W3-1 チーム活動
それは、冬深まった日の夜だった。
あちこちに設置された街頭からの光を反射し、星のように輝いている雪が降っていた。
その雪は徐々に街並みを白く覆い尽くしていく。
老若男女の憩いの場であり、数々の正義と悪の死闘の舞台として使い勝手のいい広々とした公園も、もれなく雪が薄っすらと積もりつつあった。
その公園にある幅のあるチップロードのど真ん中に突っ伏している、金髪の大男の身体にも例外なく雪が積もっていく。
その男の、今呼べる名前は”帰還者”。
彼は全身に重しを装着されたような疲労感に襲われて、こうして雪の降る野外に横たわっていた。
ご安心していただきたい、まだ死ぬほどの事態にはなっていない。本当に疲労困憊なだけである。
では何故、帰還者はここで疲れ果てて、倒れているのか。
まず、彼らがこの世末異世界『リアセリアル』に来る前にまでさかのぼった方が、色々とわかりやすいだろう。
*
パニッシュメント号にて。
4Iワールドエンフォーサーズの任務終了後には、難易度に合わせた『ポイント』が支給される。
彼らは無資格異世界破壊罪の服役者であるため、これは報酬というわけではなく、少しでも彼らのストレスを軽減するための制度である。
このポイントは、コバヤシが認めた異世界から、個々人が望んだ物資を購入する際に使うことができる。
六人はかれこれ二つの世末異世界で任務を終えたため、なかなかの額が貯まっていた。
それを使い、六人は各々の部屋のインテリアを自分好みのものに変えたり、趣味用品を揃えたりして、次の任務先までの一週間を有意義に過ごせるように工夫した。
船内リビングルームのド真ん中のテーブルで、脱走者、簒奪者、使役者、首謀者が囲んでいるボードゲームもその一つ。
「はい、またしても僕の完成だよ」
と、簒奪者は得意げな顔をして、六枚の牌を起こし、色とりどりのマークが印刷された表面を見せる。
脱走者は驚きの勢い余って、自分が並べていた五枚の牌を倒しながら、
「簒奪者、またお前かよ!?」
使役者は、自分が持つ牌をよく見て、まだチャンスがないかどうか確認し、肩を落として、
「いくら自分が持ち込んだゲームだとしても、強すぎませこと?」
首謀者は、何の組み合わせにも繋がらない自分の手持ちを表向きにした後、両腕を組んで、
「イカサマを見抜けなかったのは見抜けない人間の敗北……俺はいさぎよく敗北を認めるとしよう」
「別に僕はイカサマしていないのだけどね……逆に首謀者、君ならやりかねないと思ったんだけど」
「【虚実を装うヨトゥン】程度でおめーに勝てるとは思えなかった。『偽装を使ったその先に罠を仕掛けている』。そう思った。だから使わなかった。それだけよ」
(ホントはゲームバランスを崩壊させたくないからだけど、少しでもカッコつけられるならこう言ってやるぜ! ケッ)
「そうとも。一ゲームが終わる度に牌の数と種類を照合するなど、君のイカサマを調べる方法はいくらでも考えていたさ。なにせ、このゲームを購入した人だから」
と、簒奪者は手牌を完成させた以上に、口角を上げた。
「皆、揃っているか?」
ここで例のごとく予告なしにコバヤシが、丸テーブルを囲む四人の元に現れた。
脱走者は即答する。
「ああ、揃ってるよ」
それに負けないくらいの速度で簒奪者はツッコむ。
「いや、揃ってないだろう、脱走者。二人がさ」
「そうだな、悪い、帰還者と戦死者がいないな」
「こちらも申し訳ない。普通に見ればわかる話だった。じゃあ今から呼びに行く。どこにいるか見当がつく者は」
「どちらも部屋にいるんじゃあないか? 二人ともご飯食べたらすぐに部屋に戻っているイメージがあるんでな……」
「ありがとう首謀者。じゃあ私は今から二人を呼びに行く。君たちはそれまでにこの白いチップを片付けておくように」
そう言ってコバヤシは、パニッシュメント号後部の各個人の部屋があるエリアへ行く。
「ああ、じゃあ皆、後は任せたよ」
と、簒奪者は他の三人に言って、コバヤシの後に続いた。
「あれ、これ簒奪者さんの私物ですからここは貴方が片付けるべきでは……?」
「つか、何でアイツ、コバヤシの後についてってるんだ?」
「これはあくまで憶測だが、『好奇心』じゃあないか?」
廊下を歩く最中、やけにニコニコして後ろについている簒奪者へ、コバヤシは正面をむいたまま尋ねる。
「簒奪者、君は何故私についてくる」
「あの二人が部屋で何してるか知りたくてね」
首謀者、見事正解である。
二人は手前の方にあった帰還者の部屋のドアの前に立ち、まず備え付けのベルを鳴らす。反応がない。
続いてコバヤシは、L字のドアノブをガチャガチャと動かす。内側から鍵がかかっているようだ。
そしてコバヤシは三回のノックを挟んだ上で、ドアノブの装置にマスターキーカードをかざし、
「入るぞ」
「入らせて貰うよ!」
うまく立ち位置をずらして蹴りを放ちかけた簒奪者をブロックしつつ、ドアを開ける。
その瞬間、部屋全体の防音仕様が抑え込んでいた騒音が、二人に襲いかかった。
帰還者は備え付けのソファの中央部に腰掛け、自ら厳選して備品と交換した高画質テレビと向き合っていた。
テレビと彼の間にはローテーブルがあり、そこにはコーラと、上手いことバケツ型に変形させたポップコーンの空袋が置かれている。
よく見ると、ソファの上辺には横に細長いスピーカーが取り付けられている。これが今部屋中に響き渡っている音の発生源だ。
「帰還者。急にすまないが、次の任務先についてミーティングを行う」
帰還者は数秒前に口につけたペットボトルの蓋を締め直し、
「もうちょい後にしてくれないか。もう少しでこれ終わるんだから」
テレビで映している映画の中の、航空機の座席に隣り合って座っている二人の男の姿を指差して言った。
「後にしてくれ。もう四人集まって待っているんだ」
「僕はここに来ているから今は三人だが」
「……とにかく来てくれ帰還者。一時停止でもして」
「それは受け入れがたいな。映画ってのは一本通しで観てこそ……」
「いいから来い」
このコバヤシの一言にこもった語気の重たさに負け、帰還者はテレビの電源を消し、ソファから立ち上がった。
「何かね、この絵画の数々は?」
「あんま見るな」
と、部屋の至る所に貼られた映画のポスターを眺める簒奪者を、帰還者はたしなめる。
すまないね。と、簒奪者は言ったあと、部屋の隅にある、この空間の中で一段階整頓された机と本棚で構成された書斎風のスペースへスタスタ歩いていき、
「何かね、この書物の数々は? 何やら天にまつわる文言が……」
「だからあんま見るな」
「何故かな?」
「あんま見られても気分よくないからだ」
「あとリビングで三人を待たせているからだ。早く戦死者も呼びに行くぞ」
そしてコバヤシは、双方別ジャンルの不満を抱えた状態の簒奪者、帰還者を連れて、戦死者の部屋の前に行き、備え付けのベルを鳴らす。
するとすぐ、戦死者はそちらからドアを開けて、三人の前に現れた。
「戦死者、次の任務先についてのミーティングをする」
「……」
そしてコバヤシと三人は、リビングに戻っていった。
「君と違って素直に出てきたね、帰還者」
「だからってどうってこともないだろ」
*
次のターゲットとなる世末異世界『リアセリアル』。
この異世界では『ジャッジメント・クラン』と呼ばれる正義の公的組織が活躍し、日夜、悪の集団からの攻撃を防ぎ続け、平和を保っている世界だという。
「今回の指定破壊規模は、そのジャッジメント・クランの中枢部の秘密を暴き、滅殺する。
想定される敵の抵抗手段は、剣から銃までの多彩な武器、それと、あちらの世界では『エレメント』と呼ばれる特殊なエネルギーと、それを発展させた超能力だ。
それで今回の異世界が世末に認定された理由は、『その平和を保っている状態が異様であるため』だからだ」
第一に手を挙げたのは使役者だった。
「平和を保っている状態が異様……それはどういうことです」
「その説明の前に……皆、以前に話した隣り合う異世界の関係は覚えているか?」
覚えているとも。と、首謀者はうなづいてから、
「隣り合う異世界はお互いに似ていく性質がある。だが、まるっきり同じにはならず、人物や事象の存在・非存在に差異が生まれる。ざっくばらんに言うとフィクションで用いられる『並行世界』のようになっている」
「そうだ。そして今、首謀者が言ったここが近い範囲にいる他の異世界と違う点は、その『ジャッジメント・クラン』に該当する組織がそれぞれ倒すべき敵を倒し、平和的に役目を終えてとっくに解散していることだ。
だがこの『リアセリアル』は、未だに悪との戦いを続けている。それも、近隣の異世界とは比べ物にならない長さで。
つまり言い換えるならば、この異世界の世末認定理由は『いつまで経っても平和を実現できる気配がないから』となる」
脱走者は尋ねる。
「今からいくとこも、こないだの魔王の息子みたいに、倒した敵たちの生き残りが復讐してくるから、いつまで経っても戦いが終わらないって感じか?」
「その可能性もあるにはある。だが、今回の異世界は今まで行ったところと比べると、どうも私に渡された事前情報が少ないため、断言はできない。
その数少ない情報には、『何やらこの異世界は、外界からの侵入者にも対応可能な概念を保有している』ともあるのでな。
今回の任務は、謎が多く、かつ、危険の多い状態での開始となる。皆、今回はとにかく用心して当たるように」
*
ミーティング終了後、帰還者は誰よりも早く、丸テーブルから立ち上がり、まっすぐ部屋に戻っていく。
ドアを開けて入ったところで、
「もう少し余韻というものを意識するべきだと思うのだが、帰還者」
後ろにピッタリくっついていた簒奪者が、声をかけた。
「うおっ、ビックリしたぁッ!? ……何のつもりだお前!」
「君のことが知りたい。それだけの理由だ」
「俺も以下同文だぜ」
と、帰還者をつけていた簒奪者の背後に、さらにつけていた首謀者が、透明化を解除しつつ言った。
「わっ、ビックリさせてくれるじゃないか!?」
「うおっ、ビックリしたぁッ……!? ……全く、二人とも余計なことしやがって」
二人は既にドアの内側に入っているため、後は力づくで追い出すしかない。が、簒奪者がそんな簡単に押し退けられるような人物ではないのは、これまでの戦いからなんとなくわかる。
だから帰還者は、ここで無視することを選んだ。
部屋に備え付けてあるキッチンの棚に手を伸ばし、適当にティーバックを一つ取る。
簒奪者は帰還者の右肩越しに覗いて、
「何かね、その小さい包は、なにやら暗い物が透けて見えるが……」
「自分で調べろ、俺はお前のくだらん質問に付き合う時間なんてない!」
その時、彼の左横で、首謀者が勝手にマグカップを一つ用意して、電気ケトルでお湯を注ぐ。
「ありがとよ」
帰還者はそのマグカップにティーバックを落とし、スプーンを刺した状態でそれを部屋の書斎スペースのデスクにまで持っていく。
帰還者はそのチェアに腰掛けた後、側の棚から本を一冊取り出し、紅茶をお供にそれを読むことに集中する。
「それはどのような論書かね? その飲み物のお味はどうかね? 先程の映画とやらはもう見ないのかね?」
しかしそこでも続く簒奪者の執拗な質問に、その集中力はあっさり切れた。
簒奪者は読んでいたところにしおりをはさみ、デスクの辺と平行になるように、丁寧においてから、
「……俺が読んでるのは宇宙の本だ、詳しく言うとお前じゃわからんと思うからこれ以上は詳しく言わん!
これは紅茶っていう、茶葉をとことん発酵させて抽出した飲み物だ! この袋はティーバックっていうこれをお湯と一緒にぶち込んどけばそれになるっていうすぐれものだ!
さっきの映画は今日はもういい! 途中で中断させられて興が削がれたし、そもそも俺がリモコン操作をミスって一時停止できてなかったからな!
他に質問事項はあるか!?」
「君はどうしてそんなにいらついているのさ? 僕たちは君に何をしたっていうんだ」
「簒奪者、お前が俺の心理的領分にズカズカと踏み入って来ているからだ!」
「どうしてそれがいけないのだろうか。僕たちは同じふおー……?」
「4Iワールドエンフォーサーズ」と、首謀者は小声で簒奪者に教える。
「そうそう、4Iワールドエンフォーサーズだろう。仲良しこよしとまで行かなくても、少しくらい同志としての意識を持ってくれては貰えないだろうか。
このような細かいズレから、軍は崩壊していく。それは僕が読んだ書には大概書かれてあるものだった。
ここにいる簒奪者と、脱走者、使役者は、僕が用意した遊戯に付き合ってくれるくらいの優しさはあったのに、君ときたらかれこれ一週間、三食以外ではまるで姿を表していなかったじゃないか」
「……自分のチーム名も思い出せない奴にそんなこと言われたくはないんだがな……
お前のお説教はありがたく付箋に書いてこのへんに貼っつけとくよ。だが俺はそうお前なんかと過剰につるんだりはしないぞ! 俺は今さっきお前にされたような面倒を被りたくないんでな!
大体にしろ、お前のボードゲームに付き合ってたのはアイツらも暇だったからだろ? 脱走者はどっかで愚痴ってたぞ、『ずっと簒奪者がアタシを見る目がいやらしい』って」
「ああそうとも。いやらしい目でみているとも。なんせ彼女の甘い身体にいつかは食らいつきたいものだから」
「……とにかく、別に俺はお前らに一切関わりたくないとまでは言わない。だが、かといって不必要に一緒にいたくないんだよ! わかったら五を数える前に出ていけ!
五、四……」
「……わかったよ。今回は君の言う通りにしてあげるよ」
「『今後も』だ! このド変態野郎!」
そして簒奪者はスタスタと部屋内を歩き、帰還者が『二』というタイミングで部屋から出ていった。
それをチェアを一八〇度回した状態で確認した後、帰還者は少し目線を下げ、ソファに腰掛けている首謀者に合わせる。
その時、首謀者は言った。
「痛みには二種類ある。『体の痛み』と『改心の痛み』。今……は流石にないな。本読んでるだけだもんな。だが、いつかどちらか選べ……」
その後、首謀者も帰還者の部屋を出ていった。
「……やってくれたな。アイツら」
*
様々なビルが、一見猥雑に並んでいるようで、それなりの機能美を保持している街並みを形成している。
それらのビルにはカラフルな広告があちこちに貼られていて、この空間の色数を過剰気味に増やしている。
側のデジタル時計台は十一時十三分と表記していた。
その時計台がある駅前広場には、百何人もの老若男女が居合わせている。
4Iワールドエンフォーサーズの六人とコバヤシは、現代的なファッションに扮して、誰にも怪しまれないよう、改札から出てきたていで、自然に、ゆるやかに転送された。
ここに着くなり六人は、辺りを見渡す。
最初に口を開いたのは使役者、
「まぁ……大都会ですわね。まるで渋谷みたいですわ」
それに乗っかって首謀者も一言。
「言われてみればそうかもだな。なんか現代が舞台の漫画の、イマジネーションの強い都会っぽくもあるが」
「ここは『リアセリアル』の人口の八三パーセントが住む大都市『登境』、その中の最大級の商業地区『冊到区』だ。そういう細かい土地名はおいおい覚えていってくれ」
と、コバヤシは六人に親切に説明した。
が、誰もその話を聞いておらず、六人とも、コバヤシに背を向けていた。
それを見てコバヤシは、感心した。
「流石は世界を滅ぼす極悪人、自分と同じ者の気配は簡単にわかるということか……」
コバヤシも六人と同じ方向を見上げた後、ここからスッと姿を消した。
この冊到区の上空に、いかにも悪党らしい黒尽くめの怪人たちが束になって飛来してきたからだ。
【完】




