14・2 私たちの未来
白髪で緑色の瞳をした紳士はギュンター公爵父子を一瞥すると、私たちに
「ついてきなさい」とだけ言って、近くの部屋に入った。
エメリヒと私は顔を素直に従う。
紳士は椅子に座ると、私たちにも勧めた。そして、
「ハインリヒ・フォルトナーだ」と名乗った。
いったん腰を降ろした私たちだったけれど、ふたたび立ってご挨拶をする。
彼は公爵であり、先々代国王陛下の末弟だ。現国王の大叔父に当たる。お歳は七十を越えたばかり。
私たちが生まれるよりもずっと前にご家族を亡くしたのを機に、『社交卒業』宣言をなさった。
以来領地から一歩も出ていない。
そして――
「今までも随分と、わしの養子になりたいとの申し出があった。だが君ほどストレートに『爵位と財産がほしい』と言ってきたのは初めてだ」とエメリヒを睨んだ。
そうなのよね。
エメリヒは公爵様に、手紙でそうお願いしている最中なのよ。
それもこれも、私のお父様がエメリヒに『公爵令嬢を妻に迎えるのにふさわしい身分と財産を、手に入れること』という求婚の条件を出したから。
しかも期限は卒業までの半年。
学生で騎士見習いのエメリヒがその条件を達成する一番の近道は、跡継ぎを必要としている家の養子に入ること。
そうして彼が第一候補にしたのが、フォルトナー公爵だった。お父様が必ずや納得するだけの地位と財産がある方で、ご家族に先立たれている。噂によると、爵位は自分の死とともに国に返すと決めていらっしゃるとか。
エメリヒはどうして養子にしてほしいかの理由を正直に書いたお手紙と、学校の成績、騎士見習いの経歴、更におばあさまと担任教師の推薦状をひとまとめにして公爵に送った。
幸いなことに公爵は興味を持ってくださり、お手紙のやり取りは一往復半、続いていた。でも彼が都に出てくるという話は聞いていない。
それに、とても不機嫌そう。
「すべて聞いたぞ。ミランダの孫だから」と険しい表情の公爵は、エメリヒのおばあ様の名前をあげた。「多少は見どころがあるかと思ったのだが、まさか王太子を攻撃するとはな。わしも王族の一員なのだぞ?」
「身分や地位で正義を曲げてはなりません」
毅然と答えるエメリヒ。
「青臭い理想論だ」と公爵は言下に否定した。「フォルトナーの爵位を欲する人間の判断とは思えない」
「手紙で説明したとおり、私がそれを必要とするのは、彼女に求婚するためなのです。私の判断は間違っておりません。もし、閣下が私に謝罪や弁解を望んでいらっしゃるならば、ご期待には添えぬことをお詫びします」
「ふむ」公爵が私をにらむ。「そなたは言いたいことはあるか」
「素晴らしい人に好いて貰えて幸せです。彼が父の出した条件をクリアできるよう、私も最大限の助力をしますわ」
「なるほど。よくわかった」
公爵はよく通る声でそう言うと、杖をたよりに立ち上がった。
「都に出てきた甲斐があるというものだ。時間を取らせたな」
杖をつきながらも、矍鑠とした様子で部屋を出て行った。
私とエメリヒは顔を見合わせる。
「新しい人をみつけないと、いけなさそうね」
「さっき、そのことを話すつもりだったんだ」とエメリヒが少しだけ困ったような表情になる。「恐らく俺を迎えてくれる貴族家はない。庶民で探すか、俺自身が爆速で成り上がるかの二択になる」
「作戦を練りましょう」
前世で読んだラノベなら、こういうときは半年しか期間がなくとも事業を成功させて無事、ハッピーエンドとなるはずよね。
だけどエメリヒがなりたいものは騎士だし、事業を始める資金もない。
彼の父親が、せめて財産分与をしてくれればよかったのだけど。
……さっき私、盛大にケンカを売ってしまったわ。
「あなたのお父様を、怒らせないほうがよかったかもしれないわね。ごめんなさい」と、エメリヒに謝る。
「どうしてだ? スカッとしたぞ」
そう言う彼は笑みを浮かべていて、本心からの言葉に見えた。
「少しでも可能性があるなら土下座をしてでも支援を頼むが、100パーセント無しだからな。ラウラが俺の代わりに怒ってくれて、ありがたい気持ちしかない」
「それなら、いいのだけど」
エメリヒは当初、お父様の条件の達成に、私が関わることを嫌がった。自分の力で成し遂げないといけないとの考えだったのよね。
説得に説得を重ねて、私が協力することを了承してもらった。それなのに足を引っ張ってしまったら、私はただのお荷物でしかないもの。
「なかなかに痛快だったぞ?」と、エメリヒが笑顔で私の顔をのぞきこむ。
フォローしてくれているのよね。だけどそれはそれで、恥ずかしい気がしてきたわ。
「私、本当は黙っていられるのよ。王妃教育で厳しく教えられたもの」と、言い訳をする。
「そうか? 俺たちに注意をしていたときと同じ勢いがあったぞ?」と、笑うエメリヒ。
言われてみれば、確かに、そうかもしれない。
あの頃は国王夫妻の期待に応えよう、コンラッドに振り向いてもらおうと必死だった。
「なんだか随分前のことのように思えるわ」
前世の記憶がよみがえり、私たちの間に赤い糸が出現してから、まだたったの二ヶ月ほどしか経っていない。
だというのに、様々なことが変わった。
「そうだな。多くのことが起こりすぎた」
エメリヒはそう言って、私たちを繋ぐ赤い糸をてのひらに乗せた。
「どこになんの意図があるのだとしても、俺にとっては幸運に繋がっていた」
「あら。私だって」
以前だったら到底考えられないことだけど、エメリヒと私は顔を見合わせて微笑んだのだった。




