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15・5 満月の奇蹟

 固唾をのんで、私の言葉を待っているヴィクター。

 私の中は、怒りがうずまいている。

 けれどそれはおくびにも出さないで、告げてやる。


「こんな簡単なことも、お気づきになりませんの」

 ヴィクターは顔をしかめたけれど、なにも言わなかった。


「私やロンベル家、フォルトナー家、それから我が国の王家。すべてを消し去ってしまえば、あなたを破滅させる者はいなくなりますわ」

「そんな不可能な……」

「まあ。その程度の実力で、私たちにケンカを売りましたの? ずいぶんと愚かですわね」


 フンと鼻で笑う。

 嫌味を言うのは得意だったもの。いくらでもヴィクターをイラつかせる言葉が出てくるわ。

 ヴィクターは顔を真っ赤にして、

「いいのか? エメリヒ・フォルトナーの状態は私の一存にかかっているのだぞ!? いくら魔術師を脅しても私の命令しか聞かぬ!」と叫んだ。

 だから私は、

「あなたの命運を握っているのは、私よ」と低い声で言い返す。


 それから、おもむろに立ち上がった。

 ヴィクターを見下ろし、

「時間切れね。せっかく選択肢をあげたのに、愚かなこと」と言って背を翻した。


 ガゼボを出る。

 冷たい風が吹き抜け、スカートを大きく揺らした。足を止め手で押さえる。

 背後に、気配を感じた。

 次の瞬間、首に手がかかり、締め上げられる。


 カハッと喉がなった。

 けれどすぐに鈍い音と共に手は離れた。距離をとって、振り返る。


 地面にヴィクターがうつぶせに倒れ、その足元にはエメリヒが険しい表情で立っていた。

「死んでない?」と尋ねると、

「気絶しているだけだ。首筋に手刀をいれた」と彼が答える。

「ラウラさまぁ」と、植木の陰から涙を浮かべたアドリアーナが出てくる。

 ケストナー先生と銀の盆を持ったマクシムさんも一緒だ。

 それから近衛騎士たちも、わらわらと姿を現した。


「心配しないで」とアドリアーナに向けて微笑む。「エメリヒがすぐに止めてくれたから、たいしたことはないわ。それよりケストナー先生。映像記録はとれましたか?」

「ばっちりだ」と先生は、手にしていた鏡を掲げた。

「殺人未遂の証拠だ。これで完全に社会的に抹消できますね」とマクシムさんが良い笑顔で言う。

「でもぉ、こんな危険なことは、二度としないでくださいよ……」

 私に抱きつくアドリアーナ。

「わかったわ」と答えながら、彼女の背中をよしよしした。


 一応これでも、きちんと考えた作戦なのよね。ヴィクターは魔法があまり得意ではないことは、アルバンから教えてもらっていた。そのうえで、ガゼボ周辺には魔法を無効化する術もかけてある。

 それよりも――


「エメリヒ。具合は大丈夫?」

 彼は私がこの計画を話したら、自ら私の護衛役を買って出てくれた。けれど状態異常は、まだ続いているのだ。

「ああ。やはりペーパーナイフのおかげのようだ。あれを身につけてから、落ち着いている」

「普通に買った文具なのだけどね」


 そう答えてから、ヴィクターを見下ろす。

 エメリヒの術は解きたい。けれどそのために、この最低な男の罪を軽くするのは絶対に嫌。


「さあ、次よ。魔術師を脅しにいきましょう」


◇◇


 エメリヒと私はふたりだけで、魔術師が捕らわれているリンネル様の部屋に向かう。日が落ちてきて、空は燃え上がるような橙色をしていて、美しい。

 けれどこんなに素敵な空の下にいる彼と私の間には、微妙な距離がある。

 悲しいけれど、大丈夫。赤い糸は繋がっているもの。絶対に彼を元に戻すわ。どんな手を使っても!


「ラウラ嬢」とエメリヒが遠慮がちに声をかけてきた。

 足を止めて、「なにかしら」と尋ねる。

「やはり、気になる」彼はそう言って預かった銀の盆を左手だけで持つと、反対の手で懐からペーパーナイフを取り出した。「これにかかっている魔除けの魔法はなんだ?」

「文様に効果があるのかしらね」


 リンネル様もひどく興味があるようで、エメリヒの件が落ち着いたら、調べたいと言っていた。


「ラウラ嬢は俺にこれをくれる前に、なにかしたか?」

「あなたを守ってねと祈りながらラッピングをしたけど、それだけよ」

「これのあるなしで、俺の体調が全然違う」とエメリヒ。「精霊姫には、彼女だけが使える魔法がある。一方で、女神デメルング様は教皇様の夢の中で、君を『愛し子』と呼んでいる。ラウラ嬢にも特別な力があるんじゃないか?」

「まさか。今までそんなことはなかったわ」


 エメリヒはペーパーナイフをしまうと、銀の盆の蓋をとった。中には見るのも痛ましい、依り代が入っている。


「これに同じようにしてくれないか」

「イヤよ! なにが引き金になって、あなたの精神を壊すかわからないのよ?」

「覚悟の上で、言っている」


 エメリヒの表情は真剣だった。射殺すような目つきで、私を見ている。


「俺は治りたい」

「……そう思ってくれるの?」


 私のことなんて、好きではないと感じているのに?

「食堂で君は、涙を浮かべて絶望した顔で俺を見た。赤い糸が俺に繋がっていると知ったときと同じだった」


 視界の端では、赤い糸が揺れている。

 

「俺は」エメリヒが眉を寄せる。「君にあんな顔をさせてしまった自分を、許せなく感じている。だから、術にかかっているのなら解きたい。怪しい術を使う異国の魔術師より、ラウラ嬢のほうが信頼できる」

「……わかったわ」


 エメリヒがそう望むなら。

 私も、魔術師を信頼できるかと言われたら、いいえと答えざるをえないものね。覚悟を決めるわ。


 依り代人形を取り、両手で包み込む。

 紫色の糸でかがられた目を見つめ、

「お願い。エメリヒを守って」と思いを込めて願う。


 すると依り代のもとに、空からたくさんの金色の光の粒がさらさらと降って来た。

「なにこれ!?」

 天を仰ぐ。

 橙色の空の中に、うっすらと白い満月が見える。光はそこから落ちてくるようだった。


 手の中の依り代が震えだした。

 慌てて視線を落とすと、胸部に深々と刺さっている長い針が小刻みに動いている。

 そして少しずつせり上がり、しまいには完全に抜けて地面に落ちた。

 金の粒子が依り代を包み込む。あまりの輝きに、その姿は見えなくなった。

 固唾をのんで見守っていると光は徐々に弱まっていき、やがて完全に消えた。


 エメリヒを見ると、彼は手で額を押さえながらまん丸な目で私を見ていた。

「……どう?」

「……ラウラ。好きだ。好きな気持ちがある。愛しくてたまらない!」

「術がとけたのね!」

 エメリヒに抱き寄せられる。


「傷つけて悪かった。守ると約束したのに、酷い言葉を浴びせてしまった」

 苦し気な口調。

 彼の背に手をまわし、よしよしする。


「辛かったけれど、私は大丈夫よ。あなたを信頼しているもの」

「ラウラ。ありがとう」

「違うと思うわ」


 エメリヒをぎゅっと抱きしめる。


「お礼を言うのは私。エメリヒが何度も真剣な言葉をくれたから、私はあなたを信じられる。ありがとう、エメリヒ」


 彼を好きになるのが怖かったのが、嘘のよう。

 私はエメリヒを大好きだし、彼も私を大切にしてくれると信じているわ。

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