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15・2 あせらせる作戦

 昼休憩の時間になり誰もいなくなった教室で、受け取った手紙を読む。


 公爵令嬢の身分や元王太子の婚約者の立場が、おおいに役立ってくれた。あちこちに連絡を取った甲斐があり、エメリヒについて幾つかのことがわかった。


 少なくとも昨晩までは、いつもどおりだったこと。

 昨日の王立騎士団との訓練で街に出たとき、困っている外国の女性を助けたこと。

 その際に軽い怪我をし、その女性が手当したこと。

 女性は名乗らず、去ったこと。


「どう考えても、この女性が怪しいわよね」


 エメリヒは魔法の感知ができるから、簡単に怪しい術にかかるとは思えない。

 とはいえ、昨日学校にいる間のエメリヒにおかしな点はなかった。ヴィクターやその他の不審者が近づいた様子もない。


 フォルトナー家でなにか起きた可能性もゼロとは言い難いけれど、確率的には絶対に女性のほうがクロだと思う。

 でも彼女を見つけるのは、きっと至難の技だわ。


「ラウラ?」

 かけられた声に目を上げると、アルバンがいた。

「ランチに行かないのか?」

「やらなくてはならないことがあるもの」

 彼は私の机の上に広げられたいくつもの便箋に目を落とした。それから、私を見る。


「食事はしろ。戦うつもりなら、体は万全に整えておかなければならない」

 いつもの、軽い調子の口調ではなかった。


「犯人はヴィクターに決まっている。エメリヒが公爵家の跡取りになったことに、焦ったのだろう」

「きっとそうね」と、うなずく。

 みんな、同じ考えだわ。私も、アドリアーナたちも、お父様も、フォルトナー公爵も。


「うちの人間がヴィクター陣営を調査している。だから落ち着け」

「……助けてくれるの?」

 うなずくアルバン。


「あなたとは結婚しないわよ?」

「わかっている」と彼は嘆息した。「本来なら、エメリヒなんぞ助けたくはないんだ。だがヴィクターがラウラを手に入れるのは、絶対に阻止しなければならない」

「なるほどね。彼が功績(・・)をあげると、あなたの立場がないのね?」

「そのとおり。元々向こうとこちらは、お互いに偵察しあっている。ロンベル家より、内部状況に詳しい。だから」


 と、彼は私に手を差し出した。


「食事に行くぞ。ラウラ。俺のエスコートを受けろ。そうすればヴィクターもあせる」

「お礼はなにが必要?」

「卒業パーティーでのファーストダンス」アルバンは微笑んだ。「と、言いたいところだが、エメリヒは許さないだろうからな。二番目のダンスでいい」

「そんなものでいいの? もっと政治的なものとか――」

「ダンスがいい。共闘だから、それくらいが相応だろ?」

「わかったわ」

 

 了承し、彼の手に自分の手を重ねる。


◇◇


 食堂にアルバンと共に入ると、ざわめきがピタリと止んだ。

 たくさんの生徒たちが私たちに注目している。

 きのうまでエメリヒと共にいた私がアルバンと手を重ねているから、驚いているのだと思う。


 私が心変わりをしたと考えている人も多いに違いない。けれど、どんなに後ろ指を刺されたって、今は構わないわ。犯人に、思い通りにはいかないことを知らしめるためだもの。


 食堂は前世の学食と同じようなシステムで、厨房にほしいメニューを伝えて、その場で受け取る。

 そのための列に並んでいると、どこからともなくヴィクター王子がやって来た。柔らかな笑みを浮かべているけれど、苛立っているのは明らかだった。


 私はアルバンとそっと視線を交わした。食堂に入る前に、友人が知らせに来てくれたのだ。ヴィクターが私を探している、ランチを共にとろうとしている、と。


「やあ、ラウラさん。騎士見習い君と破局したと聞いたのだけど」ヴィクターはそう言って、チラリと視線をアルバンに走らせた。「まさか、もう彼に乗り換えたわけではないですよね?」

「その『まさか』だ」とアルバンが私より先に答えた。「失恋の苦しみを癒してくれるのは、新しい恋だけだ。そう励ましたら、彼女は俺を選んでくれた」


「僕だって!」とヴィクターが私に迫る。「誰よりもあなたを愛しますよ。そんな節操のない男よりもずっと!」

「おっと、俺の(・・)ラウラに近づかないでくれるかな?」

 そう言ってアルバンは私を引き寄せた。

 

「なにが『俺の』です。どうせあなたは、『ヴィクターから守ってやる』と(うそぶ)いて、彼女の警戒心を解いたのでしょう?」

「同じセリフをお前が言っても、彼女は信用しなかっただろう。その差だね」

 アルバンは鼻で笑うと、私の頬に顔を近づけた。


 ――キスされる! 


 そう思った瞬間アルバンが遠のき、背後から誰かに抱きしめられていた。

 ふわりとシトラスが香る。


「なんだ? ラウラは俺にくれるのではなかったか?」とアルバンが首を傾げた。

 高鳴る胸を感じながら首を巡らし、私を捕えているひと――エメリヒの顔を見上げる。


 けれど彼は、苦しそうに顔をゆがめていた。


「あ……? 俺はなにを……?」と私のお腹に回していた腕をほどき、手で額を押さえるエメリヒ。

「エメリヒ……」

 術が解けたのではないの?

 膨らんだ期待がしおしおとしぼみ、視界が滲む。

 エメリヒはそんな私を見て、顔を強張らせた。


 私は再び、誰かに引き寄せられた。今度はアルバンだった。

「引っ込んでろ。お前が自分で手放したんだ。行こう、ラウラ。食事は友人に頼む」

 アルバンは彼らしくない冷ややかな声でそう言うと、私の手を取り食堂の奥へといざなった。

 今は彼に従ったほうが、きっといい。


 エメリヒは相手を射殺すような目で、私をにらみつけていた。




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