W2-15 ブリギッド・アクセルロッドの手記
滅亡した異世界『オーバマーケ・コンピヒート』より。
アタシ、脱走者は、物心ついた時から、自分と同じように、親が誰かもわからなければ、生まれた日もわからないきょうだいたちと一緒に、誰もやりたがらないキツイ仕事をしていた。
バカでかい建物と建物の間を休むことなく走って、自分の半分くらいのデカさの荷物を運んだり、雲を突き抜けてるようなビルの上辺りで必死に板をくっつけたり、よくわからん大人の身体を一切跡が残らないようにしたりとか……まぁ、毎日誰かに言われて、毎日別なことをしてた。
それでアタシたちはお金を貰って、食い物を買って一日を終える。そんとき、いちいち十個くらいに分けなきゃいけないのがスゲーめんどくさかった。
全部の重さは買わんねーけどちょっとずつに分けられてるパンとかカップ麺とか作れよ、って未だにスゲーいらつく。
ま、実際はアタシたちが立ち入ると警備員にボコボコにされるような綺麗な店だと、普通のサイズのそれがいっぱい入ったセットとか見かけたんだが。
けど、あれはアタシたちなんかじゃ絶対手に入らないくらいの大金をもってて、キチンと親の名前も誕生日も知ってるし、ちゃんと会社で働いている連中のものだから、知ってても意味はないんだけどな。
え、なになに? アタシのいた異世界ってざっくりどんなんだったのって?
そんなの知るか! よく調べずに滅ぼしたんだからよ!
けど、ちょうど手元にコバヤシがまとめてたメモがあるから、それの丸読みで勘弁してくれ。
オーバマーケ・コンピヒートは、ありとあらゆる大企業が国の利権を軽々と超えるほどの勢力を持ち、世界を支配していた。
それらの大企業は法外極まりない経済活動に努めていた。
そのため、無関係の市井の暮らしを平然と脅かすような、凄まじい速度と規模の取引が連日行われていた。
これでいいよな。いやぁ助かった、全部読みやすいようにひらがなが上に書かれていたからな。
で、アタシの話に戻るが、アタシは幸いにも事故死することなく、毎日キッツイ仕事を続けて、買った飯を細かく分けて、どんどんデカくなっていった。身長もおっぱいも。
あ、あんま関係ない話なんだけど、こんくらデカくなれば、たまーに仕事の途中ですれ違った、なんかやけにギラギラした服きて、ずっとくねくねしてる女が客呼びしてる店とかで働けるかなーって思ってたけど、『よくわからん生まれのヤツはムリ。病気が怖い』って言われた。こっちもよくわかんねーよ。
悪いな、戻した直後にまた脱線しちまって。
そんで、世界を滅ぼした一年前くらいに、アタシたちが寝泊まりしてたスゲー臭い川が流れてるところに、真っ白で長い服を着た男がやってきた。
そいつはアタシたちに、とんでもないくらいお金が貰える仕事をさせてやるって言ってきた。
だからアタシはすぐに「やらせろ!」って言った。するとアタシはそいつの仲間たちといっしょに車に乗せられて、そいつらの服くらい白い壁のドデカ建物に案内されて、やけにフカフカの台の上に寝かされた。
後で知ったんだがそれはベッドっていう、金持ちの人間が寝るときに乗っかるものだった。パニッシュメント号での移動の日々でもありがたく使わせて貰ってたぜ。
なんか天井についたバチバチに明るいライトが眩しすぎたけど、初めて知ったベッドの安定感から、アタシは秒でグースカ寝た。
男に起こされてすぐ、アタシは『この輪っかに沿って走れ』って命令された。
こっちはまだ眠いんだよって文句言いながら、アタシは二箇所だけ直線になってる輪っかを走り出した。
なんか目に見えるものの隅っこが赤いなー。って思いつつも一回りぐるりと走り切った。
すると、男とその仲間たちが「二秒!?」って同じタイミングで目ん玉ガン開いて叫んだ。マジで部屋ん中に響いてうるさかった。
それから数日後、アタシは大勢の大人たちの前で、こないだの輪っかをもう一回走らされた。
そいつらがまたやかましく騒ぎ出した後、その男はデカいモニターにレーザー出すヤツをかざしながらゴチャゴチャ話してた。
なんか『実験の成果がついに出た』とか、『粒子の体内生成により高速移動が実現した』とか、『これで流通に革命が起きる』とか、よくわかんねーけど。
で、アタシはその場で、今後はこう名乗れって言われた。
――ブリギッド・アクセルロッド。
後の方の名前は、この仕事を紹介した男と同じ……ファミリーネームだと。
ブリギッドってのは『崇拝される者』って意味のスゲーメガミの名前を借りたんだとか。そのメガミってのが何なのかがわからんけど。
それからアタシ、ブリギッドの仕事は、とんでもなく分厚い鉄製の箱をかついで、世界中に物を運ぶだけになった。
でもって、こんなにデカい数字があるのかってくらいのお金を貰い、ベッドがずっと置いてある部屋も貰って、贅沢な飯を食べられるようになった。
いちいち新しい仕事を覚える必要もないし、ご飯を分ける手間もなくなったし、何も困ることはなくなった。
いや、困ることあったな。
赤く光りながら走るたびにスッポンポンになることが。
別にブリギッドって名前になる前はあんまおっぱいとか見られても気にしなかったし、何なら男のきょうだいが触りたいって言ってきたら余裕でそうしてたんだが、あちこち行く度にスゲージロジロ見られまくって、そっから恥ずかしくなったんだよな。
道中荷物を盗もうとするバカに出くわしたら、そいつらをコテンパンにするがてら服を盗んでいいって、あの男に言われてたからそうしてた。けど、着てもすぐ破れるからあんま意味なかったんだよな。
この配達だけの仕事をするようになってから十一ヶ月くらい経った時、アタシはそのことを思い出した。
きょうだいたちは今何してんだろうって。
なんか事前に決めた場所以外を走るとスゲー怒られるし、貰えるお金が減るから、会社に帰る道の中に、そこを横切るとこがあったから、たまたま仕事で昔いた寝泊まり場所を見てみたんだ。
そしたら、誰もいなかったし、何もなかった。前は誰かに盗られないように隠してある、寝る時に敷く布とかも、キッチリ片付けられていた。
けどまぁ、多分もっと暖かいところにみんな移動したんだろ。って思って、アタシはさっさとそこを後にして帰った。
するとアイツがアタシを見るなりガミガミ言ってきたんだ。『部屋を片付けろ』って!
別にベッドには布団と枕以外なにも置いてねーし、確かにあちらこちらに段ボール箱とかオモチャとか散らかってるけど、アタシはすぐに場所わかるからいいだろ。って思いつつも、渡されたゴミ袋に要らないものを詰めまくった。
で、そっからどうすればいいか聞いてなかったから、ゴミ袋を両手にもって会社の中をウロウロしてた。
そして一番最初に会った掃除中のオッサンに、「これどこに捨てればいい」って聞いた。
そしたらこの会社の建物の角らへんから出て、ゴミ袋がわんさか入ったデカい穴を指してくれた。
で、アタシはすぐに両手に持った袋を投げようとした。
その時、アタシはビタッとそれに目がいった。
やけに縦に長くて黒い袋が少し破れていて、そこから確実に見たことある、アタシのきょうだいの左手がはみ出ていたんだ。
アタシはオッサンが「やめろやめろ」と叫ぶのを殴って黙らせた後、その穴に飛び込んで、手がはみ出てる袋をさらに破った。
そしてアタシは吐いた。
そこにいたのは紛れもなくアタシのきょうだいだった。けど、見覚えがあるのは左の上半身と顔だけで、あとはついさっき吐いたゲロ以上にグチャグチャになっていた。
そのきょうだいはアタシに気づくなり、カスカスに頼んできた。
「おねがいおねえちゃん……ぼくをころして……」って。
アタシは五分くらいその場をウロウロして、また吐いた後、そいつの首をへし折った。
そっからすぐに会社に戻って、あの男を見つけて聞いた。
「どうしてアタシのきょうだいたちがゴミ袋に入ってグチャグチャになっているんだ!」
その男はなんかがっかりした様子で長々と答えた。
「薬がうまい具合に適合しませんでした。アクセルロッド粒子を生み出せる体質を得られず、あのように身体が崩壊して死にました。
君のように無計画に生み出された子どもという同じ条件だったからみんな余すこと無く実験台に使いましたが、君のようにはなれませんでした」ってな。
※この辺りの内容は脱走者ことブリギッド・アクセルロッドが話した通りに書くと、彼女のオツムの程度と、ボキャブラリー貧乏、それからうろ覚えの具合が相まって、多分その男が話していた以上にものすごくわかりずらい文章になってしまうので、この通り要約いたしました。
その後、アタシは全身が赤く輝くのを感じた。
さらにその後、崩れゆく三百階建てのビルを、適当な瓦礫に腰掛け眺めていたって自覚があった。
アタシはマジでそういう認識なんだが、コバヤシ曰く『話が飛び過ぎ』だとか。
コバヤシが調べた話によると、実際はこうらしい。
ブリギッドは、同じ孤児の仲間たちを実験台にして殺された怒りから、この世界中の流通を独占する運送会社の研究所にいた人間を全て、持ち前の超スピードで殺し尽くし、そこから”脱走”。
その後真っ先に本社に行き、建物もろともブッ潰した。
その事実が瞬く間に全世界に広がるや否や、ありとあらゆる他の企業がブリギッドをスカウトしようと、こぞって重役を派遣した。
しかし彼女はそれも同類と見なし、全員殺害。
さらにはその重役たちを伝い、世界中にある大企業でも、同様の虐殺を繰り返した。
もはや世界の頸動脈とも言えるほどの社会的影響力を誇った大企業が次々と崩壊していくのに連動し、社会は大混乱に陥った。
彼女が行く前に株価暴落やストライキなどで文字通り爆発する企業も現れた。
暴走から一ヶ月後、世界各所で起こる暴動によって、世界中の人口が三桁にまで下がった頃、ブリギッドはその残り人口の八割が立てこもる企業ビルに突撃し、きっちり皆殺しにした。
その直後、私――コバヤシはブリギッドを確保した。
というわけなんだと。
まぁ、大変よくできましたね、アタシ。って言いたいところだ。
あんだけ苦しんで生きてたきょうだいたちのことを平気で道具とか動物とかみたいな扱いして、ただ殺すだけでは飽き足らず、あんな醜いザマにしやがったんだ。当然の……むく……? い! ってヤツだ。
……けど、まさかな。アタシのいた世界以外でも、そんなことが起こってるなんてな。
こないだの……あの国がいっぱいある異世界でも、昔のアタシみたいな可哀想な子どもがいた。
だから、アタシは脱走者って名前をもらえてラッキーだと思った。
今後はそんな世の中を作るイカれた大人を好き放題ボコボコに出来るんだろうな!
……って、あそこで最初の国を滅ぼしたときまではそう信じてた。
けど、アタシはそのボコボコと同時に、奴らも一緒にそうしてしまっているんだ。
あの世界から出ていく際、アタシはたまたまそこで出会った可愛そうな子どもたちをもっかい見れた。
そいつらは全員、困り果てたような顔をしていた。
理由はすぐにわかった。
その時はアタシたち4Iワールドエンフォーサーズの仕事によって、アイツらが生きてる世界がボロボロになってしまったからだ。
アタシたちがああしたところで、アイツらにお金とかご飯とか楽な仕事がやって来てくれるわけじゃない。キレ散らかした街の人に怯え続けなきゃいけなくなるんだ。
強いて良くなったことと言えば、ぬくぬくしたところで威張り散らしてる大人がいなくなったくらいの違いしかない。
だからアタシは、アイツらに本当にごめんなさい。って言いたかった。具体的にどう言えばいいかさっぱり頭に浮かんでこないけど。本当に、本当に。
ハークズカレッジ……だったか。
ここでもアタシは、ついさっきからそういう気分になった。
デモリオスたち魔族とやらは、またゴチャゴチャ言ってた意味がよくわからなくてはっきり訳は言えないけど、可愛そうだった。
それで、本当にごめんなさい。って言いたい。もっと反省したいから、今回はもっと長い文章で言ってやりたい。
これがアタシの仕事だから。お前らも全員まとめて滅ぼさないといけなくて、本当にごめんなさい。って。
【完】




