W3-11 ジャッジメント・クラン急襲!
登境・初表区。
現在、エレメント・フィールドなる赤い箱型の結界に包囲された巨大公園。
そこにある、某カフェの店先にて。
民間人に扮し、帰還者に近距離で拳銃を向けたジャッジメント・クランの隊員は、
「ボーン! 貴様らの自警団ごっこはここでおしまいだ!」
と、帰還者の世を忍ぶ仮の名前を叫び、その引き金を力強く引いた。
そして隊員は額に傷口を空けた状態で勢いよく後ろに倒れる。その死体はすぐに純白に染まり、結晶のように粉々になってから散っていった。
「ジャッジメント・クランの隊員なら、巷で話題の俺たちの能力くらい覚えてこいっての」
と、帰還者は、銃弾が彼の額に戻っていくように張ったベクトルの糸を見つつ言った。
帰還者は近くのカフェの、壁一面に張られたガラスを覗く。
案の定、その中にいた客たちはジャッジメント・クランに反撃して殺した自分を見て、戸惑い、恐れおののいていた。
だが、壁にベッタリ張り付くように立っていた一人のスーツ姿の男――-コバヤシは特段表情を変えず、まず会釈、次に足元を指差し、続いて五本の指を立てた片手を突き出し、そしてその片手を振った。
(すまない、ここに五人を呼ぶ。一旦失礼する……てところか)
この一連のジェスチャーに、帰還者は大げさにうなづいて返す。
するとコバヤシは店内のトイレの方へ向かっていった。個室で瞬間移動するつもりなのだろう。
それから間もなく、後ろから芝生をズサズサと踏み鳴らす足音が聞こえてくる。
帰還者は踵を返した。ジャッジメント・クランの兵士たちが各々武器を携え、自分に迫っていた。
「ボーン! 貴様を我らが同士レイトの殺害容疑で逮捕する!」
「拒むというのならこちらは容赦しない!」
「万が一の実力行使も含めて既に許可は出ている! 怪我したくなければ大人しくしろ!」
帰還者は両腕を広げ、わざとらしくとぼけて見せて、
「はぁ、一体何のことだ? 俺はそんなことしていないぞ! なんか証拠でもあるのか!」
「正直に申し上げると……それはない!」
「だがこれは上から直々の命令だ、ならばいちいち証拠云々は気にしてられない!」
「君たち自警団には昨日と今日とで世話になった! このように恩を仇で返すようで申し訳ない!」
「そうか。そこまで割り切ってるのなら、こちらも遠慮なしにテメェら全員殉職させてやる!」
それから帰還者はベクトルの糸の効果を相手に覚えさせるように、攻撃の反射、兵士間の同時討ち、ワイヤーカッター式の斬撃……など、様々な技を繰り出し、兵士たちを軽くあしらい、次々と白い結晶のように粉々にしていった。
何人かは、近接武器を鉱石でコーティングしたり、水の弾丸を放ったりと、ジャッジメント・クランの戦士の十八番であるエレメントの効果を発揮してきた。
だがそれらも、当たらなければどうてことはない。帰還者はそれらの特殊攻撃も、ベクトルの糸で返して、その威力を相手に学習させていった。
この圧倒的な力の元に、ジャッジメント・クランの兵士の士気は明らかに衰えていく。
一方の帰還者は、まるで骨がない兵士たちに飽きてきていた。
なので帰還者は、自分に攻撃が当たらないよう、周囲に糸を展開し、
「だ、ダメだ……まるで歯が立たな……!」
「おいお前、ちょっと時間貰うぞ」
腰を抜かして倒れていた一人の兵士を、胸ぐらを掴んで引っ張り上げ、尋ねる。
「二つ確認したい。まず一つ目、今俺を襲ってるのは、上からの命令ってことだよな?」
「ええ、はい、そうです……! 上から言われてやってきました!」
「じゃあ二つ目。その『上』ってのは、アトゥンのことか?」
この巨大公園を閉ざしているエレメント・フィールドは、かつてジャッジメント・クランと戦った敵組織、『魔軍』または『大魔軍』に属した者しか使えないという。
ならば今現在、その二勢力のどちらかに属した経験があり、なおかつ存命の人物といえば……
「元大魔軍という異色の経歴を持つアトゥンしか、このエレメント・フィールドを使えない。
となると、この公園を囲って俺への襲撃命令を出せるのは、アイツしかいない!
だからお前たちの言う『上』は、アトゥンのことか? どうなんだ、答えやがれ!」
「あ、あ、アトゥン様! どうかお助けてくださいぃぃぃ!」
一人の兵士の声が届いたのか、はたまた偶然タイミングが合致したためか。帰還者の元に、この襲撃の計画者であるアトゥンが疾走する。
「逃げろお前たち! 奴は俺の標的だ!」
そしてアトゥンは帰還者との間隔を約十メートルほどにまで詰めた時、銃口を彼へかざし、
「【轟砲焼道】」
竜の息吹のように黒い炎を放つ。
ところが炎は全ての帰還者を避けていく。今の彼の周囲にはベクトルの糸が張り巡らされており、それにそらされた結果だった。
それでも全く意味のない攻撃であったわけではない。
炎がいなされる動きから、帰還者の周りの糸がどのような配置であるかを、読み取った。
アトゥンはこの収穫を頼りに、帰還者めがけ飛びかかり、網の目をくぐるように糸を全て避け、
「なっ、俺の結界を潜ってきやがったか!?」
「まずは一撃くれてやるッ!」
黒炎を纏わせた斬撃を、帰還者へ繰り出した。
しかし、二人の間に突如青い輝きが現れ、アトゥンが振った剣は止まった。
「既のところだったね、全く」
青い輝きの正体は、アトゥンの炎によって照り輝いた簒奪者の髪と、彼女が構えた氷の剣によるものだ。
「簒だ……いや、リー!」
「どうしてかって? こういうことをしてあげれば君も少しは許して……」
「いやそっちじゃない!? アトゥンの動きをよく見やがれ!」
「ん?」
アトゥンは剣を持つ右手に力を込め、簒奪者の氷の剣を押しのけようとする間、密かに左手の銃を構えていた。
「【轟砲焼道】」
帰還者は急ぎ、周りにあった糸を全て消すと同時に、アトゥンの背中を起点の一つにして新たな糸を展開する。
アトゥンはそのベクトルに引っ張られ、一気に後ろへ押し戻される。
だが火炎放射は予定通り放たれる。
簒奪者は自分の前に氷の壁を生成し、それを黒炎の射程から外れるまで凌ぎとする。
だが黒炎の威力は、即席の壁では殺しきれなかった。
完全に丸焦げにされることは免れたが、二人は相応のダメージを負いつつ、後ろへふっ飛ばされた。
数十分前まで雪が降っていたのが幸いだった。足元の地面が湿っていたため、帰還者は数回転がっただけで簡単に燃え移った火を消せたからだ。
帰還者は跳んで立ち上がった後、先に鎮火を終えて立ち上がっていた簒奪者に迫って、
「まず氷の壁でカバーしてくれてありがとう、簒奪者。でもってだな、あの後での再会がこんな微妙に情けない形でいいと思ってるのかお前!?」
「ハハハ、言わずもがなこちらも申し訳ないと思ってるよ。間に合ったという達成感が余って油断してしまった。だから今度はこれで許してくれ」
と、言いつつ、簒奪者は燃えてはだけた自分の乳を帰還者に見せつけた。
帰還者は遠くに飛ばされたアトゥンを警戒する。と、自分に言い聞かせ、そちらへ視線を固定して、
「そんなので俺が満足すると思ってるのか! お前もなかなかデカいが、どこぞのハイスピードせっかちのよりも二回りも小さいしよ……!」
「美の世界では大は小を兼ねないのさ。様々な特徴が入り混じり、掛け合わさり、そして弾けることで流麗となりうる。
君は今見ようともしないが、この豊かに膨らみと、風情を感じさせる細微な曲線を描く慎ましさ。それを兼ねるこの形。それと……」
簒奪者は帰還者の左手を取り、それを無理くり自分の左胸に押し付け、
「まるで霊峰を経て流れ着いた沢の水のように、始めは緩やかに力を受けて自由にふゆふゆと形を変え、深く触れば泡沫が浮き上がるようにほよんと弾く。
脱走者の豪放な果実も見事なものだが、私の奥ゆかしい果実も見事であろう?」
帰還者は顔をしかめた。純粋に、簒奪者の胸は彼女が語る通り触り心地がよく、左手を離すかどうか判断に迷ってしまっていた。
最中、簒奪者側から帰還者の手を開放した。直後、簒奪者はその両胸を今度は帰還者の背に押し付けて、ささやく。
「どうかね、正式なお詫びの証として、思い切り触れても構わないのだよ。この僕が両親に与えられた、この二番目に優れた武器も、何もかもね」
「……スマン」
と、帰還者は簒奪者を肘で優しく小突いて離してから、
「今はアイツだ! この戦いが終わったら、俺もキッチリ謝る! だから今は真剣にやれ!」
再び接近するアトゥンを指さして叫んだ。
「そうかい……その答えを僕は待っていた! 僕もこんな辺鄙な野外では興が乗らないのでね!」
簒奪者は帰還者の横に立ち、拳を構えた。
「二人がかりか……! どっちでもいい、俺はこの務めを終わらせるだけだ!」
アトゥンもまた剣と銃を構え、さらに速度を上げて二人へ襲いかかる。
「ところでだが簒奪者」
「何かね?」
「さっきの話の中で思い出したんだが、脱走者とか他の四人はどうしてる?」
「ああ、言い忘れてた。使役者と首謀者は区長というお偉いさんに呼ばれて、パーティーにいる。真の目的は敵の内情を知るためらしいよ。
で、脱走者と戦死者は、この天すら閉ざす赤い城壁の中にいる。
僕にかかればこんなの簡単に凍らせて穴を空けられたから、ついでに入れてあげたよ。
恐らく今頃は、僕たちに余計な敵が集まらないようにしているはずさ」
「グッジョブだ」
帰還者はアトゥンが放った銃弾を、張った糸にあてがい彼へと返す。
アトゥンはそれらを剣で弾き落とした後、流れで二人へ剣閃を繰り出した。
それを簒奪者は左腕に作った氷の盾で受け止めた。
「さあ、ここから本格的に共闘といこうじゃないか」
「ふん、あまり期待するなよ。お試し感覚でいやがれ」
【完】




