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13・3 腕の中の信頼

 私が前面にシールドを張ったのとほぼ同時に、コンラッドが攻撃を放った。圧縮した空気が塊となってシールドの脇を通り過ぎて行った。


 わざと外した?

 と思ったのは一瞬で、背後でなにかが爆発し、その衝撃波をあびて倒れた。



 グルルルルルッ……!



 低い唸り声と、鼻につく獣の匂い。

 魔獣だ。

 急いで呪文を唱えながら、体を起こす。離れたところに魔獣が二頭。鋭い牙と爪を持った狼型で、馬のように大きい。体をふるわせながら、辺りを見回している。


「宝物庫から借りてきた。保存されている生体がふたつしか見つからなくてな」とコンラッドの声が聞こえる。「だが充分だろう。戦闘用に改造された強化種だ。たいていの防御魔法は効かないぞ」

 なにそれ?

 普通の魔獣ではないの?


「あとで回収に来る。まあ、せいぜい頑張るといい」


 魔獣がなにかに気づいたように、こちらを向いた。私をひたと見据えている。

 防御を張ったままで攻撃をしなければ。

 気持ちを落ち着かせ、でも口は早く動かす。


 対魔獣用の実習は何度もしている。

 大丈夫。

 ただ、本物の魔獣に出会うのは初めてだけど。


 魔獣たちが体を引いた。

 氷刃の攻撃を繰り出す。一気に十二枚の刃が、駆け出した魔獣に当たる。


 だけれどそれをものともせずに、魔獣は私に飛び掛かる。

 三日月刀のような爪がシールドを破って、目の前に――


灰燼(かいじん)!!!」

 耳元で叫び声がしたのと同時に抱き寄せられた。

 ふわりとシトラスが香る。

 エメリヒだ!


 二頭の魔獣が炎に包まれる。

 だけどいつかの石礫のようには消えず、のたうち回っている。


「ラウラ、今のうちに」とエメリヒが私の手を引いて走り出す。

 だけど、私たちはすぐに止まらざるをえなかった。

 コンラッドが立ちふさがったのだ。


「参ったな。エメリヒ。知られたからには帰せない。生きて苦しませたかったのに」

「まさか、お前が……」とエメリヒが珍しく声を震わせた。「軍事用改造種を持ち出したのか」

「そのとおり」と答えるコンラッドはもう笑顔でも憤怒の顔でもなかった。なにを考えているのかまったくわからない、無表情。「私はアドリアーナも友人も失ったんだ。当然の復讐さ」


 コンラッドが聞いたことのない呪文を唱える。

 私がシールドを張るのと同時に、エメリヒが火炎型攻撃をコンラッドにしかけた。向こうから放たれた水流型攻撃とぶつかり、激しく押しあう。


 後ろから、苦悶の声をあげながら魔獣が近づいてくる気配がした。

 私が防御を止めて魔獣を攻撃するか。だけど氷刃は効かなかった。でも弱っている今ならいけるかもしれない。

 瞬時に決断をして、防御をやめようとしたとき、


 エメリヒの「くそっ!」と叫ぶ声と

 女性が「きゃあっ!」と叫ぶ声が重なって聞こえた。


 背を翻しながら、エメリヒの炎が膨らみ水流を爆散させてコンラッドを吹き飛ばすのを、視界の端に捉える。

 それにほんの少しだけ遅れて、私の氷刃が魔獣を切り裂いた。


 振り返ったエメリヒが、脱力したように私を見る。

 「……ラウラ……。無事でよかった……」

 「あなたも、エメリヒ。助けに来てくれてありがとう」


 エメリヒが私を抱き寄せてくれたので、私もしっかりと抱き返した。


◇◇


「ええとですね。突然精霊たちが騒ぎ始めたんです」とアドリアーナが戸惑いの表情で言う。「こんなことは初めてで、驚いて。マクシムと下校途中でしたけど、精霊たちの導きで戻ってきたんですよ」


『ね?』と彼女が問えば、近衛騎士のマクシム・ドコーさんは重苦しい表情でうなずいた。ふたりの後ろでは精霊姫の護衛である近衛騎士たちと、教師陣が忙しく動いている。


 先ほど聞こえた女性の悲鳴は、アドリアーナのものだったらしい。コンラッドが誰か(私たちと黒焦げの魔獣は見えなかったそうだ)を攻撃している姿を見て、思わず叫んでしまったのだとか。


「うん、生きてる。よかったねえ」と声が上がった。

 キンバリー先生だ。全身をやけどして地面に横たわっているコンラッドを、診ていた。

「いくら犯罪者に堕ちたとはいえ、同級生を殺すのは辛いもんね」

 彼女はそう言って、エメリヒに笑いかけた。


 私たちは顔を見合わせて、ほっとする。

 私を呼び出した近衛騎士はすでに同僚に捕まっていて、コンラッドが計画したことをすべて白状したという。

 王宮にも連絡済みだそうだ。


「先生たちも巻き込んで連れて来て、よかったです」

 にっこりとするアドリアーナ。

 それからチラリとコンラッドを見て、悲しそうな表情をした。だけどそれは一瞬のことで、私を見ると

「ラウラ様たちが無事でなによりです」と微笑んだ。


「そうだねえ」とキンバリー先生がやってくる。「でもロンベル。君は転んだのかな。保健室で手当をしようか」

 確かに私は膝や手をすりむいている。だけど、もっと重症なひとがいる。

「……コンラッドの治療は?」

「うん……」と彼女は担架で運ばれていく彼を見た。「私ができることは、もうしたよ。あとはもっと立派な医者が、なんとかしてくれるはずだ」

  

 それなら、ということでエメリヒと一緒に保健室に行くことにした。


 ただ、みんなで賑やかに、という気分ではなかったから、ふたりだけにしてもらった。

 エメリヒに当然のようにお姫様抱っこをされる。

 人目があるけれど、私は気にせず彼にもたれた。


「守ってくれて、本当にありがとう。私では太刀打ちできなかったわ」

「当然だ。あれはただの魔獣じゃない。改造種だ。欠点を突かなければ、攻撃が効かない」


 ということは、コンラッドは本気で私を殺すつもりだったのだわ。

 私の瞳を『宝石みたいだね』と褒めてくれたコンラッド。

 彼を好きだったことが、悲しくなる。


 でも、大丈夫。今の私はもっと素敵なひとを好きだもの。

「そういえば、どうして助けに来れたの? あなたも下校途中だったでしょ?」

 それは間違いない。だって彼の乗った馬車を、見送ったもの。


「赤い糸だ」とエメリヒが答えた。「糸が俺を引っ張ったんだ。だからラウラになにか起きたのかもしれないと思って、必死に辿ってきた」

「まあ。じゃあこれの意味って――」

「ラウラを助けるためなのかもしれない」


 エメリヒは足を止めると、優しい表情で私の額にキスをした。


「誰が結びつけたのか知らないが、その存在に最大限の感謝を贈る」

「そうね。私も。あとね、あなたの腕の中は、とても安心するわ。信じられるからだと思う」


 そう告げるとエメリヒは、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 そしてその表情を見られた私は、心の底から安堵できたのだった。

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