W2-5 第7ダンジョンの激闘
六つ目のダンジョンは火山とのことだった。
だが五つ目の氷のダンジョンで、運良くそこの魔将を討ち取れたため、その情報だけを思い返しつつ、一つ飛ばして七つ目の目的地に向かった。
そこは荒廃した都市だった。恐らく、最初に魔王軍の餌食になったところをそのまま乗っ取ったのだろう。
今までのダンジョンの中では、最も元来の意味からかけ離れた形の場所だが、その内容こそ、より異質であった。
勇者の冒険を阻む存在は、この土地を支配する魔将ただ一体しかいないのだ。
「はぁッ!」
その唯一の敵がいる広場より少し手前の地点に着陸した時、首謀者たち六人が見たのは、衝撃波で勇者パーティー二十三人がまとめて消し飛ぶ様だった。
よく見てみると、今いる地点の周りには、勇者パーティーだった死体が無造作に転がっていた。それも損傷具合からして、一日も経っていない様子だ。
だからといって六人は特に感傷に浸ることなく、広場に足を踏み入れた。
「お主らが、次なる挑戦者であろうか」
ざっと四メートルはありそうな巨体。威圧的なほど鋭利な二本の角を生やした。情報が無ければこちらが魔王と見紛うほどの存在感のある悪魔は、一行に問いかけた。
代表して首謀者が答える。
「ああ。でもってお前は『魔将』だな?」
「そうだ。俺は主に次ぐ魔王軍の武――【巨悪魔将ザンゼ】。
お主らから漂う聖なる力の気配から察するに、我らが同志六人を打ち破ってここに来たようだな」
「ああ、短いようで長い旅路だったぜ……」
(短いだろ。まだ二日も経ってないんだから)と、脱走者は心の中でツッコんだ。
「……で、アンタはどうだ。最初の虫野郎が死んでから、俺たちがここに来るまで退屈してたか?」
ザンゼは即答する。
「退屈であった」
「おォ~~、それは意外な答えだったぜ……あんだけ勇者パーティーを蹴散らしてたのによ」
「全員、手応えがまるでなかったのでな。あのくらいの者、本来ならば俺と対峙する資格すらなかった。にも関わらず奴らは無理に俺へ挑み、勝手に死んでいった……俺から見ても無駄であった」
「そうかいそうかい。じゃあこっからは本当の強者と戦わせてやるから、楽しみにしとけよォ~~」
「わかった。では準備が出来たら声をかけよ。それまで俺はここで動かないでおく」
「こういうヤツいるよな、武人気質の幹部みてーなヤツ」
と、つぶやきつつ、首謀者は他五人の方を向いて、
「で、今回は誰が行くんだ。もう出番は『一巡』しているから、誰が出てもいいんだぜ」
「じゃあアタシがいく」
そう言って、脱走者は誰よりも早く立候補した。
「ほう、ではその理由は?」
「とっとと終わらせたいからだ」
「シンプルでいい! よしじゃあ行けッ!」
「うっしゃー行くぞ! 角野郎!」
こうして脱走者は急加速し、盗賊風の衣装を散り散りにして特殊スーツ姿になりながら、ザンゼへ突撃した。
「単騎で来るか。その意気や良し! だが容赦はせん!」
二人は最初に、同時に放った右ストレートで激突した。
体格差から容易に察せる通り、パワーについてはザンゼの方が遥かに上だったが、脱走者にはアクセルロット粒子による超加速により激突の衝撃が重くなっている。
二人は見かけ上の力比べを三秒ほど行った後、お互いに距離を取った。
刹那、脱走者は赤い閃光を放ちザンゼの顔面に蹴りを食らわせる。
「むッ……久々に傷を貰ったか!」
ザンゼが首を振ったことにより、脱走者は後方の地面へ弾き飛ばされた。
だが脱走者は軽やかに着地し、即座にジャンプする。
直前に自分がいた地点へ双角を突き立てたザンゼの後頭部に、重力を味方につけた蹴りを放った。
見事にダメージが入った。と、喜んだのも束の間、脱走者の身に、大剣のような尻尾が振りかざされる。
それも危うげ無く脱走者は高速移動して回避。
多少の間合いを取り直したところで、ザンゼは笑みを浮かべ、体勢を正す。
「これは、我が主に誇れる強敵だ……」
「帰れる気でいるんじゃねえぞお前ッ!」
それからザンゼは己の強靭な肉体を余すこと無く使い、脱走者を相手取った。
対する脱走者も、アクセルロッド粒子由来の加速を存分に発揮した。
昨日のザベックのような一方的な試合とまではいかなかったものの、彼女は常にこの一騎打ちの主導権を握り続けた。
そしてザンゼの尻尾がちぎれ、双角が砕け、四肢も満足に動かせなくなったところで、脱走者は音速に迫る助走をつけた正拳を、ザンゼの胴体中央にぶち込んだ。
脱走者本人も、観戦していた六人も、同時に思う――勝負あり。と。
その審判をしたのはザンゼ本人だった。
「みご……とだ……」
と、ザンゼは告げてすぐ、大の字になって倒れた。
そして彼は起き上がることなく、息も絶え絶えの様子で、言葉を紡ぐ。
「すまぬ……殿下……どうか、俺たち魔物に明るいみら、いを……」
「……」
脱走者は塵が全て消えていくのをじっと見つめた後、ザンゼが持っていた輝石を拾って、五人の元へ戻る。
「見事だったぜ脱走者ッ! 今回は服ビリも無く決着してるしよ!」
脱走者は散った意識を戻し、軽くうつむいていた状態であったことから、そのまま自分の身体――特に破れのない特殊スーツを確認して、
「……あ、ああ、ホントだ。ラッキーだな! 相変わらずコバヤシはスペア用意してくれねえし、今回は誰にも生チチ見せずに済むかもな! ハハハ……」
と、明るく笑って見せた。
「それでだ、これからどうする? お前ら、このまま魔王の本拠地にいけそうか?」
そう言いつつ帰還者は、空中を指さした。
魔王の存在が近いためか、空は薄っすらと暗さを帯びていたものの、太陽の位置と色相からして、もうまもなく夕暮れが始まることは見て取れた。
「僕は勇者様の是非に応えるよ。破竹の勢いを保ったまま本城を攻めるのか、それとも英気を養い、明日にキリよく挑むのか」
「俺は後者を選ぶぜ、簒奪者さんよ。とうとう七魔将全員倒されたんだ。この後あちら側が一体どういう反撃をしてくるかわかんねーしな。だが……」
「だが……?」
「この辺で『少しでも休めそうなところがあるのか』という問題がある」
*
このハーツ大陸は南西部に出現した魔王の城から波紋を広げるように、悪の勢力が土地を支配している。
現在、首謀者パーティーがいるのはその魔王軍の影響力が非常に強いエリアである。人を止めてくれそうな宿など、決して営業しているはずがない。
北東に戻って対魔王軍との最前線辺りにある街でならなんとかなりそうだが、思い切り魔王から後退するのは気分がよくない。
そのため六人は日が暮れるまでの間、その悪の支配下の地を飛び回り、安全に野宿が出来そうな場所を探した。
それで見つけた。ゼンザのダンジョンと本来なら六番目に回るはずだった火山のダンジョンの中間地点にあった隠し砦だ。
恐らく火山の方の魔将ブレイゾの手勢が、行軍の中継に使おうとしていた基地なのだろう。
彼が不幸にも破れたことで放置された物資が山程残っており、食糧もついでになんとかなった。
そして何よりも僥倖なことに、火山地帯の恩恵とも言える温泉が、砦のすぐ近くに湧いていたのである。
当然、六人は二日間の旅を癒やすため、遠慮なく浸からせてもらった。
「ふぃ~~、コイツは効くぜぇ~~、身体に溜まった負担が『成分』やら『適温』やらで吸収されていきやがるぜェーーッ!」
岩に囲まれた三畳ほどの広さの温泉で、首謀者は一人湯に浸かり、『フン』の二文字だけで何らかのBGMの再現を試みていた。
その途中、首謀者は一八〇度回転しつつ立ち上がり、
「きさま! 見ているなッ!」
背中が向く方へ指を向けながら叫ぶ。
「……悪い」
そこには、岩の壁に腕を掛け、何も身につけていない上半身を見せた脱走者の姿が。
【完】




