15・4 交渉
「こんなところに呼び出して、デートのお誘いですか?」
やって来たヴィクター王子が微笑む。
王宮の裏庭にあるガゼボ。初冬に訪れるような場所ではないけれど、そのぶん周囲にはひとけがない。
魔法で温度を調節できればいいのだけどそれは難しいから、代わりに小さな火鉢が端に置いてある。パチパチと火がはぜる音が、私の心を落ち着かせてくれる。
「密会っぽくて、いいな」と言って、彼は私の左隣りの椅子にすわった。「アルバンは好みじゃなかったのでしょう? 彼は尊大だものね」
体の向きを少し変えて、ご機嫌らしい彼を真正面から見据える。
「単刀直入に申し上げます。エメリヒ・フォルトナーに掛けた魔法を解いてください。その代わり、私はあなたと結婚しましょう」
「嬉しい申し出だけれど、意味がわからな――」
「とぼけなくて結構です。時間の無駄ですから」
強い口調でヴィクターの言葉を遮る。
「あなたは彼の変わりようが魔法だとバレない自信があったのでしょうけど、愚かとしか言いようがありませんわ」
制服のポケットから小さな手鏡を出して、卓上に置く。鏡にはひとりの女性の姿が写っている。
「こちらは昨日、彼に接触した女性です。我が国の魔術師が、過去を映し出す魔法で映像化しました。この方は、変装していますが、あなたの侍女ですよね」
この証拠はケストナー先生が用意してくれた。しかもリンネル魔術師が当該侍女の映像も用意して、両者の体格や目鼻立ち、歩き方や仕草が一致することも証明してくれた。まるで前世の世界の科捜研のように!
「あなたは私を連れて帰国しないと、王太子から降ろされるとか」
これは以前、お父様が調べてくれたこと。貴族の勢力図が変わったせいで、彼の立場は危ういらしい。しかも国はここ数年、異常気象や内乱などが立て続けに起こり国力が衰えている。そのせいで国王は、水盤が示した吉兆に固執しているそうだ。
「今も母国から、だいぶ厳しく成果を求められているのでしょう? それにあなたの侍従の中に、魔術師がいらっしゃるとか。我が国に提出いただいている随行員名簿には、そのような記載はないようですけど」
これらは、アルバン情報。
「ですから、誤魔化しは結構。我が国の最高の魔術師をもってしても、エメリヒに掛けられた術はとけないそうです。そして、あまりに強力すぎて、いずれ彼の精神は崩壊してしまうとか。彼がそんな目に遭うぐらいなら、私はあなたの妻になります」
「……そう」と言って、ヴィクターは微笑んだ。「それを信じていい証拠は? 解いたとたんに、約束を反故にされたら、かなわない」
「先に結婚で構いません。今すぐでも」
「へえ?」とヴィクターは目をみはった。
「父の承諾も得ています」
彼の顔から笑みが消えた。真剣な表情で私をみつめている。私の話に乗るかどうか、考えているのだろう。
「本当は、あなたをじらしつつ、エメリヒの魔法を解くつもりでした。でも不可能だと言われたので、作戦を変えたのです。さあ、どうしますか? 私の提案を受け入れるか、受け入れないか。前者のほうが、ましな破滅になりますわ」
「破滅?」とヴィクターがまばたく。
「ええ。あなたは私の大切なエメリヒに手を出したのですもの。無事に済むはずがないでしょう?」
にっこりと微笑んでやる。悪役令嬢らしく、高慢に。
「彼を元に戻してくれたなら、あなたの妃としてお国へ輿入れしてさしあげます。その上で、あなたが王太子でいられなくなるよう、あらゆる手をつくしますわ。戻してくださらなかったら、それにプラスして国が混乱し国民の憎悪があなたと王室に向くようにしますの」
「……そんなことがただの令嬢にできるはずがない」
ヴィクターの顔がひきつっている。
「あら、私を見くびっていらしたのですね。私は大切な人のためならば、倫理もモラルも捨てられますの」
なにしろ悪役令嬢なのだから!
「それに協力者もたくさんいますしね」
お父様はもちろんのこと、アドリアーナと守りびとたち、フォルトナー公爵。それから国王も、私を国外にとられるのは許せないからとの理由で、助力してくれる。
「さあ、選択なさってくださいな。徹底的な破滅と、命ぐらいは助かるだろう破滅。どちらがよろしいかしら?」
「……バカバカしい。昨日彼と接触した女性が私の侍女だったとしても、それが彼の変心の原因の証拠とはならないじゃないか」
ヴィクターの口調はガラリと代わり、強かったけれど表情は強張っていた。
「依り代を使っているそうですね?」
ヴィクターの頬がピクリとした。
「かなり珍しい上に、複雑な術だとか。エメリヒに直接状態異常の術を掛けられなかったからでしょうけど、失敗しましたわね」
再び、凄みを感じさせる微笑を浮かべる。
「魔力感知で、エメリヒから依り代をたどれますのよ?」
「まさか」ヴィクターはほっとしたのか、表情をゆるめた。「依り代魔法にそれほどの痕跡が残ることはない。はったりは無意味だよ」
「お忘れかしら。彼は守りびと。精霊姫もたいそうご立腹で、精霊王のお力をお借りしたのですよ」
ヴィクターが青ざめる。
だけど、こんなものでは済まないわよ。
整然と整えられた植木の間を、アドリアーナとマクシムさん、ケストナー先生がやって来る。
ということは、時間稼ぎはもう終了ね。
三人は私たちの元まで来ると、ケストナー先生が手にしていた蓋つきの銀の盆を卓上に置いた。
ヴィクターを見据えながら、私が蓋をあける。
それと同時に彼は息をのんだ。
中に入っていたのは、エメリヒの依り代だ。彼にそっくりな人形で、銀の糸で髪を、紫色の糸で目を刺繍し、学校の制服を着ている。その胸に長い針が刺さっていて、リンネル様から聞いていたもののあまり痛ましい様子に手が震えそうになる。
けれど、ここで弱みを見せてはいけない。毅然とした態度でのぞまないと。
「どうして……!」とヴィクターが小さく叫んだ。
「おわかりにならない? あなたをここへ呼び出したのは、依り代を奪う邪魔をさせないため。侍従や侍女では、我が国の王命には逆らえないでしょ?」
「精霊王はお怒りです」とアドリアーナが震え声で言い放つ。「あなたの国は、ますます幸運を逃すことでしょう」
私は鷹揚にうなずいた。
「それから、ラウラ様」とアドリアーナ。
「どうしたの?」と彼女を見上げると、彼女は懐からもうひとつの人形を取り出した。
女子の制服を着て、黒髪に金の瞳。
「私にも術をかけるつもりだったのね」
「最低だわ」とアドリアーナ。
ヴィクターはなにも言わずに、私をにらんでいる。
「それではロンベル公爵令嬢。こちらは保管に回します」とケストナー先生が言い、三人はふたつの依り代を持って来た道を戻って行った。
「おわかりになりましたよね? 言い逃れはできませんわ。さあ、選択してください。エメリヒの魔法を解くのか、解かないのかを」
ヴィクターはなおも無言で私をにらんでいる。
どうするのが最適かを必死に考えているのかもしれない。
「お悩みならば、破滅をまぬがれる選択肢も差し上げましょうか。予想がつきますかしら」
彼の表情が動いた。狡猾な目つきになった。
「彼が元の状態に戻り、私は君を得ることなくここを去ることだな?」
すごいわ。ここまできてもまだ、言質をとられないように言葉に気を使っている。
悪あがきにもほどがあるわ。
「私がそんなに寛容だと思いましたの? エメリヒを傷つけられたのに、あなたを見逃すはずがないではありませんか」
「ではその選択肢はなんだ!」
ヴィクターが顔をゆがめて、ぎりぎりと歯ぎしりをする。
だから、私は最高に悪役に見えるように微笑んであげた。
明日のアップは2話。
完結します。




