W3-7 情報交換会・後編
ジャッジメント・クランの活動は、今年で三十年目に突入する。
設立のきっかけは、『魔軍』なる悪魔の軍団が異次元から、登境への侵攻をしにやってきた時からだった。
奴らは『エレメント』とよばれる火、水、雷などに分類できる特殊な力を用い、人類が有していた防衛力をことごとく突破し、各地に被害をもたらした。
もはや登境は滅んでしまうのか。あの悪党たちに屈するしかないのか。と、誰もが思い始めたその時、光明が差した。
魔軍の到来の直後、各地にエレメントの力を発現した人々が現れた。
この都市の平和を守るべく、集結した彼らは政府の力も借りつつ、魔軍に対抗するための戦力――そう、ジャッジメント・クランを結成した。
それから彼らは、仲間たちと切磋琢磨しつつ、市民たちからの盛大な応援を受けながら魔軍と戦い続けた。
そして彼らは見事、その首領を撃破することに成功したのだった。
だが喜びも束の間、『魔軍の遺志を継ぎ、この世界を征服する』という野望を掲げた『大魔軍』が襲来した。
彼らは先代の者たちよりも遥かに洗練・強化されたエレメントの力を振るい、ジャッジメント・クランを苦しめた。
死者も当然のように出た。前回の戦いで大活躍した猛者であろうとも、容赦なく倒れていった。
だがそれでも、ジャッジメント・クランは最後に勝った。
道半ばで倒れたジャッジメント・クラン創始者の跡を継いだ、現在の総督『四季代ユミツ』と、彼との七度に渡る戦いで心を入れ替えた『アトゥン』の共闘によって、辛くも大魔軍の長を撃破したのだ。
この後、ジャッジメント・クランが作り出してくれた平和は、仮初めにしかならなかった。
それ以降も、謎の別次元から悪の勢力が来襲し、登境を侵略しようとしてきたためである。
今、度々現れる『フォービドゥン王国』は、通算九番目の悪の勢力だ。
これを倒せば、今度こそ心の平和が訪れるかどうかは、誰にもわからない。
だがそれでもジャッジメント・クランは戦い続ける。
自分たちを応援してくれる人がいなくなるまで。
……というような話が、簒奪者・帰還者ペアが勝ってきた書籍『ジャッジメント・クランの軌跡』に、ちょくちょく当事者のインタビューや貴重な資料を挿みつつ、本の前半部に掲載されていた。
これをざっと自分なりにまとめて読み終えた帰還者は、広げた本を少し押し、輪の中央に動かす。
そして帰還者は、終わりがカスカスになるまで長いため息を吐いて、
「本当にいつまで戦い続けてんだコイツら」
簒奪者も言う。
「全くだよ。三十年もずっと乱世に留まり続けるなんて、無駄の多い話だよ」
脱走者は真ん中に置かれたままの、ジャッジメント・クランのトップスリーのぬいぐるみを一瞥して、
「てか、となるとこいつら全員三十歳を超えてるのか? おっかしいな、あのアトゥンとかいうヤツ、パッと見て簒奪者と同じくらいだと思ってたんだが……」
「それについて、俺は途中、こんなものを見つけたんだが」
首謀者は真ん中に置かれた本に手を伸ばし、お目当てのページで指をさす。
「現在、ジャッジメント・クランたちは入隊に際し、エレメントの解析の途中で開発された薬品を接種している。それには一瞬で熟練の兵士と同等の身体能力を獲得する効果があるのだ。
ちなみにこの副次効果で、ジャッジメント・クランは老化が非常に遅くなっている。
……って書いてあるぜ」
「しれっとヤバいことやってんな、アイツら」
「ちなみに、失礼致しますが、簒奪者さんは一体おいくつですの?」
「僕はえっと……一族の歴史書によれば支穏四三年に生まれ、覇統元年にここに連れてこられたから……二十七歳だ」
「何でそういう計算ができたのかはわかりませんが、ありがとうございますわ」
「ちなみに俺は三十五歳だ」
「あなたには聞いていませんわよ。帰還者さん」
「初日ながら一応の成果は出ているようだな。君たち」
ここで、コバヤシが六人の円の中央に、突然と現れた。ただしそれでも、そこに広げていた資料はどれも踏まないようにしていた。
「まぁ、ぼちぼちな。俺と簒奪者はベタに本を買ってきただけだが」
「それで十分だ。こちらが持っている情報と、この世界で直接獲得できた情報を照合すれば、何か重要な事実を見つけられるかもしれないから。
というわけで、一旦これらの証拠は預かっておくぞ」
コバヤシはその場でしゃがみ、お風呂ポスター、単行本、ぬいぐるみ、『ジャッジメント・クランの軌跡』を一つ一つ拾い、マジックのようにパッと消した。
「コバヤシさん、あつ森みたいな回収方法しますわね」
「俺はアイズオブヘブンの聖人の遺体の出し入れを思い出した」
「私はどう突っ込めばいいんですの、首謀者さん」
証拠を拾っているコバヤシに、帰還者はビニール袋を突き出す。
「今から皆に見せる予定だったけど……これも持ってけ。ここの世界史とかの本だ」
「ああ、ありがとう、帰還者」
「あとこれも漏れなく持っていきたまえ」
続けて、簒奪者はコバヤシに同人誌を突き出して言った。
「ああ、ありがとう、簒奪者」
コバヤシはその両方も、一度手にして、パッと消した。
「では、私はこれで失礼。もう日が暮れているから、後は自由に休んでくれ。また明日も頼むぞ」
「わかった、では御言葉に甘えさせて貰うよ」
そしてコバヤシは、含み笑いをする簒奪者に、
「そうだ思い出した。簒奪者、君の趣味趣向にとやかく言いたくはないが、なるべく経費の無駄遣いはするな」
と、注意を残してすぐ、この部屋から消えた。
それからすぐに、簒奪者はスマホを取り出して、帰還者に頼む。
「ところで帰還者、いい加減スマホの使い方を教えてくれないか。僕はどうしても今晩、ここの眠らぬ街で誰かの睡魔を激しく追い払いたい気分なんだ」
「つくづく皇帝らしいな……お前」
*
翌朝。
高級ホテルのモーニングビュッフェをきっちり味わい、士気を高めた六人は、この世界の調査のために街へと出た。
他区への移動のため、簒奪者と帰還者は横並びで最寄り駅まで歩いていく。
その道中、簒奪者が思い切り口を開けてあくびをしたのを、帰還者は軽い憂さ晴らし感覚で指摘した。
「昨日は相当盛り上がったのか?」
「いやぁ、それほどでもなかったんだよ」
(風俗の話だとは言ってないんだがな。察しいいなコイツ)
「どうしてだ。せっかく予約の仕方とか色々教えてやったのに、これじゃ俺の努力が無駄になっちまってるだろ」
「それはすまない。これについては僕の運が悪かったのだよ」
昨晩、簒奪者は一人の男と真剣な一騎打ちがしたい気分だった。
なので、簒奪者はそうしたことをメインとする店で、彼女の感性に一番合う人を指名した上で予約させた。
ウキウキしながら店に行き、舞台となる部屋に入ると、写真通りの青年が不機嫌そうに待っていた。
その不機嫌の理由は会ってすぐにわかり、お互い服を脱いだことでよりわかった。
彼は頭、左腕、そして胴についた傷を、包帯を巻き付けて押さえていた。
当然、簒奪者はこの傷の訳を尋ねた。
青年はしばらく躊躇して、『自分がジャッジメント・クランに属する兵士である』ことを白状した。
この傷は今日の戦闘で受けたものであり、本当なら安静にしておくべきだとも上から言われていた。
けれども彼はこれまでジャッジメント・クランに属してから、全く戦績を挙げられぬまま七年が経過している。
ジャッジメント・クランは街を守る正義の組織であるが、完全な慈善団体ではない。所属人員の給料は、それぞれの成果に基づいて支給される。
だから彼は生活が苦しく、こうして身体を売って首の皮を繋いでいるのだという。もちろんイメージ的に、ここにいることは誰にも話していない。
ならばせめて、君を存分に楽しませてあげよう。と、簒奪者は自身の卓越した技を使い、青年との攻防をしようとした。
ところが、青年は行為の都度、傷のせいで痛々しい悲鳴を出すものだから、簒奪者は興が乗らず、満足に本領発揮できずに時間を終えたのだった。
「ある意味ラッキーだな。ジャッジメント・クランの弱みを握れるなんてよ」
「あれはただの一兵卒だ。そんな者が娼館務めをしてた事実を流布しても、彼が損をするだけだろう。それは可愛そうにもほどがある」
「かもな。俺はどうせなら、もっと正義のスーパーヒーローらしからぬ黒い部分を暴いてぶちのめしたいんでな……」
*
数時間後。
登境二十三区の一つ、初表区。
ここは地上・地下それぞれに大きく広がったターミナル駅を有し、そのアクセスの良さを生かし、映画館や劇場などの巨大エンタメ施設が鎮座している。
それと同時に人々のギラギラした欲望を満たす猥雑な店が多く集結している。
そうした表裏の歓楽を集めたような街で、僅かな差ではあるが穏やかな雰囲気を保つ、自然豊かな公園にて。
使役者と首謀者は、お互いにコンビニのレジ袋を持ってきて、一つのベンチに座った。
首謀者は右横をチラッと見て、
「『ミックスサンド』と『アンパン』に『ホットカフェオレ』……ベターなコンビネーションでいくじゃないの」
使役者は一瞬、上半身を右に十五度ほど傾けた後、
「かくいうあなたは『ロコモコ丼』ですか。結構な量をビュッフェで食べたのに、昼間でも重いものを選んでよろしくて?」
「なんせ今やってる舞台はハワイなんでな」
「よくわかりませんが、そうですか」
これ以降は、二人は特にやり取りをせず、黙々と自分のランチを味わっていく。
先に完食したのは、食べやすいメニューをチョイスした使役者。彼女は残りのヌルカフェラテを一気に飲み干してフィニッシュを決めた。
使役者はチラッと左横を見て、あとスプーン十数回くらいで無くなりそうなロコモコ丼を確認。その後、使役者は支給されたスマホを見始めた。
「……ゴミ捨てにはいかないのか?」
「貴方と一緒に行くつもりですわ」
「しみるぜ。その微量な優しさ」
これから五分弱後、首謀者はとっておきのハンバーグの一欠片をパクりといって、完食した。
「では行きますわよ」
「仰せのままに」
そして二人は食べ終わった包材を詰めたビニール袋を持って、同時にベンチを立った。
二人の支給品のスマホが、あからさまな危機感を煽る音声が鳴ったのは、これと同じタイミングだった。
二人のスマホには同じ文言が書かれた通知が届いている。
――緊急来襲速報:フォービドゥン王国と思しき敵影が、初表区に接近中
これを見た途端、二人は同時に口角を上げつつ、ゴミ箱に駆け出した。
「残念でしたわね敵の方々、生憎ここには私たちもいるのですわよ!!」
「急いで両手を空けるんだッ! 今日こそはたっぷり戦ってやるぜーーッ!」
【完】




