが根こそぎ破れて丸裸になっていることに気づいた。
脱走者は両足を交差させて、下に片手を置きつつ、
「おい、お前だな! あの雲も爆発も全部お前のせいだろ!」
近くにあるこのエリアのシンボルである、大きな池の真ん中を睨む。
そこには雲の上に立ち、片手にはメカニカルな拳銃を構える、ピンク色の髪の女性が、無表情で立っていた。
女性は機械のように起伏のない声色で尋ねる。
「貴方は自警団のメンバー、クーパーでしょうか?」
「お、おお……そうだ! アタシはクーパーっていうんだ! で、お前は誰だ?」
「自分で言うのもなんですが、ジャッジメント・クランではトップクラスに有名な隊員なのですが、まだ知らない方がいらっしゃったとは……失礼、自己紹介が遅れました。私、片雲ラクと申します。以後お見知りおきを」
と、ラクは名乗りをして一礼する。その直後、脱走者の周りに新たな雲が出現する。
「今回はアトゥン氏の依頼を受け、貴方たち自警団の、レイト殺害の容疑を問い詰めるべく、ここに馳せ参じました。
順番が前後して申し訳ございませんが、もし降伏と同行をしてくださるのであれば、これ以上危害は加えませんが、いかがでしょうか?」
「順番が違いすぎるぞボケ! もう手遅れなんだよお前らはよ!」
ラクの降伏勧告を一蹴した脱走者は、周りの雲が自分を覆い尽くす前にその場から駆け出し、池の水面を走って彼女に接近する。
「わかりました。では遠慮なく」
ラクは自分と脱走者の間にいくつもの雲を作る。
「どうせまた爆発させるんだろ、仕組みは知らねぇけど!」
脱走者は雲を避けるため、蛇行してラクめがけ走り出す。
「仰る通り」
ラクは脱走者の方へ銃を向けて、引き金を引いた。と、その口から弾丸のような細かい電撃の塊が射出される。
相手のスピードが速すぎるため、直撃はできなかった。が、彼女が通りかかった側の雲に、その電撃は命中した。
するとその雲は一気に全体が青く輝き、そして爆風を巻き起こした。
自身が持つ水のエレメントの効果で雲を作り出し、それを電撃銃で撃って広範囲の水蒸気爆発を生み出す。これがラクの基本戦法である。
脱走者はその威力を傍から改めて確認した後、
「もうめんどい。こうなったら超速攻で片付けてやらぁ!」
アクセルロッド粒子の噴出をより強めて、一気に池の中央で雲の上に立つラクから十メートルほどの距離にまで接近する。
「直情過ぎますね。そういう方には、これに限ります」
と、言った直後、ラクの周囲を取り囲むように雲が出来上がった。
これ以上自分に近づくのならば、大爆発を浴びせる。
もし躊躇しようものなら、雲に小さな穴を空けて狙撃する。
この二択を突きつけて敵を脅し、追い詰める。というのがラクの作戦だ。
「おらぁー、まず一発!」
だがしかし、脱走者はそういう心理戦に参加してくれるような思考回路は持ち合わせていない。そのまま一気に雲を突き抜け、ラクを思い切り蹴り上げた。
そこから脱走者はさらに前進して、ラクを守っていた大雲から脱出する。直後、案の定、ラクがふっとばされながら放っていた電撃により、後ろで大爆発が起こった。
「わりと深いな……でもこれなら片手を使わず隠せる」
脱走者は池底に両足を付け、下半身を水面の下に隠した状態で、自分の目の前で起こった水しぶきの方を睨む。
「やりにくい相手ですね……」
その水しぶきの地点から、大きく息を吸ってラクが顔を出す。
目の前に新たな足場用の雲を作り出し、そこに上がる。
「……薄っす……あ、多分さっきの蹴りでだよな? わりーな、お前」
「……何故急に謝るのです」
脱走者は、自分の胸元に手を当てるジェスチャーをしつつ、
「お前、服見ろよ」
ラクはうつむき、自分の上半身を見る。ジャッジメント・クランの制服が破れていて、その素肌と、緩やか過ぎる曲線が露わになっていた。
それを確認したラクは、脱走者に目線を戻して、
「これがどうかしました?」
「いいのかよお前。おっぱい丸見えだぞ? 正義の味方がこんな無様な格好していいのかよ?」
するとラクは、相変わらずの無表情のまま、淡々と語る。
「我々ジャッジメント・クランは常に激しい任務にあたります。その中で衣服が破れ、このように乳房や局部が露わになることは珍しいことではありません。
そのため、私たちくらいのエリートとなれば、例えそのような状態となっても一切動じないように精神的にトレーニングを行っているのです。
今のあなたのように、下半身が無防備だからと池に浸かって隠すなど、無駄な行動をとらないように」
「……っつ、だってしょうがないだろ! アタシはお前と違ってケツもデカいんだからよ!」
「それにジャッジメント・クランが衣服を破損した状態で戦う様は、市民の方々に人気がございますから。一流の隊員となりたければ、丸裸になりながらも敵と戦ってこそなのです。
ちなみに余談ですが、私はファンの方々のご期待に応えて、局部以外は余すこと無く写したものを含む写真集を販売しております」
「お前らプライドとかないのかよ。けど、さぞかし儲かったんだろうなぁ……」
「…………」
ラクは無表情のまま、黙り込んだ。
「…………?」
脱走者は彼女の様子を不思議がり、同じく沈黙する。
――ラクさんはこういう露骨なことしないほうが綺麗なのに。
という趣旨のレビューがいくつも投稿されたこと。予想を遥かに下回る売上を出したこと。それらを脱走者はこの後もこれからも知ることはなかった。
「とにかく、貴方のその極端なスピード狂的な能力は、純粋に恐ろしいことがわかりました。ですので、公園整備の方々には色々とご迷惑をおかけいたしますが、どうか治安維持のためお許しください」
ラクはこの池一帯に無作為にいくつもの雲を作り出し、足場の雲を四方八方に動かしながら、見境なく電撃銃を乱射し始めた。
これにより、池のあちこちで大爆発が炸裂し、時折池の水そのものが一瞬強烈な電気を発することとなる。
「あんの野郎! あんな真顔でこんなバカみたいな攻撃しやがって!」
脱走者はアクセルロッド粒子で高速移動し、足が沈まないように水面上を高速で走り回りながら、雲が放つ爆風を避ける。
ラクの爆風は止むことを知らない。脱走者は彼女に二発目を叩き込めないまま、ずっと池の、縁に近い部分を走り続けた。
「さっきはあんなこと言いつつも、それに対抗できないアタシもバカっちゃバカだな……」
「失礼を承知で申し上げますが。貴方はそれでも自警団の一員ですか?
先程からずっと私の攻撃に怯えて、池の縁をずっと走り回っている。根性で立ち向かうことや、突破口を開けるべく試行錯誤することもすることなく。
かといって自分の敗北を認めることもできずにいる。
そんな半端な覚悟で、我々ジャッジメント・クランの領分をかすめようなど言語道断ですよ」
と、ラクは無表情のまま、小さな両胸を晒しながら、銃を乱射しながら、滔々と脱走者に言ってみせた
「クッソ……言いたい放題しやがって! それもあんなクソ真面目な顔して、平然とおっぱい丸出しにして!」
ならばお望み通り、お前にギャフンと言わせる反撃をぶちかます。その意気をもって脱走者は池を走り回りながら、頭をフル回転させる。
そしてその果てに彼女は、
「もういい! やっぱりアタシはとにかく速攻でぶん殴るッ!」
脱走者は目的地をラクに定め、そこめがけて一直線に駆けた。
「やぶれかぶれですね。これは」
ラクはその軌道に雲を大量に配置し、それら全てを炸裂させ、脱走者に爆風を浴びせた。
だが脱走者は止まらなかった。アクセルロッド粒子の大量放出で爆風の威力を軽減しながら、特殊スーツの生地がほとんど吹っ飛でいるため、大きく育った両胸をアグレッシブに揺らしながら、ラクに突撃する。
この脱走者の迫力に、ラクは銃を構えるのを忘れるほど恐れおののく。
「あれだけ爆風を浴びてもなおこの勢いで……あ、あなた……正気ですか!? このような無知を見せびらかすような戦い方を……」
「アンタが言ったんだろうが! 乳揺らしながら戦ってこそ一流かんぬんって!」
「今は無知と言ったのですよ私は!?」
脱走者は、唯一残っている装着物である右足の靴を、ラクの首に押し当てる。
そこから彼女は、爆走の勢い余って、相手を池底に五十メートルほど擦り付けてから停止する。
「も、申し訳ありません……ユミツ様……!」
この一撃により、ラクの身体は白い結晶に変わり、やがて粉々に砕け散って水中に消えた。
「……」
脱走者は、ラクの死に様に目もくれず、早歩きで池を出た。
「おい戦死者。早い所服貸してくれ。それも上下一式」
そして脱走者は、全身から水滴を滴らせながら、ついさっき林から出てきた戦死者に頼んだ。
【完】




