W2-2 第1ダンジョンへの挑戦
漠々たる草原の大地の上で、堅牢な石造りの強固なしつらえの壁に囲まれ、巨大な王城の元でにぎわいを見せる街。
ここはハーク大陸の大半を統治する王国の都。
国を治める貴族やその恩恵を受ける国民はもちろんのこと、大きな商機を掴むためにいる商人が多数集っていた。
その大きな商機というのはズバリ『勇者パーティー』のこと。
この王都は大陸のほぼ中央に位置する関係上、大陸の南西部から波紋を広げるように征服を行っている魔王軍に挑んでいる、いくつもの勇者パーティーがここを拠点にしている。
勇者パーティーが集えば集うほど、その土地の薬草や装備、それから今晩の宿などの需要も増える。
だから商人たちはそのための品々を揃え、ここ王都に店を構えて、勇気ある者たちをどっぷり応援してやろうとしているのだ。
「今ならまとめ買いで大変お安くなりますよ!」
「遠路はるばる入手した最新鋭の装備はいかがでしょうか!」
「宿がご入用でしたらぜひ当店へ!」
「だぁー、しつこいんだよお前ら!」
「た……たまらん雑踏だ!」
そういった良くも悪くも商魂たくましい連中の強引な接客をかわしながら、4Iワールドエンフォーサーズ……この異世界『ハークズカレッジ』に合わせた呼び方で言うと、『シュボウパーティー』は、王都内を歩いていた。
「やれやれ、がめつい野郎ばっかだなここ」と、帰還者。
「装備ならとっくに整えさせて貰ったのにね」と、簒奪者。
「ダサいですけれどもね。まるで仮装ですわ?」
そして使役者は、とんがり帽子のつばを触り、不服そうな顔をして言った。
「……」
その後ろにいる戦死者は、鎧姿であった。
今回の破壊任務のため、六人はここに普遍的に存在する勇者パーティーという体で、この世界に侵入している。
そのため六人は今、それぞれ、いわゆる古典的なRPGの冒険者パーティーにいるような装備をすることをコバヤシに強いられ、癖の強い格好をしている。
「まぁまぁ、気にするな。どうせ溶け込むだけの恰好なんだからよ」
と、マントに軽鎧姿というヒロイックな姿をした、このパーティーの勇者役、首謀者は五人へ振り返っていった。
「お前が言うな!」的な言葉が四人(※戦死者除く)から返ってきたのは言うまでもない。
「別に俺もこれをカッコいいとは思ってもないがな。もっとスタイリッシュで派手な格好したいんだよ俺は……」
首謀者は、小声でそうつぶやいた後、正面へ向き直る。
そこからスカーフを巻いた脱走者が横から彼の視界に飛び出て、
「ところで首謀者。お前、これからどこ行くつもりなんだ? 三十分前くらいに『とりあえず勇者に続けッ!』って言ってたが」
「……何だ貴様、この俺が意味も無くブラブラしてるんじゃあないかと思っているのかね?」
「うん。お前みたいな悪ふざけが過ぎる奴はそういうこともやりそうだからな……」
「『正直』なのは大好きだ。だが生憎予想は大ハズしした模様だぜ。こいつを見やがれ!」
開けた街道に隣接する、あちらこちらにある店舗よりも二回りも大きく、年季も十年以上の差がある建物だった。
そしてその扉の上に掲げられた看板には、『冒険者ギルド』と書かれていた。
少しタイミングが遅くなったが、ここで一つ解説を入れるとしよう。
4Iワールドエンフォーサーズは集められた時点で既に、ありとあらゆる言語を読み書き話せる『措置』が取られている。
言うまでもなくこれは、任務の前にいちいちその国の言葉の勉強をさせる手間を省くため。
そもそもな話、それぞれ別の異世界から集めた罪人たちに円滑なコミュニケーションを取らせるためにも、こうした都合の良いことをしないとやってられないのである。
「これからこの大陸中をスムーズに回るための『冒険者の資格』っていうアイテムをゲットする」
かったるそうに脱走者は尋ねる。
「わざわざそんな道具必要なのか? 好き勝手駆け回っていいんじゃないのか?」
「必要なんだよ。時々国境を越える必要もあるし、魔王軍に備えてそこら中に検問も敷かれてる。けどそいつはそれを全部スルーできる無敵のアイテムなんだぜ。取っとかなきゃ損しかねーぜ」
というわけで一行はぞろぞろとギルドに入る。
いくつかの他パーティーをよけて、六人は建物奥の受付に行く。
「失礼するぜ」
パーティーの代表として、首謀者は受付カウンターの一つの前に座り、単刀直入に言う。
「冒険者の資格をくれ」
受付の担当者の男は淡々と返す。
「では『勇者学園』の学生証、もしくは卒業証明証を拝見させてください」
その瞬間、座る首謀者の後ろにいる四人は顔を青くし始めた。
そんなもの持っていないし、こんな早い段階でつまずいてしまうのか。と。
「ああ、わかったよ。だがその前に言わせてもらう。髪に変なゴミついてるぜ」
「へ?」
受付が声を漏らした瞬間、首謀者は目にも止まらぬ速さで手を相手の頭にかすらせて振り、
「でもってもう取った」
ホコリをつまんで見せた後、それを床に落とした。
その後、受付担当は、急にドッと笑いながら、
「って、おい、なんだよ、お前じゃねーかよッ!」
「ああそうだよ、俺だよ! 全く、ドンカンすぎんだろうがよォ~~!」
「そーゆーお前もさっさと言えよ、水くせーだろうがッ!」
「ハハハ、さーせんさーせん」
それから受付はあたかも知り合いであるかのように、カウンターを挟んで首謀者と握手をした後、机の下から書類を取り出す。
「じゃあこれにパーティーメンバーの名前と【ジョブ】書いて俺に渡してくれ。そしたら六分も経たない内にくれてやるぜ!」
「おう、『感謝』するッ!」
そして首謀者は受付担当にニコニコで見送られながら席を立ち、後ろの六人を連れて壁際の机に書類を置きつつ、言う
「んじゃ、これに書くもん書いてくれ」
脱走者は目を点にしたまま尋ねる。
「……お前、アイツに一体何したんだ?」
「『物心ついた頃から友達だった』っていう幻の記憶を『植え付けた』。そんなシンプルなことだぜ」
この瞬間、脱走者は、自分の彼に対する印象をごく僅かに裏返した。
(なるほど、これが首謀者なりの活躍ってことか。こりゃあ今回はコバヤシがアイツをリーダーにさせたこともわかる……かもな)
*
勇者:シュボウ
盗賊:ダッソウ
格闘家:サンダツ
僧侶:キカン
戦士:センシ
魔術師:シエキ
……というように偽名と一応付けたジョブを記載したリストを提出し、勇者登録を済ませた後、首謀者パーティーは王都を出て、そこから一番近いダンジョンを目指した。
やはりこの間にも執拗な商人たちの押し売りに幾度とさらされたが、当然全て無視した。
そこへの道のりは短いものだった。
六人それぞれが高速移動や飛行能力を持っているため、ほぼ直線に近い行程を進んだためである。
一応途中は目立たないように徒歩で進もうと思ったが、途中途中、空中で村や街などの要所からまた別の要所へと飛んでいく他の勇者パーティーを見かけたため、遠慮なくそうさせて貰った。
「ここ……か? 最初のダンジョンっていうのは……」
「ダンジョン、というのは迷宮や洞窟のことを指すのだろう。しかしこれは、凄まじく鬱蒼としているとは言えど、森ではないか?」
「こういう世界観ですと、罠や敵がたくさんいて危険な地帯は、何でもかんでもダンジョンと言うらしいですわよ、帰還者さん、簒奪者さん」
そして一行は最初のダンジョン――門のように暗い黒色の幹の巨木が二本生えている入口に降り立った。
どうせ飛べるのだからダンジョン内のいいところで降り立とうとも思ったが、上空から見たこの森の区画があまりにも毒々しい葉の色をしているなど、不気味な雰囲気が嫌というほど伝わってきたため、面倒事を避けるために六人は渋々正攻法で行くことにした。
「今日はここでモンスター十五体の討伐だな……」
「さっさと終わらせていい飯食いに行こうぜ!」
「忘れない内にレポートレポート……」
この入口の周りには、脱走者や首謀者に近い、ざっと二十歳前後の若者で構成された勇者パーティーが何人も集まり、ぺちゃくちゃと気楽そうな会話をしていた。
その様子を見渡して、首謀者はつぶやいた。
「ここは本当にダンジョンの入口なのか? まるで都会の高校の最寄り駅周辺みてーな緊張感のないムードじゃあないか」
これを拾って脱走者は言った。
「そのコウコウってのはなんだかわからんけど、緊張感がねーのはアタシたちも一緒じゃないか?」
すると首謀者は横目で彼女を見てフっと笑い、
「違う意味ではそうだな」
続いて後ろにいるパーティーメンバーと一人ひとり目を合わせて、
「つーわけで……こんな一面ごとき、儚ささえ感じ取れるくらい爆速でぶっ潰してやるぜェーーッ!」
と、叫んだ後、一人入口をくぐって行った。
健気にそれについていく戦死者の背中を見ながら、四人は言う。
「すっかりリーダーヅラしてやがんな、アイツ」
「お前こそ怖ささえ感じるくらいのお調子者だろ、首謀者」
「だが今回はあの奇人についていかなければいけないのだがね」
「それがぼんやりムカつきますわ。ま、ついて行きますけれども」
そして四人も、首謀者と戦死者を追って猛襲の密林に突入した。
「お、おい、あのパーティー、このダンジョンを攻略するってよ?」
「どうせ無理だろ! あんなの勇者始めたての世間知らずの戯言だ!」
「けど、もし攻略しちゃったらどうしよう……さもないと今書いてるレポートが……」
少し遅れて、入口前にいた現地人の勇者パーティーはざわめきだした。
*
ダンジョンの中は、陽の光が僅かしか届かず、常に夜のように薄暗く、獣道を区切る木々は全て、植物にしては具合の悪そうな色をしていた。
その木陰の闇からは案の定、通常の十倍ほどの体格を誇る虫や、目つきからして凶暴な動物などの魔物が飛び出してくる。
「はいはい邪魔邪魔! 全員どっか行きやがれ!」
そして全員、十秒も持たず首謀者パーティーの誰かに片付けられていった。
「やれやれ、こんなちょっとデカくておっかないだけの動物くらいで俺たちが止められるかってんだ」
そう言いながら、首謀者は戦闘中の五人を線で結んだ時、その五角形の中点に該当するような地点をウロチョロしていた
それをチラッと見た帰還者は向かってきた魔物たちを糸で逆方向にふっとばし、脳天から木にめり込ませながら、
「……おいお前、少しは手伝えよ」
すると首謀者は芝居がかった様子で問いかける。
「皆さん十分お強いのに俺の手が必要なのかね? もしくは『自信』がないのかね」
「……わかった、いずれ一番嫌そうなタイミングで強引に引っ張り出してやるから覚悟しとけ」
帰還者は諦めた様子で、次なる敵襲を両断することに集中する。
五人が戦い、首謀者がその中央で踊る。このような場面を何度も繰り返しながら、このパーティーは無駄に折れ曲がってこそいるものの実際はほぼ一本道であるダンジョンの奥へ奥へと進む。
そして毒々しい果実を実らせた巨木が居座る、円形に開けた広い空間にたどり着いた。
「……む、あれは……キヒャヒャ! 久々だなぁ、この気配は!」
その巨木の枝に腰掛け、毒々しい果実をかじっていた人影が、軽やかにそこから降り立つ。
六人の前に、昆虫のような鎧を纏い、背には蛾のような羽を持つ、トンガリ耳の少年が軽やかに着地する。
「俺の名前は魔王様を支える七人の俊英の一人! 【迅蟲魔将ザベック】! この魔の者だけが栄える森の領主だ!」
【完】




