2・1 婚約者の暴言
私が通う王立魔法学校は名前のとおり魔法を学ぶ学校で、魔力を持った者は通う義務がある。
国内に五校あるけれど王侯貴族はほぼ、都にある第一校に入学する。だから第一校はプチ社交界であり、設備も充実している。もちろん、併設している図書館も。
原本が魔法省にしかないような貴重書の写本が、たくさん納められているのよね。
私はここ一週間ほど、放課後に図書館で赤い糸について調べている。でも、これといって有益な情報はみつかっていない。
エメリヒの言葉がヒントになって、もしかしたら呪術の一種なのではと考えたのだけど。今のところ、民間伝承との記述しか目にしていないのよね。
ほどくことも、切ることもできない赤い糸。運命だか呪いだかわからないけど、なにかの強固な意志が感じられる。
そんな恐ろしいもので、私を殺すエメリヒといつまでも繋がっていたくないもの。
それに私がやっただなんて、誤解もはなはだしいし。彼はずいぶんと自分に自信があるみたい。
私はあなたに興味がないと知らしめるためにも、絶対に赤い糸をはずすのよ!
広げた古い魔法書の古代文字を必死で目で追う。
と、鈴を転がすような軽やかな笑い声が聞こえてきた。
姿は見えないけれど、アドリアーナの笑い声だわ。ヒロインの彼女は外見だけでなく、声まで可愛らしい。私とは大違い。
すぐにコンラッドの声が続く。どうやらふたりきりで、なにかを探しにきたらしい。
中庭でのランチタイム以来、アドリアーナとコンラッドには会っていない。彼らやエメリヒと私はクラスが違う。私が足を向けなければ、会う機会なんてほぼないのよね。
どんなにがんばっても初恋の人を取り戻せないとわかった以上、彼らに関わりたくない。だってマンガでは、私はアドリアーナを害しようとしたせいで殺されるのだから。
このままここにいるか、こっそりと去るかを考える。
私がいるのは背の高い書架がいくつも並ぶ間にポツンと置かれた、ひとり用の閲覧机だ。コンラッドたちがここまで来なければ、顔をあわせることはない。
そして私は魔法書を読み進めたい。
――気にしないで、ここにいよう。
そう決心して、魔法書に集中する。けれど、すぐに
「こんなところで待ち伏せか!?」
という不機嫌な声がかけられた。
コンラッドとアドリアーナがすぐ近くに立って、私を見ている。
「どこをどう見たら、待ち伏せに見えるのかしら。私はずっと前から、ここで魔法書を読んでいるのよ?」
机の上には数冊の書物が積みあがっている。普通は、『なにか調べ物をしているのだな』と思うはずよ。
「ハッ」とバカにしたように鼻で笑うコンラッド。「俺たちがここに来ることは教師に聞けばわかったはずだ。白々しい」
あまりの言い様に息をひとつ吐いて、視線を魔法書に戻す。相手をするだけ、私のダメージが増える。無視するのが一番だわ。
確かに今までの私は、よくないところがあった。コンラッドたちを諭すだけでなく、アドリアーナに嫌味を言ったし、逆に無視もした。意地が悪かったことは、認める。
だけど婚約者がいる男子生徒といちゃいちゃしている彼女に非はないの?
婚約者にこんなにツラい思いをさせているのに、彼はそのことをなんとも思わないの?
それなのに、私ばかりが糾弾される。
どうして私は、いつかは彼の心が戻ってくると信じていたのだろう。
愚かにもほどがあるわ。
黙っている私を、まだなじる婚約者。
『信じてさしあげましょうよ。勉強の邪魔をしてはいけないわ』と気遣うアドリアーナの声。
彼女は寛容で純真だ。だけど自分の行いが私を苦しめていることに、まったく気がつかない。
そしてそれを、誰も指摘しない。『七人の守りびと』は全員彼女の味方だし、精霊姫と守りびとに意見ができるひとはいないから。
ひどい話よね。
私が前世の記憶を取り戻したのは、あまりに理不尽だから神様が同情してくれてのことかもしれない。
いつまでも、そばでやかましくしている二人。私がシールド魔法を使えたら、うるさい彼らを遮断できるのに……。
「あれ、コンラッドとアドリアーナ」
と、今度はエメリヒの声がした。
目をあげると、書架の間から彼がやって来るのが見えた。彼と私の間には赤い糸が伸びている。
「なにをしているんだ?」とエメリヒがふたりに尋ねる。
「またラウラがアドリアーナをいじめようとして、俺たちを待ち構えていたんだ」と不機嫌に答えるコンラッド。
「……へえ?」そう言って、エメリヒが私を見た。
でもすぐに視線はそらされる。
「だがアドリアーナたちは用があってきたんだろ? なにか探し物か?」とエメリヒがヒロインに尋ねる。
「そうなの。精霊姫についての書物がないかと思って」
とアドリアーナが答えると、エメリヒは
「なら、場所が違うだろ。この辺りは魔法書だ。精霊姫はたぶんあっち」と指をさす。「やみくもに探さないで司書に訊けよ」
「そうね。ありがとう」とヒロインがエメリヒにほほえむ。
コンラッドはわずかに不満そうに顔をしかめた。
けれど、ふたり仲良く、エメリヒが示したほうに去って行く。コンラッドは私に捨て台詞を吐いて行ったけれど。
これでようやく落ち着いて魔法書を読めるわ。
再び書物に視線を落とす。と、なぜかエメリヒが閲覧机の傍らに立ち止まった。視界には、彼の左手から伸びる赤い糸。
見上げると、目があった。
いつもは私を切り刻むかのような目つきをしているのに、今日は剣で一突き程度だわ。ずいぶんと殺意が低い。どうしたのかしら。