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2・3 脳筋オバケとアザ

「まあ、お嬢様! こちらはどうされたのです!」

 私の服を脱がせてくれていたメイドのリタが叫んだ。まるで恐ろしいものでもみたかのような顔で、私の脇腹を注視している。

「お嬢様の柔肌が!」と震えるリタ。


 身をよじって彼女の視線の先を見ると、脇腹が青く変色していた。気味が悪い。

「伝染病かしら……」

 恐ろしさに、鼓動が早まる。

「違いますよ!」とリタが顔を横に振った。「これはアザです」

「アザ?」

「はい。――ひっ!」背中側に回ったリタが悲鳴をあげた。「お、お背中にも酷いアザが! いったいなにがあったのですか?」

 背中と言われて、図書館でのことを思い出した。

「ああ、アドリアーナの本だわ。ならば」脇腹を見る。「こちらは――」


 きっと、エメリヒに掴まれたあとね。

 階段から落ちかけたとき、彼が私のこのあたりをがっしりと支えてくれた。驚いていたからよく覚えていないけれど、思い返してみれば、強く掴まれていたような気がする。


 一連のことを説明すると、リタは大仰にほっとした態度を見せた。

「ギュンター公爵令息様にはお礼をしなければなりませんね。もしお嬢様がお怪我をなさっていたらと考えると、リタは震えが止まりませんよ」

 それから彼女は、あとで打ち身用の軟膏を塗りましょうといって、着替えを再開した。


◇◇


 リタの足音が遠ざかるのを確認すると、ベッドから起き上がった。

 ランプに魔法で火を灯し、壁際に置かれた鏡台の前に立つ。夜着を脱いで、裸体を鏡に映す。


 右の脇腹に、いびつな青いあざがある。よく見れば、細長い。指のあとなのかもしれない。


 リタは

「お嬢様を落とさないよう、必死に支えてくれたからでしょう」と言っていた。

 でも本当に?

 どさくさに紛れて、私に暴力をふるったということはない?

 だって、あのエメリヒなのよ。私のために必死になるとは思えない。焦ったような表情はしていたけれど。


 夜着をもとどおりに着て、スツールに腰かける。


 どう考えても、必死だったとは思えない。

 でも、書物が私に当たる前の位置関係を考えると、エメリヒは相当急いで階段を駆けおりなければ間に合わなかったはずなのよね。

 それに今回ばかりは、悪意があったようにも感じられなかった。


 それよりは、加減がわからない脳筋オバケでこうなったというほうが、しっくりくる。


「きっとそれね」


 ひとりごちて、うなずく。

 私を抱きとめたエメリヒは、とてもがっしりとした体躯をしていた。騎士見習いなだけあって、鍛えているらしい。

「そうだ。きっと私が転落したらアドリアーナの責任になるから、助けてくれたのだわ」


 きっとこれが正解ね。

 だとしたら、お礼は必要ないのでは? 渡すべきはアドリアーナよ。エメリヒも私からもらっても、困るはず。


 サイドボードにはリタが用意した、茶葉の詰め合わせセットが置いてある。国内ではロンベル家だけが取引をしている外国の卸商から、買い付けたものだ。とても貴重で、貴族社会での人気は高い。


 品物としては喜ばれるだろう。だけど送り主が私では、毒でも入っているかもしれないと疑う可能性がある。なにしろエメリヒは『七人の守りびと』の中で、コンラッドに次いで私を毛嫌いしている人だもの。


『七人の守りびと』はその名のとおり、精霊姫を守る役割のひとたちだ。教皇が受けた神託によって決まる。

 だから彼らは『神によって選ばれた』との選民思考が強く、誇りも高い。良くも悪くも、自分たちが正しいという信念がある。

 そもそも精霊姫自体が、とても貴重で尊い存在なのよね。


 精霊姫とは精霊王に愛されている女性で、存在している限り、我が国は精霊の祝福を無条件で与えられると言われている。精霊姫自身も、彼女にしか使えない『精霊力』を持っている。


 だけど精霊姫の出現は、百年にひとりいるかどうかという確率だとか。

 存在するだけでありがたい。しかもそれだけでなく、国王にとっては、良い治世だと精霊たちに認められたという証にもなるらしい。


 これだけ稀有な存在だから、当然様々なものに身を狙われる。

 それらから彼女を守るのが『七人の守りびと』というわけだ。


 今回の守りびとはどういうわけか、精霊姫と歳が近い男性が多い。おかげで現在は七人中の五人が、学園の生徒だ。残るふたりのうちひとりが、学園の教師。もうひとりは近衛騎士で、アドリアーナの専属護衛としてつねにそばに控えている。


 そして七人全員が、アドリアーナに恋をしている。

 なにしろ彼女は、美少女で性格も素晴らしい。どんな男性だって魅了されてしまう――というのが、マンガの設定だった。


 輝く豊かな金髪に白い肌、青い瞳。永久凍土ですら溶かしてしまいそうな、愛くるしい笑顔。

 アドリアーナはまるで天使のようだ。

 それに比べ――

 

 鏡の中の自分に目を移す。

 美しくはある。

 だけど愛されるのは、アドリアーナだけ。


 私からお礼の品をもらっても、エメリヒは困るはず。

 それに普通に学校生活を送っていると、エメリヒに会う機会はない。彼のクラスまで出向く必要がある。だけどそこにはコンラッドやアドリアーナがいる。正直なところ、行きたくない。

 とはいえ公爵令嬢として、不調法をするわけにもいかない。


「困ったわ」


 そうだ。誰かに代わりに渡してもらえばいいかもしれない――




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