W3-8 構図作り
登境・初表区にある繁華街。
そこの実に繁華街らしい特徴である、網のように張り巡らされた狭い道を、黒い怪人たちが埋め尽くしていた。
その道の一本……ジャッジメント・クラン黎明期の強敵であった大怪獣のオブジェが、ビルの上から見下ろす大通りで、多数の人々が、多数の怪人たちに押し出されるように逃げていた。
「ぎゃあー! 助けてくれー!」
「ジャッジメント・クランの皆様、どうかお願いします!」
「誰でもいいんで来てくださーい!」
「だったら俺たちでも悪くはないよな」
「「「!?」」」
人々と怪人、その二塊の間の空間に、髪色や目の色から何まで、アシンメトリーな少年がふんわりと降り立つ。
「【神器錬成:レーヴァティン】と【神器錬成:ミストルティン】」
そしてすぐ、虚空から長剣と短剣を生成し、右手と左手に構え、
「【ブレイズ・ラッシュ】と【プラズマ・ラッシュ】ッ!」
一対の剣を目の前で振り回し、迫りくる怪人の集いに、火炎か電撃かの無数の斬撃を浴びせる。
これにより怪人たちは元々の黒よりもさらに黒くなり、終いには粉微塵の体でビル風により崩れ去った。
少年は怪人のいた方へ向いたまま、後ろにいる一般市民に問いかける。
「無事か、お前ら?」
「は、はい……ありがとうございます!」
「ジャッジメント・クランじゃないのかとガッカリしましたけど、思いの外スゲー強くて助かりました!」
「もしかして、昨日の冊到区にいた、『ボーン』という方が率いてた謎の自警団のメンバーですか!?」
(謎の自警団……帰還者がうまいことでまかせた、ここでの俺たちの設定か)
少年は後ろを向いたまま答える。
「ああそうだ」
「やっぱり! なんか能力がジャッジメント・クランっぽくないなぁって思ってたんですよ!」
「そうだったんですね! 二日連続でありがとうございます!」
「せっかくなんで、貴方の名前も教えてくれませんか!? ちゃんとお礼を言いたいので」
「ああ、そうだな、俺の名前はな、し……」
少年は『首謀者』と、素で言いそうになった衝動をギリギリ抑えた後、しばし『ボーン』という偽名について考えてから、
「……イプキスだ。携帯のメモアプリに書いておきやがれ」
「わ、わかりました、イプキスさん!」
次の瞬間、大通りに直角に交わる路地から、怪人たちが宙を舞って現れた。刹那、奴らは黒い塵となって消滅した。
「ここにいたのですわね、貴方」
その路地から、コックのような姿に変身した使役者が、フライパンを起用に回しながら現れる。
「ここにいたのですわね。とは何だ。ここに駆けつけてすぐ、『二手に分かれて戦おう』って約束したじゃあないか。なのにその『勝手にどっか行きやがって』といいたげな言い回しは何だ」
「それが事情が変わってきましたの。どうやらこの近くにあるでかでかビルが怪人に占拠されているらしいのですわ。当然、その中には利用者たちが大勢閉じ込められていますの。
ジャッジメント・クランもご覧の通りのろのろでございますから、先に私たちで救助しようというわけですわ」
「なるほどなるほど……それでより人々にコビ売りまくって、この世界の『核心』に迫ろうってわけか」
「だいぶ理論が突飛している気がしますがそういうことですわ。というわけで、一緒に行きましょう、首謀者さん」
「おう。ところで、脈絡のない質問をするが、好きな映画の主人公の苗字を答えてくれないか」
「ええ……私、あまり映画は観ないのですが……では、マクフライで」
「ベタだな」
「駄目ですか?」
「いいさ、とりあえず偽名を用意したかっただけだから」
すると首謀者はようやく市民の方へ踵を返し、堂々と叫ぶ。
「すまない君たちッ! この俺イプキスと、こっちのお嬢さんのマクフライは、この近くにある『ビル』で怪人たちに閉じ込められた人々を助けにいくッ!
だから君たちよ、どうか上手いこと逃げ延びてくれッ!」
「わ、わかりました! イプキスさん!」
「俺たちのことは一旦忘れてもらって結構です! どうか登急歓楽街タワーの方をお願いいます!」
「応援しますよ! イプキスさん、マクフライさん!」
「よし、『定着』させた……じゃあ行くぞ、案内しろマクフライッ!」
「はいはい、わかりましたよ、イプキスさん!」
そして二人は自前の力で空を飛び、一直線にビルへと急行する。
その道中、
「あの、首謀者さん……かくいう貴方もなかなかベタなところから拝借していませんこと?」
「世間一般じゃあ『ジム・キャリー』って役者の名前で呼んでる率が高いだろうからいいだろ」
「なるほどですわね」
恐らく避難を試みた痕跡だろうか。二人は、目的のビルの中層階の窓が開いているのを確認し、そこから建物内に突入した。
窓の先にあったのは箱が積まれた殺風景なバックヤードで、そこには十体くらいの怪人がいた。 一瞬、そういう作戦だったのではと二人は思ったが、にしては人数が少なかったし、何体かが缶ジュースに口をつけてリラックスしていたので、ただの杞憂だろう。
「飲んどる場合かーッ!」
二人は双剣かフライパンでパパっと片付けると、従業員出入口を飛び出し、大混乱に陥っているフードコートの様子を目の当たりにする。
「今度こそは二手に分かれて戦いましょう」
「次こそは守れよその約束をッ!」
その言葉通り、二人は別々の方向に分かれ、目に入る怪人を次々と倒していく。
使役者は現在、四つある形態のうちの一つ、『もりもりコック』に変身している。
フライパンに変形した杖をシンプルに振り回したり、クラダラエネルギー製のナイフorフォークの投擲や、ペッパーミルによるクラダラエネルギーの散布など、敵を一網打尽にすることに長ける形態だ。
ところがこのフードコートとは相性が悪かった。遮蔽物が多かったり、
「助けに来てくれたんですね! ありがとうございま……」
「さっさとお逃げなさい! 巻き込まれますわよ!」
攻撃したくない人にも巻き添えになる恐れがあるためであった。
なので使役者は、近くで浮遊しているコンパクトに乗る、クラーケンをSD化したようなぬいぐるみに、
「ごめんねリリアティ。中途半端なところだけど交代ですわ」
クラーケンのぬいぐるみは大人しくコンパクトから離れてくれた。
「じゃあ行きますわよ、モノマリア!」
その代わりに、ユニコーン型のぬいぐるみがコンパクトにポスっと腰を下ろす。
すると彼女の体を紫色の光が包む。それが弾けると、先程のコック姿とは打って変わって、スリーピーススーツをベースとしたファンシーな衣装に身を包んだ使役者が、背筋をピンと伸ばし、ビシッと立っていた。
「ひそむシリアス。ちらつくグロリアス。すかさずフォールン! 使役者、すたすたスパイフォーム!」
形態を切り替えた使役者は、左手で指鉄砲を作り、周りにいる敵に人差し指を向ける。
そこから音もなく、クラダラエネルギーの弾丸を射出。敵の急所を撃ち、黒い塵に変えていく。
それでも何体かの怪人は耐え、頭に四分の一ほどの欠けた紫色の扇形の光を浮かべた状態で、使役者に接近した。
それらに対し、使役者はつま先にクラダラエネルギーの刃を生やした状態で、軌道が読めないほどの華麗な足技を連続で叩き込む。
生き残った怪人たちの頭の上の紫色の光は正円となり――これはクラダラエネルギーの致死量に達した表示――黒く散り散りに崩れていった。
このように、すたすたスパイは俊敏さと小回りに特化した形態なのだ。
その特性を活かし、この物が多いフードコートを縦横無尽に動き回り、怪人たちを片付けていく。
最中、彼女に光の弾丸が雨のように飛んできた。
使役者は軽々と回避してすぐ、その斜線を逆に追う。そしてその射手――普通の怪人より一回り大きい、青みがかった怪人を発見する。
青い怪人は両手の指十本を手前に突き出し、その一本一本から光の弾丸を撃ち出した。
「遠距離特化の怪人ですか……ムダですわね、今の私にはこれがありますから」
使役者は、杖が変形してできた傘を広げて、弾丸をすべて受け流す。
青い怪人は引き続き連射を仕掛けてくる。
使役者は傘を広げたまま駆け、安全に青い怪人との間合いを詰める。
ついでに先端部分から弾丸を一発ずつ射出し、逆に青い怪人へ傷を追わせていく。
そして間合いを詰め切った使役者は、青い怪人の腹部に閉じた傘を突き立て、もう一度開く。
刹那、傘の幕部分から紫色の爆炎が炸裂。青い怪人の上半身はズタズタになった。
それでも青い怪人はまだ十分に動ける。
奴は弱々しい鳴き声を放ちながら使役者に背を向け、近くにある従業員出入口のドアに逃げようとした。
使役者は持ち前のスピードでそこに先回りし、そのドアの鍵を掛ける。
いきなり彼女が現れたことで青い怪人は、足でふんばり急ブレーキをかけ、その場であたふたし始めた。
「……はあ、実力も品格も何もかもなってないざこざこですわね」
と、使役者は呆れた。
そしてこいつを早いところ消すべく、使役者は傘に変形した杖を、側に浮くユニコーンが乗ったコンパクトにかざす。
「クラダラフィナーレ! こそこそエンドストライク!」
使役者は傘に回転を加えた状態で投擲し、青い怪人の胸に突き立てる。
傘が自動的に開き、爆発を浴びせ、宙へ飛んでいく。
そして空中でパラシュートのようになっている開いた傘の持ち手めがけ、使役者は左手からクラダラエネルギー製の糸を伸ばす。
ふりこの要領で勢いよく青い怪人に接近し、刃付きの右足で思い切りその顎を蹴り上げた。
これにて青い怪人の頭上に、紫色の正円が出来上がり、奴の身体は粉々に砕け散った。
「ミッションコンプリートですわ!」
*
一方その頃、ビルの外の初表区市街地では、すでにジャッジメント・クランたちの主戦力が集結しており、怪人たちの反撃が進んでいた。
さらに、謎の自警団もとい、4Iワールドエンフォーサーズの簒奪者・帰還者ペアも到着。 こちらもなるべく広範囲で鎮圧を行うためにと、帰還者は強い希望を出し、二人は一旦解散して戦闘を行う。
この強力な援軍のこともあって、もはや敵勢の勢いは目に見えて衰えていった。
帰還者は敵軍に対し、ベクトルの糸をワイヤーカッターのようにして放ち、怪人たちを次々とみじん切りにしていく。
「ハッ、二回目にしてもう飽きてきたぞ! そろそろ強敵でも出してこいよ!」
と、言ったその時、青い怪人が放物線を描いてやってきた。
「中ボスか。まぁ、来てくれただけ多少はマシ……か?」
しかし帰還者の立ち位置と角度の関係でよく見えていなかったが、その怪人は既に半身が焼き焦げていた。そして奴は背中で着地してすぐ、消滅した。
「……よくやったな。お前」
帰還者の正面――青い怪人が吹っ飛んできたその方向から、土煙に紛れて高校生くらいの少年が歩いてくる。
「お前は……禊月レイトだったか? どうして俺のところに来た?」
帰還者は少年――レイトにフレンドリーな態度で問いかける。
直後、彼が突き出した剣を、ベクトルの糸でたやすく、近くの建物の壁にそらしてやった。
【完】




