W2-4 失態と第5ダンジョン
「先取り? それの何が悪いんだ」
「銀髪のお嬢さん、それは直前に言ったとおりだ! あそこは、我々が、明日挑戦する予定だったのだ! それを先に攻め滅ぼされれば、我々の行く先がないではないか!」
「ハァ? だからどうしたってんだよ?」
これまでの話を聞いて、帰還者は自分の意見を話す。
「つまるところ、お前らは俺たちに明日勝ち取るはずだった手柄を取られて悔しがってるってことなんだろ?
恐らくあのダンジョンの立地上、船とか大きめの準備もしてたんだろ? ならたしかに俺たちは悪いことしたな」
「物わかりのいい庶民もいて助かるな……ああそのとおりだ!」
「けど、謝りはしないぞ。
なぁ、俺たちとお前らは同じ勇者パーティーなんだろ?
だったら、同志が自分たちに代わって人類を勝利へ一歩前進させたってことで、少しくらいは俺たちに感謝しとくのが普通だと思うのだが。
なのにお前たちときたら、俺たちを見つけるなり偉そうにしてキレ散らかしやがった。しかも飯の最中っていう一番よくないタイミングで。
そんな奴に俺たちは謝る気はないぞ」
隣にいる戦死者は、この帰還者の言葉に深くうなづいた。
そしてこれを受けたハーヴェイは見せた歯から「ぐぬぬ……!」と唸り声を漏らした。
後ろの彼の仲間たちは「どうする? どうする?」と、小声で相談をしている。だがその様子はどことなく中身がなく、まるでリーダーのハーヴェイへ決断を促しているようだった。
しばらくして、ハーヴェイは焦り気味に言った。
「お、お前! お前たちも俺たちと同じ学生なのだろう!?」
「いや、俺はとうの昔に大学を卒業している」
そう帰還者が言うと、ハーヴェイは近くにいる首謀者を指さして、
「そんなのわかるわ! どうせ金で雇った大人の助っ人だってことくらい!
お前だこの半分半分になった勇者! お前も俺たちと同じ学生なのだろう!? だったら定期課題のことは頭に入っているだろう!? そしてそれを達成できなければ最悪退学になることくらい……」
「わからないさ」
「わ、わからない、だと……! お前は勇者なのだろう!? ならば学園に在籍しているか卒業しているかのどちらかのはずだ! なのに、課題がわからないだと!?」
この戸惑うハーヴェイの姿を見て、首謀者は今彼の中で渦巻いている焦りの意味を掴みつつあった。
なので仕掛ける。首謀者は椅子から立ち上がり、ハーヴェイと目線を合わせて、
「ああ、わからないさ。俺たちは在校生・卒業生以前に【勇者】だぜ? ならば、魔王をブッ潰すのが第一の使命じゃあないか? 課題うんぬんの提出とかよりもよォ~~」
「ぐぬぬ……」
またしてもハーヴェイは丸出しにした歯から唸り声を漏らした。どうやらこれは彼の反論の言葉のストックが尽きたときの合図の音のようだ。
それでも首謀者は容赦なくカードを切っていく。
「それによォ~~、たかが一ダンジョン先を越されたくらいでカリカリするなっての。お前、偉いところの息子さんなんだろ?
それを声高に威張れるんだから、それ相応の実力はあるんだろ? ならこんなレストランで喉中心に力を使ってないで、別なダンジョンへ挑む準備を整えやがれッ!」
そして首謀者は『次はお前の番だぜ』と言う代わりに、ハーヴェイの銀鎧の右肩部分を、握った左拳でコツンと突いた。
するとハーヴェイはそこをかばうように引っ込み、
「お前! 下手にこの鎧を触るな! 傷でもついたらどうする!」
「『鎧』ってのは傷ついてナンボのもんではないか?」
「こ、この鎧は父上が私の入学祝いと今後の活躍を祈って特注した鎧だぞ! 強敵と戦う時に備えて……無駄に消耗したくないのだ!」
「ビビってみみっちい装備の使い方をするやつは、どんな装備を与えても意味がないって言うぜ」
「ぐぎぎ……」
「お、新パターンだ」
ハーヴェイは後ろへ振り向き、穴があったら入りたそうにしていたり、まるで他人事のように認識を改ざんしようと明後日の方向を向いているパーティーメンバーの姿を知る。
そんな彼らにハーヴェイは怒鳴る。
「お、お前たち! 次の街へ行くぞ!」
「で、でも俺たち夕飯……」
「そんなこと、魔物十体倒して課題を達成してからでよろしい!」
ハーヴェイパーティーが立ち去ってから少しして、脱走者はせせら笑った。
「ざまあみろって奴だな! 自分たちが出遅れたことを人のせいにしやがってよ! ハハハ!」
座り直した首謀者も、それに連動して豪快に笑う。
「おまけになんだあの最後の下り! 高級車を納めたばっかの小金持ちでもあるまいしよォ! あんなのどーせ俺たちより早く来ててもゴミとして海面漂っておしまいだぜェーー! アーハハハーーっ!」
その二人の嘲笑を一歩離れた気持ちで眺めながら、帰還者はナイフを動かす。
「全く、嫌な勇者サマもいるもんだな」
「……」
その隣。とっくの前に料理を完食した戦死者は、真正面を見るフリをして、レストランにいる他の客の様子をうかがっていた。
同じホテルを借りて同じクーポンを貰ったのか。自分たち以外にも勇者パーティーと思しき集団が、テーブルを囲んでいた。
そして彼らは自分たちに『余計なことをしてくれたな』と言わんばかりに睨みつけたり、まるで魔物がここにいるように目をそむけたり……総じて、マイナスな印象を抱いているようだった。
*
翌日。
六人はホテルを出発し、例のごとく各々の移動手段で次のダンジョンへ一直線に行った。
次のダンジョンは雪に閉ざされた峡谷にある氷の洞窟。
魔王軍の協力なモンスターだけではなく、氷の塊を組み合わせて道を開く、パズル形式の妨害ギミックがあったが、六人はそれも力ずくで突破していき、奥にある魔将の空間へ訪れた。
「でな、そいつが岩盤を掘るところ間違えて溶岩をあびちまって……」
「あはは、本当に災難ですねー!」
その時、空間のど真ん中には氷のテーブルが置かれ、それを挟んで、氷の妖精の少女と、全身が溶岩で構成された巨漢が談笑していた。
魔将と思しき存在が二体いる……首謀者パーティーはしばし、この状況にポカーンとする。
と、あちら側も来訪者六人の存在に気づき、互いに背もたれから勢いよく倒れる。
「う、嘘!? もうここまで来たのですか!?」
「クソッ、油断した! いくらあの四人が一日で破れたとはいえ、流石にここからはと思ってたのに……」
氷の妖精と溶岩男、二人は大急ぎで椅子とテーブルを破壊し、ダンジョンの最奥でずっと待ち構えていた体で構えを正す。
「私の名前は【氷妖魔将ヘイラ】! 覚えておきなさい!」
「俺の名は【炎剛魔将ブレイゾ】! 貴様ら勇者の快進撃を阻むため、今回は特別に援軍としてここにいる!」
その様子を見て首謀者は一言。
「……これは手間が省けたな」
そして首謀者は使役者の方を向き、
「てなわけで今回は俺とお前、二人の番だぜ」
「ですわね。あちらも開き直っておりますもの」
首謀者と使役者、まだ魔将と戦っていなかった二人は前に出て、各々構えを取る。
「あれ、お前、今回は魔法少女に変身しないの?」
首謀者に尋ねられた使役者は周りに浮かぶぬいぐるみ四体を指さす。全員、眠たそうな顔をしていた。
「この程度の敵、私たちが出る幕でもないと言っていますの」
「そうかい。それは上等だ」
まもなく二人と二体は同時に突撃した。
ヘイラは氷柱の矢を飛ばし、首謀者に牽制を仕掛ける。
「豆鉄砲にも入らねーぜこんなの!」
首謀者は腰に左手を回し、短剣を逆手持ちの状態で引き抜く。機敏にそれを振り、全ての矢を斬り落とした。
距離を詰め切ったヘイラが、冷気を帯びたレイピアを矢継ぎ早に振ってくる。
引き続き首謀者は左手の短剣を巧みに操り、全ての斬撃を弾き返していく。
「なんだアイツ、ちゃんと戦えるのかよ」
それを見て脱走者は少し彼のことを見直した。
だがそれは『少し』の範疇を超えなかった。
なぜなら彼はそれからずっと、左手の短剣での防御しかしなかったからだ。
「いい加減、隙を見せてくれてはくれませんか!」
「そんな注文、俺にはできないぜ。氷のお嬢ちゃん。大人しく自力で崩してきやがれ」
「……あれくらいの氷の使い手、首謀者くらいでもどうにかのせそうな気はするのだがね。僕はね」
「というよりそもそも、右手使えよ右手」
そうこうしている内に、二人の剣戟の側でブレイゾが敗北した。
「うおわぁぁぁ! すまぬ、ヘイラ……俺が油断していたばっかり……に……」
ブレイゾは見た目の通り、溶岩の頑強さで相手の攻撃を受け止め、豪快なカウンターをお見舞いする類の敵だった。
そのため使役者が使うクラダラエネルギーを一切かわさず――『かわせず』と言う方が適切かもしれないが――食らい続けた。
結果、彼はあっさりと致死量に達してしまい、黒い塵となってしまったのだ。
「ぶ、ブレイ……」
「よそ見してんじゃねーぞボケェーーッ!」
仲間の死に動揺していたヘイラを思いっきり左手で殴り飛ばし、彼女を黒い塵が残る位置へ送る。
「やれ、シエキッ! 『直』で流してやれッ!」
「え……あのー、シュボウさん、貴方、もしこちらも私が倒したら……」
「いいから『直』でやれッ! 素早くやれッ!」
「は、はい……」
すかさず使役者はヘイラの後ろへ回り込み、その背中に力いっぱい右拳を打ち込み、クラダラエネルギーを『直』で一気に炸裂させた。
そして、ヘイラの頭上に浮かぶ光の輪が、ぐるりと一周して紫色に輝く。
「ごめん……魔王、さま……」
こうして異例の魔将二体との戦いは、使役者が両者にとどめを刺す形で終わった。
「まぁ、その方がはえーのかもしれないけどさぁ……」
「首謀者、君、格好とかは気にしないのかい?」
「せっかくなんだから片方はお前が殺れよ、首謀者」
「……」
「フン、勝てばよかろうなのだ」
一行は二つの輝石を回収した後、あらかじめ用意していた、ダンジョンの入口まで瞬間移動するという都合のいい魔法のアイテムを用い、洞窟の手前の空間に戻った。
来た時とは違って、そこには他の勇者パーティーが何人かいた。
あるパーティーはアイテムや魔法を駆使して瀕死の仲間を助けようとしている。
あるパーティーは凍傷だらけで横たわる仲間の周りでうつむいている。
そして、六人が着いた直後にダンジョンから出てきたパーティーは大泣きしながら入口から全速力で離れていった。そこのメンバーは、ほとんど傷ついていなかった。
その悲惨な光景をサッと見渡した後、
「日はまだ沈む方向へ行っていない! 今日中に最後の魔将に会えるぜッ! つーわけでお前ら、とっとと次行くぞォーーッ!」
六人は最後のダンジョン目指して、各々の移動手段を発揮し、この場から離れていった。
その直後、入口前にいたパーティーたちは、首謀者パーティーがいた地点を、至極憎悪に満ちた形相をして睨みつけだした。
【完】




