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3・3 怒るお父様

 謁見室を出て廊下をいくらも行かないうちに、怒り顔のお父様に出くわした。

 私が陛下に呼び出されたと知って、大急ぎでやって来たという。


「ラウラ、大丈夫だったか」

「もちろんです。不愉快ではありましたが」

「未成年を大人ふたりが呼び出して、密室で自分たちの都合のよい状況にしようなぞ、見下げた行為だ」 


 私を先導していた侍従長が、気まずげに目を伏せる。


「治世に女神デメルングの化身と精霊姫が同時に現れたからと、高慢になっているのではないか」

「私が悪いのです。認めてもらいたい一心で、唯々諾々と従ってきましたから」

「お前の恋心を利用した向こうが悪い」


 お父さまは、謁見室のほうを睨む。

 だけど陛下たちには、そんな考えはなかったと思う。ただ、私という存在が都合がよかっただけ。


「陛下に『そんなに不満が溜まっていたなら、もっと早くに教えてほしかった』と言われました」

「あの精霊姫が現れて以降、コンラッド殿下がお前をどれほどひどく扱っていたか知っているだろうに、よくもそんなことが言えたものだ。二年半。二年半もだぞ!」


 本当に。私もどうしてそんなにも長い間、彼がいずれ戻って来てくれると信じていたのかしら。


「王妃教育と殿下の尻拭いをした時間と労力を返してもらいたいぐらいだ」とまだ怒っているお父様。

 たぶん、これを伝えたらもっと怒るわね。

「お父様。コンラッド殿下との婚約を解消するなら、第二王子殿下と婚約をしてほしいとご夫妻に頼まれました」

「は!?」

 お父さまの表情がいっそう険しくなる。

「オリヴァー殿下とか!? なにをバカなことを!」


 第二王子オリヴァー殿下はコンラッドや私の二歳下で、本来なら王立魔法学校の一年生だ。けれども現在は隣国シャルンホルストに留学している。


 当初はあちらの王太子殿下と我が国の王太子――つまりコンラッドが、今年度だけ交換留学するという話だった。けれどアドリアーナから離れたくないコンラッドが『守りびと』であることを理由に、弟に身代わりをさせたのよね。


 王太子と第二王子では格の差があるから、少しでも釣り合わせるために、私の弟が第二王子殿下とともに留学している。


 第二王子殿下はコンラッドと違って、優しく穏やかな人だ。政略結婚の相手としては悪くないけれど、すでに婚約者がいる。

 陛下たちはどうしても、女神デメルングと相似した私を、王族に迎え入れたいらしい。でも、さすがにこれは酷いわ。オリヴァー殿下と婚約者は、相思相愛の仲だと有名なのだから。


「それで、ラウラはなんと答えた」とお父様が尋ねる。

「もちろん、お断りしました。私もイヤですし、オリヴァー殿下も可哀想ですから、と」

「ああ。それでいい。陛下にはあとで抗議しておく。今日は共に帰ろう」


 お父さまは貴族院の議員をしている。今日はその関係で登城していたみたい。そのほかに公爵領の領主としての仕事と、複数展開している事業の仕事とがあって、とても多忙なのよね。

 だけれどいつだって、私や領地に残っている母、留学中の弟のこともとても気にかけてくれている。家族思いの素敵な父親なの。


 お父さまだけじゃないわ。お母様も、弟のルーカスもみんな優しい。うちは家族仲がいいと思う。

 私はそんな家族を悲しませたくない。だから絶対に、悪役令嬢として破滅する未来は回避するわ。


 幸い、私が悪役令嬢として本領を発揮をするのは、これから。今から対策をすれば、十分回避できるはず。


 問題は、私を殺す人間との縁が切れていないこと。これさえ切れれば、安心できるのだけど――


 ふと、窓から見える中庭に、近衛騎士が集まっていることに気がついた。なにをしているのか、隊列を組んでいる。その端には数人の見習いが並んでいて、エメリヒの姿もあった。

 彼の髪は珍しい銀色だから、遠目でもすぐに彼だとわかる。


 足を止めて、様子を伺う。

「ラウラ、どうした?」と、尋ねたお父様は私の視線の先を見て、「ああ、同級生がいるのか」と言った。

「彼を見ていたのではないですわ、お父様。珍しい光景だなと思っただけです」

「あれは、近々行われる秋の園遊会関連だな」

 言われてみれば秋の園遊会では毎年、近衛騎士が見事な隊列移動を披露する。

「練習は過酷らしい。見ていくか?」


 いいえ、と答えたものの、ちょうど動き始めた近衛騎士たちから目が離せない。エメリヒも見習いとは思えない動作で、颯爽としている。正騎士と比べてもまったく遜色がない。


「ギュンター家の次男坊だったな」とお父様。「学校を卒業してから見習いになっても構わないのに、自ら過酷な選択をしたとか。なかなかに剛の者だ」

「……」


 そういえばマンガで、エメリヒの事情が描かれていたわね。確か七歳年上の兄と折り合いが悪く、学校を卒業したらすぐに公爵家を出たいと考えているというものだった。


「彼のことはよく知りません。一度も同じクラスになったことがありませんもの」

 そう。ふたクラスしかないのに、三年間でただの一度もない。だけどそれはエメリヒだけじゃない。コンラッドともアドリアーナとも、もうひとりの同じ学年の『守りびと』ともだ。


 絶対に、コンラッドがそうなるよう学校に働きかけているのよ。あまりに不自然だもの。


 マンガのことを思い出した今となっては、違うクラスでよかったと思う。

 アドリアーナとコンラッド、それからエメリヒには極力関わりたくないから。

 だけど――。


 私の左小指から伸びる赤い糸は、廊下の床を伝ってどこかに伸びている。近衛騎士はだいぶ遠くにいるから見えないけれど、糸はきっとエメリヒの小指に繋がっているのだわ。

 どれほど離れても、運命は切れないらしい。


「ああ、そうか。きのうラウラを助けてくれたのが、彼か」

「ええ。でも、精霊姫を守ったついでです」

「ふうん?」


 きのう助けてもらったときの、彼の焦った顔を思い出す。


 ――私も、あんな風に心配してくれる人がほしかった。

 アドリアーナをイジメず、悪役令嬢のポジションから降りれば、そんな人に巡り合えるかしら。


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