W3-6 情報交換会・前編
世末異世界『リアセリアル』の最大都市、登境。
次治区にある高級ホテルにて。
時刻は十八時二分。季節は冬とあって、壁一面を占める窓は、地上に広がる星空のような夜景を映していた。
そんなことには目もくれず、六人は一室の真ん中あたりで輪になって、本日集めてきた情報の交換をする。
「じゃあまずアタシたちから行かせてもらうぞ」
地べたにあぐらをかいて座っている脱走者の横で、彼女の相方となった戦死者がうなづく。
「おういいとも。何があったか聞かせてくれ」
「あいよ帰還者。
アタシたちは真っ先に殺到区ってとこに行った。そう、昼間に戦ったあそこだ。
ひょっとしたら敵の生き残りとか、スゲー重要な落とし物とかが拾えるかと思ってな。
ところが、そこは大体元通りの、普通の都会みたいになってた。
ちょっと違ったのは、あのジャッジメント・クランの制服着た奴らが、街の写真取ってたり、壊れたところを修理してたりしてたんだ」
「ほう、それでどうなった」
「アタシはそいつらに何をしているのか聞こうとした。
けどその前に、急になんだかメッチャ人が集まってきて、サイン書けだの、一緒に写真取らせろだの、カメラの前で踊れだの、ストーリーズに出していいかだの、今後の意気込みはどうですかだの、戦死者ともども色々やらされまくった」
うんうん。と、横の戦死者は無言でうなづいた。
「で、そいつら全員の対処――もちろん殴ったりしてないぞ。余計騒ぎになるから――し終えたら、もう日が暮れてた。で、ここに帰ってきたってわけだ」
「……それで終わりか、脱走者?」
「ああ、終わりだよ……要するに、アタシたちは何も得られてなかったってことだよ!」
「だから率先して一番早く喋ろうとしてたのですわね、脱走者さん」
「そこまでお見通されたか。はぁ、本当にスマン」
脱走者に続いて、戦死者もペコリと頭を下げた。
「まあいいさ。俺たちはお前ら二人の無駄足を『チャラにできるくらい』の有益な情報をいくつも手に入れてたからな……次は俺たちの『番』だッ!」
「というわけで、まずこれをご覧くださいまし!」
使役者は側においてあった筒を、六人の輪の真ん中で広げて見せる。
そこにはざっくりいうと押しつぶされた太い三日月のような形に、細かく線が引かれ、区切られた箇所に地名が書かれているもの――登境二十三区の地図のお風呂ポスターである。
「ちなみにお風呂ポスターなのは経費削減のためだぜ。一番安く買えるデカい地図が、百円ショップのこれだったんでな」
「地図か、いい判断をしているじゃないか首謀者。戦うからには第一に土地の仔細を把握するのが基本であるからね」
「別にスマホで調べられるから、わざわざ買わんでいいとは思ってたが……一応ありがとよ、首謀者」
「いいってことよ。で、この地図で一番興味深いのは、ここだろやっぱ」
と、言いつつ首謀者は、このお風呂ポスターの右下の角を指し示す。
そこに描かれていたのは、この世界全体の簡略的な地図。
黄色い楕円形で表された大陸の南東に、点で登境の位置が示されていた。その他の都市は、特に書かれていない。
「私たち、追加でスマホで詳細な世界地図を検索してみましたわ。するとどうやら、この登境以外に、この世界には大規模な都市がないのですわ。町や村などの小規模な自治体はあちこちにあるようですが。
元々、この街がある土地以外には川などの水源がほとんど無い砂漠地帯らしく、結果的にここだけが発展していったらしいんですの」
「となると、後で本気でこの世界ぶっ潰すとすれば、ここをどうにかしちまえば後はおしまいってことになるんだな?」
「ってことだな、脱走者。
まだ俺たちが入手した資料がわんさかのこってる。ドンドンいくぜ」
次に首謀者が提出したのは、『ジャッジメント・クラン ストーリーズ 第134巻』のコミックスだ。
「これは……僕たち、昼間に見たよ」
「こいつはあのジャッジメント・クランの戦いの数々が時系列順に、ダイナミックにコミカライズされた本だ。
そう、『コミカライズ』だ。俺は事実をありのままに言っている。
この漫画に乗っている話は、全部、この異世界で本当に起こったことを元にしてるんだッ!」
加えて首謀者は、コミックスの横に自分の支給スマホを置く。
一ヶ月前に起こった在古区での騒動をまとめたネットニュース記事が映っていて、そしてそれはコミックスの裏表紙にあるあらすじと内容がほぼ合致していた。
「ちなみに、第133巻のあらすじも確認しておきましたわ。案の定、今から二ヶ月前の戦いの模様とほぼ同じ内容でしたわよ」
「使役者の言うとおりだ。なお、今このコミックスのストーリーはどうやら『フォービドゥン王国編』に入っているようだ。
お察しの通り、昼間戦ってたこれと同名の組織に属しているらしい、あの貴族っぽい奴らをメインヴィランに据えたエピソードなのだろう」
「続いては、私から証拠をお見せいたしますわ」
と、言いつつ使役者は、輪の真ん中にポンポンと、手乗りサイズのぬいぐるみを三つ置いた。
その内の一つ――黒髪の男については、四人はすぐにピンと来た。
「ああ、コイツ! アトゥンじゃねぇか!?」
脱走者は首を傾げて言う。
「アトゥン……誰それ?」
「あの俺にやたらと質問攻めしてきた強そうな野郎だ! なんでそいつがぬいぐるみに……! って、よく考えたらそうか。そりゃそうか」
「……どういうことかね、帰還者」
「漫画に出てくる人気のある人物は、こういうぬいぐるみになったり、フィギュアっていう小さい像になったりするのが、俺たちのいる世界の常識なんだよ」
「古代の英傑を称える像を彫り、その地の守護を託すように都に置くようなものかね」
「大体そういう認識でいいよ、簒奪者」
「実際、私のいた世界ですと、こういうぬいぐるみとかアクリルスタンドを、お手製の神殿に飾る文化がありましたわ。私ではなく知り合いがそうしていまして、ね」
と、使役者はボソッと補足した。
「とにかくこの黒髪のヤツはアトゥンだってことはわかった。というより思い出した。
けど、その両隣にいる金髪のすました顔の男と、うっすいピンク色の髪の女は誰なんだ?
コイツらはゼッテー、アタシ会ってないぞ」
「グッドな質問だぜ、脱走者。
金髪の方は『四季代ユミツ』。ジャッジメント・クランの総督だ。
こっちのピンク髪の方は、『片雲ラク』。総督の側近的人物で、女性に限ってはジャッジメント・クランで最も知名度のある戦士だ。
「ちなみに、このユミル、アトゥン、ラクの順で、ここ数年の『ジャッジメント・クラン人気投票』のトップスリーを独占しているようですわ。そうリサイクルショップの棚に書いてありましたわ」
「人気投票なんてやってるのかよ。なんか、ますます漫画のキャラ感が増してきやがったな……」
と、帰還者は言った。
「では、俺と使役者が手に入れた証拠は、これが最後だ。
ド肝抜かすんじゃあないぞッ! オラァッ!」
そして、首謀者は輪の中央に一冊の本を置いた。
その表紙にあったのは、やけに肌の露出が多い姿で、互いに顔を赤らめているユミルとアトゥンの姿であった。
簒奪者は嬉々として尋ねた。
「何かねこの非常に興味関心をそそられる代物は!」
「これはな、『同人誌』って奴だ。
俺と使役者はなんとなくのイメージで、色々買い物ができそうなところとしてここ次治区と遊遇区の間にある秋葉ば……いやここじゃ違うか、遊ヶ原、通称『アソバ』って地帯に行ってきたんだ」
「登境二十三区という言い回しからして、この都市は私たちがいた日本の首都、東京に似ている気が、来てからずっとしていました。
なので試しに行ってみたらまぁ、ニュースとかでちょこちょこ見るようなあのオタク文化が全面に押し出された街が堂々ありましたの」
「そこで俺たちは色々回って、このお風呂ポスターとか、単行本とか、ぬいぐるみとか、そしてこの同人誌っつー、『公式でない誰か』が自分の気持ちに正直になって作った本を、のれんくぐって買ってやったって訳でスよ。こうしてなぁ~~っ。
ちなみに俺はバッチシ十八だから通ってもまるで問題ないんだぜ~~っ」
「……私はそこまでしなくてもとは、思いましたけどもね」
この時、使役者は、天井を見上げ続けていた。
脱走者は、両手で顔を隠しながら尋ねる。
「で、こ、この本が一体何の証拠になるっていうんだよ! この世界の人たちはみんなドスケベだってことか!?」
「いいや違う。この世界じゃあジャッジメント・クランは単なる都市の平和を守る正義の味方だけでなく、多くの人々に愛されるコンテンツってことだ。
それを俺はこの、余程の『情熱』がなければ印刷にまで持ち込めなかったであろう本を通して、伝えたったのだよ」
「……ぬいぐるみの辺りでもう十分伝わってるとは俺は思うがな」
帰還者は、隣でこの薄い本を読んでいる簒奪者の様子を横目で覗きつつ言った。
「一つ一つの行為の積み重ねに脈絡がなさすぎる」
と、簒奪者はぼやきつつ、首謀者に本を返す。
「じゃあ最後に、僕たちが集めた証拠をご覧いただこうか」
そして簒奪者は、昼間に買ってきた本のうちの一冊、『ジャッジメント・クランの軌跡』を見せた。
【完】




