14.・3 エメリヒの謎の微笑み
コンラッドの件は生徒たちをひどく動揺させた。
近頃はメッキが剥げてしまっていたものの、彼はほんの少し前までは多少尊大でも、カリスマ性にあふれた王太子だと信じられていた。
それが自分より魔法が劣る令嬢に、魔獣を仕掛けるような卑怯なことをしたのだもの。
学校中が衝撃を受けて当然だと思う。
そのせいで当初は、私やエメリヒは腫物のように扱われた。仕方のないことだ。
けれどやがてはそれも収まった。
その理由のひとつが、エメリヒの養子縁組が成立したこと。
彼を見切ったと思われたフォルトナー公爵は、逆に気に入っていたらしい。
彼は王宮でお話した翌日に国王の了解を得て、養子縁組手続きを済ませてしまった。
だから今の彼は、エメリヒ・フォルトナー。ギュンター家から出て、フォルトナー家が持つタウンハウスへ引っ越した。おばあさまとお母様も一緒に。
おばあさまはフォルトナー公爵と再婚、お母様はギュンター公爵に離婚届をつきつけてのことらしい。
寝耳に水で、仰天した。だけどエメリヒのほうが私よりずっと、驚いていた。
おふたりはエメリヒには内緒でフォルトナー公爵と連絡を取り合い、話を進めていたみたい。彼が負担に感じないようにするためだったとか。
フォルトナー公爵家に入ったエメリヒは、卒業後に領地で次期当主としての勉強を、一年間しなければいけなくなった。
だけどそのあとは、好きにしていいという。都に戻って、騎士を続けるのも、問題なし。
なんという好条件なのかしら。
しかも、フォルトナー公爵は王族なので、養子に入ったエメリヒも王族の一員になった。
といっても、普通はそうはならない。
これには王家に伝わる言い伝えや、教皇が見たお告げが関わってくるのよね。
私と結婚すると思われるエメリヒを王族に迎えておけば、言い伝えを守れて凶兆も去り万々歳というわけ。王位継承権はないけれど、私にとってはそのほうが安心できる。エメリヒも同様の考え。
そして、エメリヒの王族入りは正式に王家から発表があった。だから生徒たちも社交界も、彼が王太子を攻撃したことは本当に不問にされたのだと、認識したのよね。
これによって、エメリヒと私の学校生活はもとのとおりに戻りつつある。
ただ、あまりに普通に戻ったので、淋しい気もする。
いつもコンラッドはアドリアーナのとなりに、当然のようにいたのだもの。その姿が見えないと、なにか物足りないというか、不安定というか。
彼のことは心底酷い人間だと思う。けれど全部夢だったらいいのに、と思う気持ちもある。
そう感じるのはアドリアーナ本人もらしい。はっきりとは言わないけれど、色々と後悔していることがあるみたい。
彼女が今好きなのは、騎士のマクシム・ドコーさんだという。だけど片思いだとか。
アドリアーナはこの恋を諦めると言っている。それはきっと、コンラッドに対しての罪悪感によるものなのだと思う。
その気持ちはわからなくもない。彼があんなことになったのに恋愛を謳歌できるほど、アドリアーナは図太い神経ではないもの。
◇◇
「俺は罪悪感なんてゼロだ」
そう言い切ったエメリヒはかなり憤慨している。
ロンベル邸の応接室。彼は私の隣に座って、ずっと頭から湯気が出そうなほどに怒っている。
「あいつが、あれほどのクズだったなんて。なぜ何年も気づかなかったのか。自分への怒りしかない」
彼は昨日、フォルトナー公爵から聞いた話に、腹を立てているのだ。私もお父様から知らされたときは、あまりのショックに倒れるかと思った。
私が前世を思い出すきっかけとなった原因不明の不調。なんとあれは、コンラッドが仕組んだことだったらしい。彼に余罪がないか調査している中で、側近が白状したという。
私のお小言がうるさかったからという、ただそれだけの理由で、飲み物に遅効性の軽微な毒を入れたのだとか。私が王宮で、彼の仕事を肩代わりしている最中に。
死に至るものではなかったとはいう。けれど、憂さ晴らしのために、婚約者にそんなものを飲ませる人間がどこにいるの?
お父様も激怒している。だけど、私は――
「でも、この件は口外しないでね」とエメリヒに頼んだ。
「どうして?」と私をにらむエメリヒ。
「だって、あまりにみじめすぎるもの。世間に知らせたくないの。お父様にもそうお願いしたわ」
エメリヒの視線が和らぐ。それから、丁寧に私を抱き寄せた。
「ラウラがそう感じる必要はない。でも、どうしても感じてしまうというのなら、それが吹き飛ぶほど俺がラウラを幸せな気持ちで満たす」
思わずくすりと笑った。
「あなたなら、きっとそうしてくれるわね」
彼と私を繋ぐ赤い糸を見る。これがあってもなくても、私はエメリヒを信じている。
エメリヒは私の額にキスをすると、小さくため息をついた。
「だがコンラッドは、酷すぎる。俺としては、王太子であるあいつがなにをしたかを公表するほうが、いいと思う」
「……お父様もそう言っていたわ。でも最近はだいぶ情けない状態だったみたいだし」
先の側近の話によるとコンラッドは、しばらく前から、気分が落ち着く魔法薬を過剰に摂取していたという。
以前キンバリー先生がリリアン様に飲ませていた、辛い気持ちを和らげる効果もあるあのドリンクだ。
コンラッドは彼なりに、アドリアーナに嫌われたことが辛かったらしい。側近が止めるのも効かずに魔法薬をのみ、依存しているような状態だったとか。
「彼がそうなった一因は私にあるし……」
「悪いのはコンラッドだ」
「だとしても、私はもう彼にふりまわされたくないの」最初は彼の不在に寂寥を感じたけれど、今は違う。「過去のことにして、新しい生活をしたい。コンラッドのことで噂されるのはイヤ」
「そうだな。俺もラウラが他の男とセットで語られるのは、面白くない」
エメリヒはそう言うと、にっこりと微笑んだ。




