W2-1 役割
パニッシュメント号での異世界間の移動は一週間かかるとコバヤシは言っていた。
圧倒的上位存在が安全を確認し、航路を確立させた異世界であれば、使者たちは瞬間移動を使えるという。
だが世末異世界はそうはいかない。航路確立が危険だったり、世界の理が外部者を防いだり、そもそも存在を確認できたその時にはもう腐敗している等の理由が多い。
そのため4Iワールドエンフォーサーズは、パニッシュメント号のように比較的アナログな移動技術である、異世界間移動船を用いて任務先へ運ばれているのである。
異世界間を移動する船の時点でハイテクという言葉で片付けられないだろ。という指摘は勘弁してほしい。
その一週間という移動時間は、基本固定だ。
目的地によっては、一日でも行ける場合はあるが、万が一の事態を警戒しつつ安全に目的地へ導くためと、六人の休息を確保するために、一週間ジャストで着くようにしているのだという。
いくら罪人とは言えど、世界を滅ぼすという大変な仕事をしているため、不平不満を出されては困るのだ。
そのため、パニッシュメント号内での生活は比較的自由が利くようになっている。
食事は、贅沢なものでなければ各個人の希望に応えてくれる。
六人それぞれの個室も一般的なホテルのツインルームくらいのものが用意されている(おまけに風呂・トイレ・キッチンなども完備)。
娯楽についてはまだ整ってはいないが、各個室や船内中央に位置するリビングルームにテレビが備えつけられている。
それもこのテレビ、別の異世界で放映されているコンテンツを超特殊技術によって転送して映せるという優れた代物となっている。
などなど、パニッシュメント号での一週間の休憩は、囚人らしかぬストレスが少ない環境に整備されているのであった。
最初の任務を終えて六日後。
罪人の一人である首謀者は、リビングルームに設置された100インチの例のテレビを前に、間にローテーブルを挟んでソファに一人で腰掛け、昼ご飯のパスタを食べていた。
そのテレビでは何らかのアニメを流していた。その画は周りからでも見えるものの、音は首謀者が他の者に気を使って、ヘッドホンから聞いていた。
その様子を脱走者は、リビングの中央にある丸テーブルで、自分で四つ折りにしたピザを食べながら見て思った。
(なんでアイツしかめっ面でパスタ食ってるんだ……?)
彼の不機嫌の理由をなんとなく尋ねようと、折りたたみピザ片手に脱走者はテレビのある一角へ近づく。
その矢先、首謀者はヘッドホンを勢いよく取り外し、勢い良さそうに優しくソファに置いた後、彼はつぶやいた。
「……あの異世界ではもうとっくに放送されてると知って観てみたが、後悔したぜ……馬の作画がヘナヘナだわ、アクションが止め絵演出だらけだわ、先生に粉微塵にも似せてねー絵柄だわ……ダメダメにもほどがある。
極めつけには何だあの声優陣は? どいつもこいつもアイドルかぶれの新人って商業路線が露骨すぎるだろうがよ……
特にリンゴォにまであんなヒョロヒョロの声当てたのにはプッツンきたぜ……ゲーム版の安元か、いっそのこと山路をキャスティングすればいいのになァ~~……」
「……何ブツブツ言ってるんだ、首謀者」
首謀者はテレビの電源を切って、脱走者に目を見て、
「お前には理解できないさ」
「うん、そういうと思った」
「どうしてだ。どうして俺の次の台詞が読めた? この六人の中で一番バカっぽいオメーが」
「一番バカっぽいのは……まぁ、そうかもしんねえけど! お前に言われたくはねえよお前には!」
「そこは認めてくれるんだな。だがどうして俺にこう言われたくないんだ?」
「初めて集まった時にコバヤシに銃を突きつけたりとか、初任務のあの世界で、自分は戦わずに、敵と敵を潰し合わせて戦うような……何か、ほら?」
「信用できないし弱そうだから、自分の仲間として『不適』とでも言いたいのかね?」
「そうだ、それを言いたかったんだ! そういうお前のろくでもなさそうな雰囲気が、アタシは嫌いなんだよ」
「……ふーん、そうか。じゃあこれ座れ」
と、言いながら、首謀者はソファに付属していたクッションを、脱走者の足元に投げる。
脱走者は何らかのトラップが仕込まれてないかどうか押して確かめた後、そのクッションを挟んで地面に座る。
「『前提』として言っておく。今から俺が話すのは、子どもの遊びみてーなレベルのモンだ。だからその四つ折りピザも『食いながら』でいい」
「お、おう」
お言葉に甘えて、脱走者は四つ折りピザを一口噛みちぎる。
「まずお前に聞く。『ステイサムとキアヌはどっちが強い』と思う?」
「……え?」
脱走者の頭の中にこの二つの言葉は今まで存在していない。
だから彼女は、なんとなく、強そうな方を選んで答える。
「じゃあ……ステイサムで」
「ほう、ステイサムか。もし立場が逆だったら俺もそう答えると思う。彼は元水泳の飛込競技の選手だし、デビュー前はマジモンのストリートの人間だったらしいからな……」
「そうなのか。じゃあアタシ、正解?」
「……だが」
「だが?」
「もしも二人が電脳空間で戦った場合は? もしもステイサムがキアヌの愛犬を殺していたら? 今度はどっちが強いと思う?」
このタイプの質問なら、きっと逆転するんだろうな。という安易な推察で、脱走者は答えた。
「今度はキアヌじゃねえの?」
「そうだ。この条件がついたらキアヌが勝つ」
首謀者はフォークを皿の中で回し、パスタ麺にからむ黒色を均一にしながら語る。
「つまりはそういうことだ。俺たちの能力はバラバラで、それぞれに最適なシチュエーションがある。
だから厳密に言えば、俺たちに『強い』『弱い』の概念はない。
脱走者、お前にはお前の活躍が、俺、首謀者には俺なりの活躍があるのだ……」
「……なるほど、言いたいことの雰囲気はなんかわかったわ。お前結構イイこと言うじゃねえ……」
「だが実際には、俺には誰も敵わないという確固たる自信があるのだがね」
そして首謀者はは巻き上げたパスタを口にして、「ンまい!」と感嘆した。
「やっぱ信用できねぇコイツ!」
その時、このテレビ鑑賞スペースに、コバヤシがやってくる。
「丁度よかった、脱走者、首謀者。次の世末異世界到着まで、二十四時間を切ったから、そこについてのミーティングを行う。他三人を呼んでくるまであの丸テーブルに待機しろ。もちろん昼食はそれまでに片付けておくように」
「あーい」
「いいとも」
二人はスペースを離れて、一旦丸テーブルに着席し、急ぎ気味に各々のご飯を食べていく。
「……」
その二人の前で、戦死者は目線を真正面に固定したまま、じっと座っていた。それも二人が来る以前からそうだった。
「そう言えば、コイツもなかなか信用できないんだよなぁ……」
「それは同意するぜ」
*
4Iワールドエンフォーサーズの次なる標的となる世末異世界は、『ハークズカレッジ』。
ハーク大陸という大地の上で、全ての魔物を束ねる魔王に対し、勇者を養成する『学園』の生徒たちが人類の存続をかけて戦い続けているという異世界だという。
「今回の指定破壊規模は、魔王と学園、それぞれに与する勢力の壊滅。
想定される敵の抵抗手段は、剣や槍などの構造がシンプルな武器、もしくは、魔法だ」
帰還者は質問する。
「この異世界が世末カテゴリに入ったのは何でだ?」
「私が持っている資料には『累計二十年の戦争状態の持続に連動し、社会状況が著しく悪化しているため』と概要がある。
この後、固有用語や人名が頻出する長文が出てくるが……私としては、君たちなら行ってその目で確かめた方が早そうだが」
「じゃあいい。導入は短い方がいい」
立て続けに簒奪者が手を挙げて、コバヤシに尋ねる。
「魔法とはどういう武術のことかね?」
するとコバヤシではなく、同じくテーブルを囲んで座っている使役者が答える。
「何も無いところから火とか雷とかをいろんな形で出したり、人や生き物を強くしたり弱くしたりするものですわよ?」
「なるほど、つまり僕の力と似たようなものか。けどそれとこれとじゃ何が違うんだろうね?」
「異世界の違いだ」
コバヤシは簒奪者に返した後、説明を続けた。
「ちなみに今回は破壊活動を円滑にすべく、君たちにはこの世界のパーティーに扮してもらう?」
「ぱ、パーティー? サーモンとかポテトサラダとか出してくれるのか?」
「私は『パーティーに扮してもらう』と言ったつもりだがな、帰還者。
このハークズカレッジにおけるパーティーと言えば『勇者を中心に冒険する人の集団』のことだ。
君たちはそのパーティーに扮して、自分たちなりに魔王と学園の両方を潰してほしい」
「つまり俺たちは次の任務先でまとまって動けってことか……なんでそんなくどいことをするんだ? こないだみたくバラバラで動いた方が早いだろ」
「それを承知の上で私は君たちにこう言っている。今後の任務ではメンバーの共同作業も必要になってくる。
自然にその世界で活動させるためという狙いもあるが、今回は君たちにその予行練習をしてもらいたい。それが一番の理由だ。
何か反論でもあるか、帰還者?」
「……ねえよ。悪い、話の腰を折って」
今度は脱走者が手を挙げた。
「質問いいよな。そのさっきからちょくちょく聞こえてる勇者ってのもあれか、その異世界のキーワードみたいなもんか」
「他のまともな異世界でもよく使われる言葉だが、固有用語と言えばそうだ。
勇者とは、魔王や邪神などの邪悪な存在と戦う使命を背負ったもの。もしくは、武器と魔法の両方を使う役目のことだ。これも他の異世界での意味とほぼ同じだが。
ちなみにこの世界では後者の役目全般のことを【ジョブ】とも言うが、あまり気にしなくていい。
このハークズカレッジではさらに、勇者はパーティーの指示役の務めを担うとされ、一パーティーにつき必ず一人必要と法律で定められているという。
当然、今回の任務では君たちの内、誰か一人にそれを担ってもらう
その誰かとは……」
コバヤシは一つため息をした後、冷ややかな目をして、
「首謀者、今回は君に勇者、つまりリーダーとして、他五人を率いて任務に当たってもらう」
六人の視線を集めた首謀者は、一度天井を見上げた後、正面を向いて得意げに笑う。
「だろうな」
【完】




