W2-14 ダークロード・セカンド
デモリオスは、紐で全身ぐるぐる巻きにされて身動きを封じられ、今は脱走者の足元を見ざるを得ない状態のまま、語り続ける。
「けど、大穴にも土地はあった。けれども、大陸のとは比べ物にならないほど痩せていて、天候もメチャクチャだった……落下の衝撃によってただでさえ仲間が減ったっていうのに、俺たちはまともに生きられず、さらに数を減らしていった……
そんな状況を変えようと、二十年前、父上は大穴から頼れる大人たちをほぼ全員連れて、また元通り大陸で暮らせるようにしようとした……
けど、みんな、殺された。父上も、当然……
だから俺は十六歳になって成人した後、大穴に残った仲間たちとともに、父上の遺志を継いで、俺たちなりの方法で大陸を取り戻そうとした。
十五年間、上手くいっていたはずだったんだ……なのに、いきなりまとめて親友やザンゼおじさんを殺されて、俺は、こんな意味のわからない有り様になって何も出来なくなっている……
一体俺たちが何をしたっていうんだ……俺たちだって、ただ生きたいだけなのに……!」
脱走者は自分の足元に向かって語られたそのデモリオスの話を、しっかりと耳にし、そして、ほんの少し奥歯に力を込めていた。
この時、彼女は脳裏でデモリオスがいた大穴と、自分が降りた大穴のことを交互に浮かべながら、身につまされていた。
「……だからごめん、せめて、少しでも俺たち好みの光景を、ここに遺すよ……だから、少し、応援してくれ……!」
ふと意識を現実に戻した時、脱走者は背筋を冷やした。
デモリオスが、紐に包まれていない頭と足から、あからさまに危険な香りがする黒いオーラを噴出していたためである。
「くっそーアイツめ! これにぐるぐる巻きにされてりゃ何もできねーって話じゃなかったのかよッ!」
脱走者は慌ててデモリオスを掴み、渾身のパワーで空中へぶん投げる。
王城並の高さにまで達した時、デモリオスから噴出するオーラの量は最高に達し、そしてそこで、ポスッと気の抜ける音を立てて、彼の身体は塵になった。
彼は自分の体内に巡る魔力を暴走させ、身体を崩壊させつつそれを解き放とうとした。 だが、その威力は紐――相手が『死ぬまで』何も出来なくする――の効果が働いて無力化された。それがこの『ポスッ』の理由である。
縛る対象がなくなり、紐はヒラヒラと落ちていき、地面に着いたところで、こちらも消滅した。
その一連の動きを目で追いかけきった脱走者は一言。
「情けない最期過ぎんだろ、これ……」
その時、脱走者は突如、ここ一帯もろとも影にかかる。
彼女は反射的に見上げる。そしてその影の正体に気づき、すぐさま後ろに跳ぶ。
ごく僅かに反応が遅れ、特殊スーツに相手の脚爪が引っかかり、両胸が弾けるように露わになる。
脱走者は胸の震えを左腕で押さえながら、正面を睨む。
「……とか思ったら、まだ続きが残ってたのかよ……!」
そこには、ところどころがおぼろげになった二本角の巨大な悪魔がいた。
それはまるで、先日戦った【巨悪魔将ザンゼ】の幽霊のようだったが、明らかに違う点が大まかに二つ。
一つは、蛾のような羽が生えていたり、両腕がそれぞれ溶岩と氷に覆われていたりと、七体の魔将の特徴が合わさっていること。
もう一つは、その悪魔が放つ威圧感が、明らかにデモリオスのそれであることだ。
この違和感の答えは、すぐに当人が教えてくれた。
「このまま黙っテ死ぬものか人間どモ……! この【七凶魔王デモリオス】が、魔将の怨念ととモに、お前ラに、俺たちが見タ以上の地獄をくれてやル……!」
デモリオスは雄叫びとともに、左右それぞれ氷と溶岩で覆われた両拳を、脱走者へと突き出す。
「なんちゅう気迫だコイツ……!」
脱走者は自身の周りにアクセルロッド粒子を展開し、一瞬でその場を離れる。と、同時に、デモリオスの背後へ移り、そこに蹴りを放つ。
だがその先には、見るからに有害な液体が滴る針を備えた尻尾が、彼女を迎え撃たんと動いている。
「だろうなぁ!」
脱走者は再度高速移動を行い、地面を凍らせ焼いたデモリオス両拳の前に戻り、そこから膝を突き出し、デモリオスの胴にダメージを与える。
すると彼女の前上にあるデモリオスの口から、真珠のように光り輝く泡が飛び出す。
いくらなんでも泡が飛び出すのはおかしいことくらい、脱走者の頭脳でもわかる。
ただちに二十メートル離れた建物の屋根に避難した。
そこで彼女は自由にたぷたぷ揺れ動く両胸に片腕を押しつけつつ、デモリオスの周囲を泡が埋め尽くすのを見届ける。
刹那、泡は勢いよく炸裂し、石造りの道や壁を粉々に砕いた。
「逃さヌ……!」
デモリオスは背中の蛾のような羽を振動させ、脱走者へ急接近。
一本一本が大剣のような爪を生やした片足を、豪快に振り上げる。
脱走者は高速移動で横にずれ、爪の斬撃を回避する。
直後、脱走者は両足に力を込めて高く跳躍し、デモリオスの顎にアッパーカットを打ち込んだ。
さらに、後方から自分を刺突しようとしていた尻尾の本体に膝を落とし、ベキベキと痛ましい音を奏でる。
そして脱走者は、持ち前の超スピードで、わずか三秒の間に九十発の拳を尻尾に叩き込み、その長さを半分にした。
「ゴガアアアァァァッ!?」
「いちいちデカ過ぎんだよ声がよ!」
オマケに脱走者は、デモリオスの腹にパンチを入れ、地面に叩きつけた。
ゆっくりとその巨体を起こそうと、両手で地面を押していくデモリオス。
その姿をまた別の建物の屋根に立って見下ろしながら、脱走者は鼻を鳴らす。
「なんかあんまり記憶に無いヤツも混じっているが……こないだのゼンザだかをベースに、大陸のあちこちにいたツエーのをかき集めて合体した魔物に大変身したってところか?」
デモリオスは上半身を起こし切ったところで口を開く。
「……そうダ。だがそれだけではなイ……今の俺の身体ハ数多の非業の死を遂げタ同胞たちの怨念ガ共鳴し、ただ力を寄せ集める以上の力を発揮できル……」
「んな理屈はどうでもいい! アタシが言いたいのはな……全部クソ遅ェーってことだけだ!」
脱走者は建物から飛び降り、デモリオスの顔面を思い切り殴る。
脱走者の言う通り、七凶魔王デモリオスは、自分が最も強者だと信じている巨悪魔将『ザンゼ』の身体をベースに、数多の魔物の怨念とその性質・能力を集め、そこにデモリオスの魂が宿ることで構築されている。
この肉体は非常に凶悪な力を込めているものの、あまりにも力が過ぎるがため、デモリオスの魂はそれを制御しきれず、動きが全体的に大ぶりになっているのだ。
「もう横になるのは御免ダ……!」
デモリオスは首を前に傾け、脱走者を一時どかす。すぐさま背中の羽を高速振動させ、空中へ避難する。
そこから後方へ退いてから着陸し、体勢を立て直す。
加えて、そこで気合を込め、切断された尻尾を含む、全身の傷を元通りにした。
だが、消えた傷に比例するように、全身のおぼろげな部分が増えていったように見えた。
「流石に不死身ってことではないか。だったら、このまま殴り潰すだけだ!」
脱走者は三点着地の体勢から、クラウチングスタートのように地面を踏みしめ、一気に走り出す。
目にも止まらぬ速さでデモリオスとの距離をゼロに詰め、手始めにハイキックを一発叩き込む。
「「「ギャアアアァァァッ!」」」
「だからいちいちリアクションがデケーっつってんだろうがァ!」
もう少し静かに絶叫しろ、という注意を込めて、脱走者はデモリオスの腹部へ、振り向きざまに肘を思い切り刺した。
すると再びデモリオスの身体から、悲痛の叫びが鳴り響く。
「そろそろいい加減……ッ!?」
脱走者は数歩後ろへ引き、デモリオスがよろめく様を見据える。
それを数秒続けた後、脱走者は「もう一回だけ……」と申し訳無さげに小声でつぶやきながら、渾身の正拳突きをお見舞いした。
「グェェェッ!?」
「お願いだ……もう意地悪しないでくれ!?」
「クソッ、アタシたちが何をしたっていうの……!?」
今度ははっきりと聞こえた。
デモリオスの身体からする絶叫は、一つではなかった。
今までその音量で紛れていたが、声色からしても、語調にしても、明らかにデモリオス以外の者の声が、ダメージを追う度に放たれていたのだ。
脱走者は再び数歩退き、ついさっきのデモリオスの言葉を思い出す。
『……そうダ。だがそれだけではなイ……今の俺の身体ハ数多の非業の死を遂げタ同胞たちの怨念ガ共鳴し、ただ力を寄せ集める以上の力を発揮できル……』
それで脱走者は、さっきから聞こえてきたデモリオス以外の声の主を知る。
「な、何して来やがるんだ……」
「この俺を舐めるナァァァッ!」
脱走者が気付いた時には、デモリオスの組んだ両手がすぐ頭上に迫っていた。
「危ェッ!?」
脱走者は咄嗟の判断で、アクセルロッド粒子の超加速で高くジャンプし、鉄槌の直撃を避けた。
ところが、その両手が地面に激突したのと同時に炸裂した炎氷のエネルギーの大爆発は避けられず、脱走者は上半身に残った特殊スーツの生地が全て吹き飛ぶほどの被害を受ける。
そして脱走者は、王都によくある建物の屋根を貫き、その一階の床板に叩きつけられた。
しばらく彼女は、全身の痛みも、隙間風が素肌を冷やしてくるのも、もうじきデモリオスがこちらへ来るかもしれないことも忘れて、視界中央にある自分が空けた穴を見つめていた。
そこを通って空から一直線に差し込んでくる丸い光が、彼女がここに至るまでの記憶を思い出させ、今、彼女の胸のうちにある恐怖心を照らしたのだから。
【完】




