W2-7 王都凶来
ハーク大陸の中央部、王国王都にて。
ここは相も変わらず、王国最大の貿易点にして、世界各地で戦う勇者パーティーの拠点として、賑わい続けていた。
そこに敷かれた、王城へ向いて街を一直線に割る大通りに、それは落とされた。
何だ何だと周りにいる人々はざわめきながらそちらへ向く。そして彼らは揃いも揃って目を見開く。
「な、何だこの邪悪な雰囲気……」
「強大な魔族なのは確かだが……」
「何故ここに落ちてきた。なんで、縛られているんだ?」
三原色の輝きを放つ紐で、全身をぐるぐる巻きにされた少年が、そこにめり込んでいた。
「み、見るんじゃない……! というより、貴様ら、どうして俺を先に行かす!」
「ここは偉い人を優先して先に行かせようとしただけだが?」
どこからともなく声がして、周りの人々があちこちを見る。
しかし少年は、すぐに上空一点を見て叫ぶ。
「中途半端に遠慮をするな! お前らもさっさと降りてこい!」
「OK、すぐ降りますよ」
遅れて、糸巻きの少年の側に、六人の勇者パーティーと思しき者たちが降りてくる。
再び驚く周りの人々へ、六人のうちの一人――首謀者は言った。
「ようお前ら、びっくりしたか。俺たちは見てのとーり、ここら中に掃いて捨てるほどいる勇者パーティーだ……
で、今ここで芋虫ごっこしてるヤツは、皆さんご存知の『魔王』だぜ」
「「「ま、魔王……!?」」」
その途端、周りの人々は同時にざわめき始める。六人と魔王にとって、これは予想外の反応だった。
なので首謀者は後ろで横になる魔王に、
「自分の名前くらい自分で名乗りやがれ、テメー。さもないとろくでもないことするぞ俺」
「命令するな、貴様……おい人間ども! さっきから散々馬鹿にしたような目でみやがって……俺は魔王デモリオス! 貴様ら人間を滅ぼすものだ!」
その覇気の込められた名乗りによって、日和気味だった周りの人々は、彼らが望んだ通り慌てふためいた。
「あ、アイツ、魔王だったのか!?」
「最近魔将たちが次々と倒されたと聞いたが、まさか魔王までもが……」
「ほ、本当に魔王なのか!? ならどうしてあんな風に……」
中には驚きこそするが、懐疑的なままでいる人々も少なくはなかった。
だが彼らもまた、もうまもなく腰を抜かす羽目になる。
王都を囲む城壁の見張り塔から、敵襲を意味する鐘がけたたましく鳴り響く。
それと同時に、王都の上空に無数の飛行可能な魔物の群れが現れた。
「いたぞ、魔王様だ!」
「魔将様方を殺しただけでは飽き足らず魔王様をあんな目に……許さん!」
「いまお助けしますぞ、殿下!」
これにて今糸巻きになっている少年が、魔王であることが証明された。
大勢の国民たちが走り回る混乱状態の中、空飛ぶ魔物たちは魔王一点へと急降下する。
「させませんよ」
「……」
「ダメですわよ」
そして彼らはことごとく、氷の礫か、アサルトライフルの弾か、クラダラエネルギー……とにかく4Iワールドエンフォーサーズの攻撃を浴びて死滅した。
「BMOOOOO!」
さらに、城門を突破したと思しき陸上の魔物たちも、六人へ襲いかかった。
「おせーよバーカ!」
「おら、帰りやがれどっかに!」
もちろんこちら側もあっけなく敗れていった。目にも止まらぬ速さで何らかの攻撃を食らうか、理由もわからず壁に頭を打つか、などなど、六人の異次元の強さを身を持って体験することによってだ。
その間、首謀者は魔王デモリオスに腰掛けて見下し、彼へ話しかけていた。
「うらやましいぜお前。こんな同族思いの連中が大勢いるなんてよォ~~」
「……どういう嫌味だ貴様」
「今から言おうとしてたのは『嫌味』といえば『嫌味』だが、お前に対する『嫌味』じゃあないんだがな。
……それに対して、この国の連中――特に、勇者サマときたら、後悔させてくれるよなァ~~?」
魔王を生け捕りにした後、魔物や各地を冒険する勇者たちにはっきり見えるような低さで飛行し、王都へ向かっていく。
そして魔王を王都まで同行させた後、引き付けた勇者や魔物たちと乱戦する。
それが、首謀者の作戦の一つだった。
しかし今、首謀者が確認できる限り、魔物と戦えている勇者たちは見つからない。
勇者パーティー自体はちょこちょこと確認できている。だが、彼らの大半は飛行魔法で王都を脱したり、怯えっぱなしのまま殺されているばかりだった。
「どいつもこいつも不甲斐ない勇者どもだぜ……魔王さんよ、これは巡り巡ってお前の不甲斐なさにも繋がっちまうような気がするんだが」
「どういう意味だ」
「十数年かけても『大陸の半分しか』制圧できなかったってことについて」
魔王はしばらく逡巡した後、顔をしかめて、
「……お前らなんかに言いたくない」
「……ああそうか」
首謀者はその反応で、魔王が何を隠しているのかを、電気が走るような速度で察した。
(この王都の城にいるはずの王様は、かつて仲間たち魔王を葬り去った勇者。
勇者がガッツリと健在しているのならば、その仲間たち――ここ風に言うのならば、『パーティーメンバー』たちも健在なはず。
それが今の、人類サイド最大の『戦力』ってことだろうな)
首謀者は口を開けた瞬間に、一番近くにいた脱走者に頼む。
「おい脱走者。『勇者命令』だ。しばらくの間俺を『護衛』してくれないだろうか」
「ああ!? 何でだ!」
「正確に言うと『魔王』を俺と護衛してほしいってところだ」
さらに首謀者は、周りで戦っている仲間全員へ叫ぶ。
「それとお前らにも『勇者命令』だッ! ここからは全員バラバラになって戦え! あんまり敵の射程範囲は重ならない方がイイからなァーーッ!」
「急に何かね……と言いたいところだが、いちいち言葉を返してもこの世界の君は聞いてくれないからね……いいとも」
「了解! 丁度いいぜ、もうこの景色は見飽きたからな!」
「……」
「わかりました。今回もまともな結果になるようにしてくださいまし、首謀者さん」
「それで良しッ! てなわけで、開催といこうや……俺主催の渾身のフェスティバル! 名づけよう! この騒乱は『王都凶来』!」
そして首謀者と脱走者と魔王、その他の四人は、王都の各所へと戦場を変えていった。
その王都を全て見渡せる位置にそびえる、王城の尖塔の一つにて。
「申し上げます、陛下! この王都に魔王を誘導した謎の勇者パーティーが、魔王軍と交戦しております! その目的は未だ不明の模様!」
その壁際から王都の混乱を眺めながら、ところどころ白が混じった黒髪に王冠を戴いている男――王は伝令兵へ尋ねる。
「我らが戦力はどうしている?」
「はっ、王都の衛兵は死力を尽くして国民の護衛……」
「すまない、言葉が足りなかった。王都にいるはずの勇者たちはどうしている?」
「はっ、彼らもまた……魔王軍打倒のため、交戦しているとのことです……全力で、はい!」
と、伝令兵は、言葉の途中途中に不自然な間を挟みながら答えた。
すると王は目を閉じて、
「わかった、引き続き情報収集を頼む」
「仰せのままに!」
伝令兵が去った後、王は全体重を乗せるように塀に両手を突いて、ため息をつく。
「やはり、この程度だったか……」
そして王は思念伝達魔法を使い、
「カルヴィン、そちらには届いているか」
『届いているさ。何やら次々と魔将が死んだと思えば、今度は王都が危機にさらされるとは』
「なら話を端折ってもいいな。頼む、今すぐ王都に来てくれ」
『そうか。けどそれでいいのか? 逆に君が僕の領地に来て……』
王は食い気味に返す。
「それでは戦地が一つ増えて、無駄に命が減るだけだ」
『それは意外だ。君なら逆にそっちのほうが喜ぶと思ったのに』
「いくら何でもそんな下劣な真似はしたくないんだ、かつての勇者として。それに、これは罰だ。姑息な真似はせず、すみやかに向き合う必要がある……」
『そうか、わかったよ。じゃあ僕からも、他の皆に連絡しておくよ。それまでに先へ急ぐんじゃないよ、ルミナス』
「わかっているとも、カルヴィン」
そして、王――勇者ルミナスは、尖塔の螺旋階段を降り、城内に戻る。
そこで、輝かしい鎧姿の大男と、口元を布で覆い隠した細身の男が、それぞれ武具を携え待っていた。
「タイロン、フォスター、お前たち、どうしてここに……」
鎧の大男――タイロンはケラケラと笑いつつ、鞘に収まった剣をルミナスに押し付けて、
「どれだけ長い付き合いだと思っているんだよ」
細身の男――フォスターは王冠と手元にあった兜を素早く入れ替えて、
「カンだカン。それ以上は言わないぞ」
ルミナスは兜の緒を締め、剣を杖にし片膝をつきつつ頭を下げて、二人に詫びる。
「なるほど……皆、本当にすまない……」
「それ言うなって二十年前からずっと言ってるぞ、お前」と、タイロン。
「いいから早く身支度しろ。さもないと出遅れるぞ」と、フォスター。
二人は同時に鼻で笑ってみせた。
すまない。と、今度は心の中で言ってから、ルミナスは立ち上がり、
「わかった。すぐ準備する。そして二十年ぶりに勝とう、ルミナスパーティーとして!」
「「おう!!」」
そしてこの間、転移魔法により、先程のカルヴィン含む五人の歴戦の猛者たち――ルミナスパーティーの他五人が、王都へと向かっていた。
【完】




