W2-16 勇者と魔王との決着方法
王都北西部にて。
脱走者は自分が落下して縦一直線に空けた穴を、上半身裸の状態で眺めていた。
その日光が差す穴が、まるで自分の全ての始まりのときにあった、実験室の照明のように見えていた。
それを引き金に、脱走者は過去の罪悪感を追憶し、ひどくうなされていた。
(元々もそうだ。アタシが実験第一号として成功してなきゃ、きょうだいたちまで巻き込まれることはなかったんだ。
でもってここでも、アタシのせいで何も悪くないはずなのに、苦しまなきゃいけない奴らができていく……
クソッ、せめてもう少し簡単に悪いのでいろよ、デモリオスの奴!)
脱走者は両腕をバタバタさせて、床に自分の怒りを受け止めてもらう。
だがそうしても、石の床によりヒビが広がるだけ。状況は落ちてきてからまるで変化していなかった。
(……ていうか、アイツどうしてるんだ? かれこれ数分はここにいるぞアタシ。この家ぶち破るなりして来いよ……?)
自分が出てくるのを待ち構えている。という可能性は彼女らしく考慮せず、脱走者はスッと起き上がってバッと玄関口の扉を蹴破る。
見渡す限り、この辺りにはデモリオスの巨影はどこにもなかった。
だが丁度その時、後ろの方から誰かの悲鳴が小さく届いて来た。
「とりあえずそっちだ!」
脱走者はアクセルロッド粒子を纏い、まず壁を走り、次に屋根を走り、そして勢いのまま空中を走り、その悲鳴がした方へ向かう。
そこでデモリオスが、馬車とそれを守る衛兵たちを、一方的に攻撃していた。
脱走者はチラッと見て、ギョッとした。その馬車の車体で、華やかな身なりの女性の腕の中で、三人の子どもたちが大泣きしているのだ。
「あの野郎、動きが遅いだけでなく頭の回転も遅くなったのか!? アタシ以上に!」
脱走者はその子どもたちを守るべく、直ちにデモリオスの背後へと爆速で迫る。幸いにも、奴は衛兵を徹底的に潰すことに夢中になっており、まるで迎撃する気配はなかった。
「お前らが俺たちの父さん母さんを死なせたんだ……」
「そんな贅沢なものに囲まれて……私たちの苦労も知らずに……」
「「「人間どモ、一人残らズ殺ス……!」」」
「そう好き勝手にさせるものか!」
脱走者はデモリオスの後頭部に右膝を打ち込み、奴の顔面を地面に叩きつけた。おまけにその衝撃で左の角もへし折ってみせた。
「いだいよぉ……ママァ……!」
「もうほっといてくれよ……俺らも何もしないからさぁ……」
「ヒィィィ! もう許してくれぇぇ!」
着地の瞬間、再び聞こえたデモリオスの身体に含まれる魔族たちの怨嗟の声が、脱走者の胸を締め付けた。
それを誤魔化すように、脱走者は左腕で両胸を押さえてから、馬車にいる女性と子どもの四人に尋ねる。
「大丈夫か、お前ら!」
すると脱走者の方に、精巧な金の装飾が施された木箱が飛んできた。
脱走者はそれを右拳で打ち砕く。と、彼女の目の前で、木と金と、色とりどりの宝石の破片が粉々になって地面に落ちた。
両手を振りかぶった体勢のまま、馬車の中の女性は怒鳴った。
「この疫病神が! 貴方たちがいなければ今日も明日も旦那とかわいい子どもたちと一緒に、観劇と饗宴を愉しめたというのに!」
「はぁ!? テメェら助けてやった分際でよくそんな……」
「ほら、さっさと走らせなさい! 今すぐ早く!」
と、女性に激しく鞭で叩かれるように強く命令された御者は、がむしゃらに馬へ同じようなことをし、この場から自分たちを速やかに避難させた。
「ああ、待ってください我わ……」
「逃がすものカ……!」
デモリオスは勢いよくうつ伏せの身体を起こし、口から漆黒の息吹を、横一文字を描くように放つ。
この邪悪な魔力の奔流に飲み込まれ、置いていかれた衛兵や、先を行っていた馬車はあっけなく消えていった。
起き上がりに連動して上空に飛ばされた脱走者は、デモリオスの脳天をめがけ、全身にきりもみ回転を加えながら蹴りを繰り出す。
デモリオスは頭上で両腕を交差させ、脱走者の蹴りの威力を受け止めた。
「これ以上不覚はとらなイぞ……貴様」
「もうやめてくれ! これ以上耐えられない!」
「つけあがるなよ人間ども、ここからが我らの夜明けが始まるのだ!」
「助けて、助けて……助けて!」
脱走者はデモリオスから響く声の数々を受け止めながら、自分の中で渦巻く感情を思い切り吐き出した。
「ああもう、どっちなんだよこれェッ!」
*
王城正門前にて。
「【怪焔を喰らうフェンリル】ッ!」
「【ホーリーインパクト】!」
首謀者とルミナス。二人の戦いは続いていた。
優勢なのは、前者だった。
独特な構えでの二刀流、三種の属性魔法を、時折『偽装』を被せて予測をさせづらくして相手に押し付ける。
この首謀者の奇妙奇天烈な戦法に、ルミナスは対処しきれず、何度も傷を負った。それも、自分が使える最大級の回復スキル【コンセントレーション】を使っても間に合わないくらいに。
だが、首謀者も首謀者なりに、ルミナスのせいで苦しんでいた。
二十年前に魔王を倒すために持った、勇者としての不屈の矜持。それが彼の運命にピリオドを打つことを堅く防いでいた。
その絶対の意思を示すように、彼が握っている魔力を込めて作り上げた光の剣が、激しく煌めき続けていた。
「……からの、【轟雷を退かすヨルムンガンド】ッ!」
「ぐおぉ……ッ!」
首謀者は、狼の炎を光剣で防いだ直後のルミナスに、稲妻の蛇を至近距離で放し、彼を数十メートル先までふっ飛ばす。
「全く、疲れたぜ……」
首謀者は両手それぞれに持った剣を空中に投げ、素早くズボンで手汗を拭いた後、タイミングよく双剣をキャッチする。
そして首謀者は、見飽きたルミナスの子鹿のような立ち上がりを見据えつつ、構えを正し、
「同じ勇者として張り合いがいのある剣術、強力な技の数々、それと心身のしぶとさ。お前は闘士としては『すこぶる優秀』であった。だが今お前はこうして俺にボロボロに負ける。
てめーの敗因は……そもそも論だぜ。『俺たちのリングにあがったこと』だ」
「何を言っているのだ……君たちが、我々に攻め入ったのではないのか……」
「その攻め入る理由を作ったのがオメーだってことよ。あんなグダグダな社会を作ったオメーがよォ~~ッ!
テメーは怯えっぱなしのくだらねー王政をして、第二の魔王軍とまともに戦えない勇者なりきりおぼっちゃんを乱造した……だから世は乱れて、俺たちみたいなのがのびのび暴れられる環境になっちまったんだぜェーーッ!」
「……それは確かに俺に非があるかもしれん。だが、俺はただ考えなしにしたわけではない……」
「『旧来貴族に睨まれてた』ってことだろ?
それを俺は『くだらねー王政』って言ったんだッ!
王様を押し付けられたとしても、その武力でどうにか旧来貴族を黙らせてしまえば、魔王討伐の名声に物を言わせて、新体制を死ぬ気で敷く気があれば、もっと貴様の得意分野を発揮できれば、もう少しマシな世の中になったんじゃあないか?
どんな者だろうと人にはそれぞれ、その個性にあった適材適所がある。
王には王の……勇者には勇者の……ステイサムは格闘アクション……キアヌはガンアクション……それが生きるということだ。
だがお前はそもそも『勇者』とは呼べないッ! その適材適所に辿り着こうとする『勇気』がないッ! お前はもう、ただの『者』だッ!」
「……ッ!?」
ルミナスは魔力を帯びる剣を構えたまま、その場で固まる。
それから、光刃はみるみると小さくなっていき、やがて、ただの木剣へと変わる。
「『動揺』が丸見えだぜッ!」
首謀者は地面を滑るように飛行し、一気にルミナスとの間合いを詰め、すかさず回し蹴りで彼の身体を王城に埋め込む。
「さらばルミナス。お前が結果守っちまったものとともに散れ……今回は剣持ってるバージョンでやろうか……」
首謀者は浮遊しルミナスと目線を合わせた状態で、双剣を前に出して構えて力を溜め……
「くらえッ! 【神威を滅するラグナロク】ッ!」
剣も、それを持つ腕すらも見えないほどのスピードで、眼前の虚空へ猛烈な連続斬りを繰り出す。
それに連動して、星屑の如き数の、火、氷、雷の刃がルミナスの前に現れ、一斉に放出される。
そしてしばらくの間、王城の周りがビビットな光の三原色に染まった後、
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァーーッ!」
首謀者の前にあったものは、何もかも一センチ四方の破片にされたかのように粉微塵にされていた。
ルミナス
ジョブ【勇者】
くわえて王城に立てこもっていた貴族郎党ともども
――死亡――
「……これで、この世界で滅ぼすべき二大巨頭の片っぽは……ブッ殺した。
じゃあ後は、あの西の方で騒いでた魔王の様子をうかがってみよう」
首謀者はまるっきり無くなった王城を横目にも入れず、西へと飛んでいく。
その道中、
「貴方、実のところ中々の手合いであったようだね」
彼は、背中に氷で翼を作って飛行している簒奪者と遭遇した。
「ああはい、ありがとうございます。はい」
「少ない問題点をあげるならば、どうしてもっと早く本領発揮しなかったのかということだね。何故だい?」
「アンタと『氷属性』で被るし、ゼッテーこちらが劣ってるだろうからな」
「それはいい着眼点だ。氷の扱いにおいても、武術にしても、君と僕とじゃあ地を這う虫と天駆ける龍ほどの差がある。
一つ例を挙げるならば、僕はあんな不均一な剣術はやろうとも思わない」
「やはりそうか。じゃあ今度、アンタの武術の真髄を教えてくださいよォ~~」
「丁重にお断りするよ。君は歪なままのほうがきっと美しいと僕は思うから……」
二人は空を飛び続け、明らかに物の密度が少ない場所を発見した。
高度の関係で細かい挙動や特徴は見えないが、その均された空間には、黒い巨大な何かがいた。
「ヤツかな。俺が勇者と戦ってる最中に近くで騒ぎまくってたのは……」
「感じる気配があの魔王の少年のようでもあり、その前座の大悪魔のようでもあり、はたまた……数多の魔王軍のようにも思える。実に不思議な怪異であろうか。これは直接味わってみたいね」
二人はふんばり、さらに速度を上げて、その黒い存在に接近する。
その最中、黒い存在の周りで赤い光が、サイレンのように点滅して輝く。
「ウガアアアアアアァァァッッッ!」
「うるせぇッ、うるせぇうるせぇ、うるせぇぇぇぇッ! 早くしねぇええええッ!」
その黒い存在は、全身に打撃痕を刻まれた状態で、首謀者と簒奪者たちと同じ高度にまで打ち上げられる。
そして黒い存在――デモリオスは、身体中から言語化不能なほどの怨嗟の叫びを轟かせた後、黒い炎を上げて爆散した。
このきたねえ花火を一瞥した後、首謀者と簒奪者は斜め下へ飛行し、右手を空に掲げたまま、息を切らしていた。
「ぜぇ、ぜぇ……ま、間に合った……」
そんな彼女の側に、首謀者と簒奪者が降り立つ。
「おーい、おつかれだぜ。脱走者」
「数時間ぶりだね。全ては見ていないが大戦果だったようだね、いやぁ見事見事……」
脱走者は挙げっぱなしの右拳を、簒奪者が伸ばした手を払うがてら下ろして、
「ああ、本当に疲れた。あの魔王のガキンチョ、自爆した後、仲間たちの幽霊と合体して、デカブツになりやがって……まぁ、アタシの手にかかればそれでも無駄なんだけどな!」
両腕を胸の前で組んで、非常に仰々しく高笑いした。
他の4Iワールドエンフォーサーズの三人も、先程の爆発を目印にして、ここに集まってきた。
「いやぁ遅れてスマン。なんか伝説の魔術師みたいなのを倒した後、その他の尻の青い勇者どもの暴れっぷりが見てられなくて、その排除に夢中になっちまった……」と、帰還者は頭をかきながら言い、
「私も、あの魔物くらい見境が無くなった馬鹿たちを山程見つけましてわ。
まぁ、お城が蛍光カラーに染まって消えた後は、全員それ未満に成り下がって、お互いに殺し合ってたので、私はほっときましたわ」と、使役者は呆れた様子で言った。
「……」
戦死者は特に何も言わず、脱走者にどこからともなく取り出した迷彩柄のジャケットを投げて渡した。
好きあらば触ろうとする簒奪者の魔の手を防ぐべく、脱走者はそれを素早く着る。
「おう、いつもながら助かるぞ戦死者……今度は何かの化学薬品か……? 相変わらず何か臭いけど」
「片付いたな」
ここで、4Iワールドエンフォーサーズの指示担当、コバヤシが六人の前に現れた。
ここの世界でのリーダー役として、首謀者は答える。
「そうだ。『ブッ殺した』。依頼通り『勇者』と『魔王』、それとそれぞれに組みしてた七人の側近どもと、ありったけの有象無象をな」
「それはこちらで確認済みだから説明しなくていい。
この都市以外……遠く離れた国などでも、この騒乱の余波による民衆蜂起やクーデターや虐殺を含む大混乱が起こり、もはや国家として機能しなくなっている。
つまり、もうこの『ハークズカレッジ』は依頼通り滅亡と見做せる。
これにて任務完了だ。皆よくやった」
そしてコバヤシはパッと見るとスマホのようだが、細部のディティールがSFともファンタジーとも形容し難い装置を操作し、六人のいる一帯に淡い光を灯す。
4Iワールドエンフォーサーズの異世界間移動船、パニッシュメント号への転送の予備動作である。
それが終わるまでの間、コバヤシは首謀者へ向いて、
「首謀者、今回の任務では君にリーダー役を託してみたが……思いのほか、上手くいったと私は思う。
特にこの王都での魔王を生き餌にした作戦は上出来だった」
「ほほーう、ならもっと敬意を表してくれたまえよ」
「それは拒否する。
あと、今後は君にリーダーのような、作戦の主導権をなるべく明け渡さないようにする」
「は、どういうことだッ!? 別に目立った失態などはなかったじゃあないかッ!?」
「ああ、確かに失態などはなかった。ただ……君が振りまく行動はほとんど不信感を招いている。そういう人物を中心に据えると、他の五人も、私も見ててヒヤヒヤしていた。
だから……君の言う通り、首謀者には首謀者なりの活躍の場があるということだ……」
「あの話聞いてたのか……まあ、文句はございませんよ。俺はどっちかって言うと、裏ボス的な立ち位置が似合ってると思いますからね……」
「私もなんとなくそう思う」
と、コバヤシは適当に合わせてうなづいた。
足元の光は明らかに輝きを増している。あともう少しで転送が完了するところであろう。
その僅かな時間に、コバヤシはもう一人に声を掛ける。
「それと脱走者」
「ん、どうしたコバヤシ?」
「単騎での魔王の迅速な討伐、感謝する」
「お、おお……どういたしまして」
脱走者は、とまどいつつもこう返した。
コバヤシは言葉の通り、自分の実力を褒めているのか。
それとも、自分の経歴を知っているからこそ、本当はあの魔王に同情して、戦意を失うという不安をいい意味で裏切られたから、そう言っているのか。
はたまた、心理的にでもリオスを攻めあぐねていた時に、首謀者と簒奪者が来たのを察して、彼らに馬鹿にされたくないという気持ちから大急ぎで倒したことについて、皮肉を言っているのか。
普段はあまり人の気持ちを考えることのない脱走者だが、この世界では、それを考えざるを得なかった。
そしてその思考の最中に、脱走者たち4Iワールドエンフォーサーズは、異世界『ハークズカレッジ』から離脱した。
【完】




