W1-3 集結と結成
詳しい話は後――という言葉を受けてから一秒も経たぬ内に、三人はこの真っ白な空間の中で、瞬間移動した。
その先の地点で、三人視界に、巨大な人工物があった。
三角、四角、丸を並列に重ね合わせ、余計な突起を削ぎ落としたようなフォルムの、淡いシアンをベースとしたものだ。
ここの端から端を一通り眺めた後、金髪の男性は一言。
「なんだこりゃ? スターシップか?」
三人をここに連れてきたスーツ姿の男は言う。
「これは異世界間移動兼侵攻拠点用装置。方向性としては間違っていない。いわば異世界を渡り歩く版の宇宙船といったところだ」
「は、はぁ、う、宇宙船かぁ……? まるで幻の魚のような存在、まるで見たことがない面妖な流麗さを持っている」
そう青髪の女性が言うと、スーツ姿の男は周りの三人を睨みつけてこう返す。
「君たち全員、一度見ているのだがな。そしてまともに話を聞かず、やれ『テメェなんか信用できるか!』だの、『誰に口をきいている』だの、『うるせー! お前なんか知らん!』だのと怒鳴り散らして、どこかに行ってしまったのだがな。
まったく、結果あそこ三人に集っていたのがせめてもの救いだった」
銀髪の少女は目線を誰にも被らない方向へ向けて、
「しょうがねーだろ、こんな急にヘンなとこ連れてこられて、落ち着いて話聞いてられるか」
「ちゃんと聞いてくれた人が三人、この装置の中にここにいるが」
宇宙船を指差すスーツ姿の男を一瞥して、銀髪の少女は舌を打つ。
それから組んだ両腕の力を強め、膨らんだ胸をより押さえつけながら、
「あとそれと、なんでもいいから隠すもの用意してくれねーかな!?」
「わかった。ではまずこの中に入るとしよう」
宇宙船の中央部に該当する四角の部分の壁が開き、スローブに変わる。
三人はスーツ姿の男に連れられ、スロープを登り、内部の廊下を少し歩き、広々とした部屋に到着する。
簡単に言うと、無駄のない近未来的なデザインの家具で統一された、大金持ちの家のリビングのような空間だ。
その中央にある大きな丸テーブルの周りには、既に三人がいた。
「オメーら、遅かったじゃあないか」
一人は髪は青と赤、目は橙色と青緑と左右非対称になっていることが特徴の少年。
肘当てがないタイプの椅子にも関わらず、まるでそれがあるかのように頬杖を突きながら、足を組んで座っていた。
「これではちゃんと言うことを聞いて損でしたわね。フフッ」
一人は毛先に向かうにつれて淡くなるグラデーションのかかった紫髪の少女。
ここにいる七人の中でも一際小さいことと、フリルの多い服装も相まって、その座り方はお人形のように可憐であった。
「……」
そして一人は灰色に近い黒髪の、迷彩柄を身にまとった兵士風の青年。
近くに椅子があるにも関わらず、一切の歪み無く直立し、今やってきた四人を見つめているのもまた兵士らしい姿だった。
「遅れて申し訳ない。先ほど言った通り、この三人が無駄なことをしてくれてな」
スーツ姿の男は、連れてきた三人に『聞きやすい体勢でいてくれ』と言ってから、部屋に設けられたディスプレイモニターを起動する。
「では、君たち六人に例の『詳しい話』をするとしよう」
その瞬間、立ったままの銀髪の少女は叫んだ。
「ちょっと待て! アタシのはどうなったんだよ!」
「アタシのとは何だ」
少女は両腕を組んだまま上下に動かし、それで押さえつけているものをふにふにと揺らしながら、
「中入ったら隠すもの用意する的なこといってたじゃねーかよオメー!? まさか忘れたとか言うんじゃないよなー!」
「『わかった』とは言った。だが入ってすぐ用意するとは言っていない。生憎私には私なりの優先順位があるので。しばらくそれで我慢してくれ」
「我慢できるか! 見ず知らずの五人に出会ってすぐおっぱい丸出しでいるだな……うわっ!?」
その時、銀髪の少女の後ろから、兵士風の青年が音もなく近寄り、彼女に自分が着ていた迷彩ジャケットを被せた。
「あ、ありがと……よ……?」
少女が振り向いて礼を言った瞬間、兵士風の青年は新しいジャケットを着直していた。
銀髪の少女が『なんか鉄くせーな』とぼやきながらジャケットに袖を通すのを横目で見つつ、スーツ姿の男は六人へ告げる。
「では諸君。君たちがここに連行された理由を話す。
君たちは『無資格異世界破壊罪』の罪状が与えられ、その処罰として『世末異世界への制裁執行任務』に参加する義務を下す」
ここからスーツ姿の男は、モニターに簡素にまとめられたスライドを映しながら、詳細事項を説明した。
それを要約すると以下のようになる。
*
まず、我々のいるこの世には、宇宙で輝く星のように無数の『異世界』が存在する。それらは全て、自然の摂理や文化、主要種族、そして歴史が全て異なっている。
私――スーツ姿の男は、これらの異世界全てを見守る、迂闊に名前を呼ぶことさえも許されない『圧倒的上位存在』のエージェントである。
ここに呼ばれた全員は皆、それぞれ別の異世界からやって来た人々であり、全員、自らの決断の下、自らが居た異世界を壊滅的状況に追いやっている。
無資格異世界破壊罪とは、彼らのように、異世界を滅ぼした者に圧倒的上位存在から課せられる罪状だ。
この罪状があるのは、単に一つの異世界全ての未来を奪ったから。ということもあるが、それは一端に過ぎない。
異世界の性質の一つとして、隣り合う二つのそれは、一定の割合で連動し、相似していくというものがある。
この性質によって、隣接する異世界では、文化や支配種族や歴史の大まかな流れが変わらず、いくつかの人物がいたりいなかったりする程度の差しかない。
一つ空けて隣、二つ空けて隣、そして百飛ばした先にある異世界となると、一般的に呼ばれるような異世界の意味が通じるほどの差異が生じ、激しく様変わりするのだ。
では、相似の参照先が無くなってしまうとどうなるか?
残された異世界では、元々参照して起こっていた事件やモノの有無が、あり得ない結果に変容し、度し難く、大抵の人々が幸せにならない現象が発生するのである。
そしてこの異常な事態は、さらに隣の異世界に相似してしまう。
経済の不安定や異常気象、大規模災害に世界大戦に、最悪、文明滅亡にもつながってしまうような事態が連鎖してしまうのだ。
これこそが、無許可異世界破壊罪が存在する理由。
六人は、このとてつもない負の相似を引き起こした。というわけなのだ。
*
「つまるところ、僕たちは代々多くの人に読み継がれていた名書を世の中から全て集めて燃やしたようなことをした。とでも言いたいのかね」
青髪の女性がそう言うと、スーツ姿の男は首を縦に振った。
「そうだ。君たちは自分のいた異世界だけでなく、周囲の数多の異世界に多大なる損害を与えたのだ」
紫髪の少女は丸テーブルに両手を置き、前のめりになって言う。
「で、ですが、私たちはそのようなこと知りませんでしたわ……」
男は毅然とした態度ではっきりと言った。
「知らなかったで済むなら警察はいらない。これは主語が違えど、大抵の異世界で語られている言い回しだ。私なんかに今更そんなこと言わせないでいただきたい」
「そ、そんなひどい……」と、少女は小声で不平を漏らした。
そんなことは気にせず、金髪の男性は手を挙げて、
「質問いいか。俺たちがやらかした無許可異世界破壊罪って罪名なんだが、なんでこれ、頭に無許可って付いてるんだ? まるで『許可すればやっていい』みたいな意味のようだが」
「それはこれから説明するところだ。あらかじめ伝えておくと、『許可すればやっていい』のはそうだ」
*
かの『圧倒的上位存在』は、無許可異世界破壊罪の咎人たちには、同じ処罰が与えられる。
それは先ほど簡単に説明した通り、世末異世界への制裁執行任務に参加する義務。
世末異世界とは、圧倒的上位存在が認定した、どうあがいても今後、繁栄が見込めなくなった異世界を指す用語。
そこの中には救世主に値するような人間が現れる予兆もない。
圧倒的上位存在が管理する組織の一つ『異世界転生管理局』が異世界転生という、別の異世界から情勢を回復させるための人材を派遣したとしても焼け石に水としかならない。
まさしく救いようのない有様に陥った異世界のことだ。
そんな異世界であっても、例外なく先ほど話した相似性の法則は適応される。
世末異世界が他異世界に与える影響はもちろん、悪いものしかない。
言うならば大規模スケールの究極のガン細胞となった世末異世界を排除する。
それが、ここにいる、過去に同じことをやらかした六人に課せられる処罰なのだ。
*
「以上が、君たちがここにいる理由の説明だ。今の段階で、何か聞きたいことはあるか?」
ここで左右非対称の少年が手を上げた。それも、いつの間にか冷蔵庫の前に移り、何故か両足を大きく開いた体勢で。
「もし俺たちが本気でイヤがったらどーする気だ、テメーよォ~~~?」
「今の説明を聞いた上で、君たちに拒否権があると思うのかね?」
その答えを聞いた途端、少年はドシドシと足音を立ててスーツ姿の男に近づき、おもむろに拳銃を出し、その口を相手の額に押し付ける。
「質問に質問で返すなァーーッ! 俺は貴様の説明パートにチャチャ入れないであげてやったのによォーーッ!
テメーが攻守交代制で始めたんだから、テメーも攻守交代制で通しやがれッ! 急にアクションゲームにするんじゃねーよこのクソボケがッ!」
この突然の凶行に、この場にいる者はそれぞれの反応を見せた。
銀髪の少女は急な変貌に目を見開き、青髪の女性は彼の落ち着きの無さに呆れ、紫髪の少女は無駄に辺りを見渡し、金髪の男性は大胆とも無謀とも言えるその行動にうなった。
兵士風の男は、無表情のまま直立し続けていた。
そしてスーツ姿の男は、落ち着いた様子で答え直す。
「すまない、こちらの言い方が悪かった。
……拒否権は決してない。
刑期が終わるまで逃げることは決してできない。
途中で自死を選んだとしても、これ以上に恐ろしい罰を受けた上で、刑務を再開させるだけだ。
無論、私をここで殺したところで意味はない。というより、できない。
私は概念のようなもので、本来は形も個性もない。だが君たちにも認識しやすいようにこうした平凡な人の姿をして、圧倒的上位存在の意向を代理で伝えているだけに過ぎない。
ああそうだ。せっかくの機会だから一つ教えておく。
あそこの冷蔵庫の中身は常識の範囲で好きに使ってくれて構わない。もし食べたいものがあれば一応用意する。そのバナナも好きに食べていい」
最後の『バナナ』という言葉を聞いた途端、左右非対称の少年は仰々しくのけぞり、
「そりゃそうか、囚人の素性を知らずして看守の役割なんざできるはずがねーよな……」
持っていた銃のボディを三回にわけて剥き、中身の反った果実を食べ始めた。
「……ではいよいよここから、その任務実行に関する基本ルールを説明する」
ここからスーツ姿の男は、新たなスライドを映し出す。
一、滅亡の手段は問わない。どれだけ極悪非道であろうとも咎めることはない。
二、世末異世界の滅亡の程度は、各異世界ごとにこちらが定める通りのものとする。
三、任務実行は可能な限り無駄なく最短で行う。
四、任務先の異世界の者に協力させてはならない(敵の敵は味方のように、自然とそうなった場合などは除く)。
五、任務先の異世界で、みだりに我々の素性を教えてはならない。
「ルールその六、シャツと靴は脱げ……」
「そんなルールはない」
と、ブツブツ何かを言う金髪の男性にツッコんだ後、スーツ姿の男は補足する。
「ルール五についてだが、これは行く先の異世界に、別世界の文化や概念を与え、後々大きな歪みを及ぼさないようにするためだ。
なお、言うまでもないが、素性の中には君たちの名前も含まれている。人の名前とはその異世界の伝承や監修に基づいて付けられた、立派な別世界の文化なのでな。
そこでだ。君たちには今から別名を与える。もう既に囚人番号はついているが、そんな形式張った名前、私も君たちも長ったるくて呼びたくないからな」
「ああ、そうしてくれ。アタシはこんな奴らの名前なんて呼びたくないからね」
と、銀髪の少女がつぶやいた直後、スーツ姿の男は彼女に指さして、
「君の別名は”脱走者”」
「だ、脱走者……!? おい、何だその悪口みたいなのは……」
銀髪の少女――別名”脱走者”の言い分は無視して、男は残る五人に一人づつ告げる。
青髪の皇帝のような女性には”簒奪者”。
金髪の巨体の男性には”帰還者”。
黒髪の兵士風の青年には”戦死者”。
紫髪の可憐な少女には”使役者”。
赤と青髪の左右非対称の少年には”首謀者”。
以上の別名を与えた。
「では、これで最低限の説明は終わった。
というわけで早速君たちには、初任務に行ってもらう」
そう男が言ったその時、フィィンと船全体から微かな起動音が鳴った。
「話がいきなり過ぎませんこと?」
と言った使役者を含め、六人はふと、ガラス(形式上の表現、本当の素材は不明)張りの天井を見上げる。
するとそこには一見星空のようだが、よく見ると大部分の色が、色彩からグラデーションまで絶え間なく変化する、暗い七色の不可思議な空間が映っていた。
「ちなみにその景色が嫌なら、好きな風景の映像に切り替えられる」
「そうかい。細かいとこまで親切にどうも、コバヤシ」
と、帰還者はスーツ姿の男に、ニヤッと笑って言った。
「コバヤシ……なんだその言葉は」
「お前の名前だ。俺が観たとある映画の、お前と立場と雰囲気がそっくりなキャラにちなんでな」
「私の名前だと? 何故そんなことをつける必要がある」
「じゃあ僕たちは貴方を呼ぶときにいちいち、『監視役にして、指示役にして、管理役』だの、『スーツ姿の男』だの冗長な呼び方をしなければいけないのかい?」
そう簒奪者は乗じて言い、さらに脱走者も続く。
「じゃあ別に名前あんのかよ。さっき名前聞かれても答えなかったじゃねーか」
「……わかった。じゃあコバヤシと名乗らせて貰おうか」
そしてコバヤシは六人に告げる。
「君たちの初陣の舞台には、あと三時間で到着する。それまでに各人、準備を行うんだ。
……と、その前に、君たちに二つ、頼みがある」
まず一つ、君たち六人のチーム名を決めてくれ。報告書などに必要なのでな」
そう言われて六人は、テーブルを囲み、初めてのチームプレーを始めた。
「どうせならカッケーのにしようぜ! スーパー最強軍団ってのはどうだ!」
「流石だね脱走者君。安易な思考を迅速に取って出す才能がね。
このような重大な命名は僕に任せたまえ、仮にだが『極悪六罰将』はどうだろうか」
「別にみんな軍人じゃねぇから『将』って付けなくてよくないか? んー、『冷酷』『非情』、『残虐』のどれかは入れたいな」
「……」
「世界を相手取るのですから、ワールドと入れたほうがいいですわ」
「じゃあワールドクルセイダーズで決まりだッ!」
「勝手に決めんな……えーっと、首謀者! だいたいクルセイダーズってなんだよ!?」
しかし案の定、出会ったばかりの極悪人たちには、案の定すぐにはまとまれず、グダグダの議論を続いた。
待つこと約三十分。それを見かねたコバヤシは叫んだ。
「もういい! 私が決める! 君たちのチーム名は”Infamous(悪名高く) inevitable(不可避で) invincible(無敵で) infernal(非情な) World(異世界の) enforcers(執行者たち)”、略して”4Iワールドエンフォーサーズ”だ!」
「おい急に何だよコバヤシ! 今決まるかもしれないところだってのに!」
怒った脱走者に対し、コバヤシは怒鳴り返す。
「三十分かけて決まらないものは三時間でも決まるらないのだ! たかが名前ごときで拘泥するな! 別に二度と変えられないわけでもないのだからな!
話は終わりだ! これから各自、初任務の準備を行え!」
ここで簒奪者は尋ねる。
「あれ? コバヤシ殿、貴方、『二つ』頼みたいことがあると言ってたが、もう片方はどこへ言ったのかい?」
「『パニッシュメント号』! たった今から、それをこの船の名前とする!」
かくして、六つの異世界から集った極悪人による異世界の処刑人――4Iワールドエンフォーサーズは、パニッシュメント号に揺られ、初陣へと向かっていった。
その舞台となる異世界の名前は、『ディスパリティNo.0410』という。
【完】




