表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/52

14・4 エメリヒと素敵な夜

「こんな時間の外出を、ロンベル公爵が許してくださるとは思わなかったよ」

 エメリヒが微笑みながら、赤い糸の結ばれた左手で、私の手を引く。

 視界の隅に揺れるそれを捉えながら、

「それだけあなたを信頼しているのね」と、私も微笑み返す。


 まだ宵の口ではある。けれど、未婚の、それも婚約している間柄でもない男女がふたりきりで出かけるには、あまりよろしくない時間だ。もちろん、遠くには護衛が隠れてついてきている。でも、実質ふたりきりのようなもの。


 ここは王立植物園の、『夜の温室』。その名前のとおり、夜に咲く花だけが集められている。私は初訪問だ。昼に咲く花と違って香りが強いものが多いと聞いていたけれど、たしかに甘くかぐわしい香りが濃厚に漂っている。


 なんというか。とてもロマンチック。人口の灯は少なく、ガラスの天井を通して降りそそぐ月の光がメインだ。暗がりに浮かび上がる色とりどりの花は幻想的で美しく、まるでおとぎの世界に迷い込んだかのよう。


 しかも今日は貸し切りで、私たちのほかに人はいない。

 こんな素敵なデートがあるかしら。

 コンラッドに殺されかけたことや毒をもられていたことへのショックが、癒されていくのを感じる。

 私には、エメリヒがいる。私を大切にしてくれる、素晴らしいひとが。

 とても、幸せだわ。


 取るに足りない、だけど楽しい会話をしながらエメリヒと小道を進んでいたら、突然目の前が開けた。


 大きな水盤があり、中央には女神像が立っている。その肩に乗せた(かめ)からは豊かな水が流れ落ち、その場所から水紋が幾重にも広がる。

 私たちの頭上では満月が煌々と輝き、水盤にもその姿を揺らしながら映している。


「素敵……!」

「気に入ってもらえてよかった」とエメリヒが微笑む。「ラウラに大切な話があるんだ」

 なんのことかと驚いて彼を見ると、エメリヒは

「ロンベル公爵からお許しが出た」と言った。


 お父さまからの『お許し』。


「それって……」

 エメリヒはうなずくと、地面に片膝をついて私を見上げた。

「ラウラ。君を愛している。生涯君を大切にすると、赤い糸と女神デメルングに誓う。俺と結婚してほしい」

 思わず両手で口を覆うと、彼と私の間に赤い糸がピンと張った。

 胸が熱く、涙がぼろぼろとこぼれ出す。

 気の利いた返答をしたいのに、なにも思い浮かばず、


「はい」とだけ、必死に声を絞り出して答えた。

「ありがとう」と、エメリヒが嬉しそうに微笑む。

 それから彼は立ち上がると、そっと私を抱き寄せた。

 甘い香りの中に、シトラスの爽やかな香りが加わる。


「ラウラ」

 蕩けるような声音で、名前を呼ばれる。

「うん」と答えながらも涙とまらず、しゃくりあげてしまう。「私……すごく、嬉しいみたい」

「俺も」

「それにあなたが嬉しそうな顔をしていると、とても嬉しい」


 ふふっ、とエメリヒが耳元で笑った。

「うぬぼれてしまうな。俺、結構愛されているみたいだ」

「『結構』ではないわ、『とても』よ」


 私はエメリヒが好き。

 彼とずっと一緒にいたい。

 彼の腕の中は安心できる。満たされる。

 エメリヒがいない日々なんて、もう考えられないわ。


 彼の顔を見上げる。月の光に照らされてエメリヒの銀髪は輝き、菫のような瞳は深い色をしている。

 まるで彼こそが月の王みたい。

「私も、赤い糸と女神デメルングに誓うわ。エメリヒを愛してる。生涯、あなたを大切にするわ」


 エメリヒは嬉しそうに微笑むと、私の涙が止まらない目元に口づけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ