11・3 エメリヒの決意
「教皇様、知ってたんですかぁ!?」
「どういうことですか!」
私の両脇で、アドリアーナとエメリヒが身を乗り出す。
「てっきり国王からロンベル家に説明をしているのだと、思っておりました」
「それは陛下もご存じということですか?」
「ええ。私が伝えましたから」と静かに答える教皇様。
教皇様の説明によると――。
吉凶を見る水盤が、あるとき急に陰りを示すようになった。それからしばらく経つと、はっきりと凶兆を現したという。その晩教皇様の枕元に女神デメルングが現れて、
『私の愛し子への仕打ちが目に余るので、世界を変えた。王どもはその愚かさを後悔するがいい』と告げたのだそう。
教皇様はすぐに国王に知らせた。そしてその際に、私が婚約解消を望んでいると知ったのだという。
となると、私の前世の記憶がよみがえったのは、女神様によるものという可能性があるのでは?
「赤い糸もその一環なのかしら?」とアドリアーナが首をかしげる。
「さて?」と教皇様が答える。
「だけどこれで、陛下たちが婚約解消を渋った理由はわかったわ」
「では、アルバン殿下たちの件は?」とエメリヒが尋ねる。
「それは、あちらの国では水盤が吉兆をしめしたためです」と教皇様。「それとラウラ嬢のお顔を」
「私の顔ですか!?」
「ええ。時どきあるのです。世界にとって特別な人物や物を映す時が。彼女も」と教皇様はアドリアーナを見た。「精霊姫になった際、名乗り出る前日に、水盤に映りました」
「あ、それは私も聞いてます」とアドリアーナが私に言う。
「ラウラをその国に迎えれば吉兆ということか?」とエメリヒがつぶやく。
「そう読み取れます」と教皇様。「水盤の内容は、すべて私の元へ報告されます。ですから国王に、ラウラ嬢に伝えるよう頼んだのですが……。私が直接お知らせするべきだったようですね。申し訳ない」
「とんでもないことです!」
どう考えても、教皇様に非はないもの。
「でも各国までもがほしがるのは、精霊姫だったはずなのに、どうして……」
「女神が世界を変えたからだろ?」とエメリヒが言う。
アドリアーナを見る。
この世界の主役は彼女のはず。だけどこれでは私がヒロインみたい。だとしたら、彼女はどうなるの?
すでにマンガとだいぶ違ってしまっている。恋人になるはずのコンラッドに愛想を尽かして、守りびとの制度も変えてしまった。この変化は、彼女にとってマイナスなのではないの?
「ラウラ様?」とアドリアーナが首をかしげる。「もしかしてですけど、私に申し訳ないとか思っていますか? そんな表情なんですけど」
「だって……」
「ごめんなさいだけど、今ものすごぉくラウラ様に感謝していますよ? とても迷惑していたんです。よくわからない人たちに求婚されまくって、陛下たちからは絶対に外国に嫁ぐな、王族の男子と結婚しろとしつこく言われて。でもその王族ってふたりの王子様をのぞくと、ものすごく年上の方の側室になるか、幼児との婚約なんですよ。ひどいですよね?」
そういえば、マンガではそんな設定だったような気がするわ。
「コンラッドのことは好きだったけど、ラウラ様のおかげで目が覚めたし」とアドリアーナが微笑む。「内緒にしてたんですけど、今は別のひとが好きです」
「そうなの!?」
「はい。コンラッドが知ったらうるさいから黙ってました。でもそんなわけなので、ラウラ様が私にすまなく思う必要はまったくないんですからね」
「俺としては複雑だな」とエメリヒがため息をついた。「どうして女神はラウラを各国に知らせたんだ」
「ラウラ嬢のために、新たな輿入れ先を用意したのかもしれません」と教皇様。「その場合は、赤い糸は女神さまとは関係はないでしょう」
「それなら精霊かしら」とアドリアーナが言う。
その言葉を聞きながらエメリヒは、久しぶりに私を射殺しそうな眼差しでにらんでいた。
◇◇
教皇様との謁見室を出ると、エメリヒはすぐに足を止めて私を見た。また険しい顔をしている。
私の心臓が激しく動く。どうしてエメリヒはそんな表情をするのか。彼はなにを言おうとしているのか。不安なのだと思う。
「ラウラ」
「なにかしら」
「女神が選んだ君の伴侶がたとえ王子たちなのだとしても、俺は運命を捻じ曲げてみせる」
……胸が痛い。エメリヒがどれほど真剣にその言葉を言っているのかが、ひしひしと伝わってくる。
彼の表情がゆるんだ。甘く優しい笑顔になる。
「返事はいらないぞ。俺の気持ちを伝えたかっただけだからな。行こうか」
うなずいて、歩き出した彼についていく。
そんな私の右手をアドリアーナがにぎりしめてきた。
きっと彼女は気づいているのだわ。
私が泣いてしまいそうだということに。




