10・5 薔薇のもとでの告白
エメリヒに抱えられていると、体温やいつものシトラスの香りが強く感じられて、ドキドキしてしまう。こういうのには慣れていないのよ。
「それにしても、やっぱりおかしいな」とエメリヒが歩きながら呟く。「急に大モテだ」
彼を見上げると、とんでもなく険しい表情をしていた。
「私のこと?」
そうだとうなずくエメリヒ。
「今日現れた王子まで求婚してくるなんて、おかしい。いくらラウラが魅力的だとしても、不自然じゃないか? 王子はそう簡単に妃を決められないものだ」
ちょっと待って。今エメリヒは、私のことを『魅力的』と言わなかった?
そう思ってくれているということ?
それともたとえ話?
ドキドキし過ぎて心臓が故障しそうだけど、今はそのときではないわよね。モテるのが不自然という話だわ。
「確かにおかしいわよね。モテるのはアドリアーナのはずなのに」
私が悪役令嬢の役を降りたせいで、だいぶマンガとは違う展開になっている。
このモテ期がそのせいだとしても、ヒロインを差し置いてというのは不自然よ。
なにか不思議な力が働いているのかもしれない。
――もしかして、ヒロイン交代とか?
でも現状、困ることしかないわ。
「ラウラが女神デメルングと似ていることが、関係あるのか?」とエメリヒ。「呪いだっけ? アドリアーナが掴んだ情報」
「そう言っていたわね」
「もしかしたらアレ以外にも、門外不出の言い伝えとかがあるのかもしれない。各国王族共通の」
どうかしら。マンガでは私はあっさり殺されている。そんな秘密があったようには思えない。
でも真実に近づくためには、可能性があるものをどんどん潰していくことも必要よね。
「お父様に頼んで、調べてもらうわ」
「そうしてくれ」とエメリヒ。
答えたエメリヒが、目的の校舎からそれて庭園のほうへ進む。
「どこへ行くの?」
私はキンバリー先生にお薬をもらいに行きたいのよ。リリアンさんがもらった、気分を落ち着けるものを。
「少しふたりだけで話をしたい。ダメか?」とエメリヒが私をにらむ。
この時間、庭園には誰もいないはず。みんな講堂に集まっているのだから。エメリヒとふたりだけで、あんなロマンチックな場所に行くのはなんというか……そう、心臓が持たない。
「今でないとダメなの?」
「ああ、早急に」
「わかったわ」
私は観念して、息を吐く。
『私は誇り高き公爵令嬢。なにがあっても冷静沈着。優雅な仕草をくずさないのよ』と念じる。
でもそもそも、お姫様抱っこをされている時点で、誇りもなにもない気がするわ……。
エメリヒは予想どおりに庭園の中に入っていく。
濃い花の香りに包まれる。この庭園は植物の配置はヨーロッパの城のように幾何学的だけど、すべてが薔薇なのよね。
生徒の目の保養と憩いの場になることを目的としているみたいで、魔法で品種改良された何百種類もの薔薇が一年中咲いている。
やがてエメリヒは私をベンチに降ろした。頭上にはダークピンク色のつるバラのアーチがある。
ちょっと待って。エメリヒはどうしてここを選んだの?
生徒なら誰でも知っている、愛の告白スポットなのよ?
心臓が爆発しそうなくらいにドキドキとしている。
頭もパンクしそうだし、どうしていいのかわからない。エメリヒの顔を見ることもできなくて、足元の芝生をじっとみつめる。視界の端で、揺れる赤い糸。
「ラウラ」
甘く聞こえる声で私の名前を呼んで、エメリヒは地面に片膝をついた。
真剣な眼差しの彼と目が合い、これ以上は破裂すると思っていた心臓が、更に跳ね上がる。
「聞いてほしいことがある」
声が出なくて、首を縦に振る。
「俺はラウラが好きだ。求婚したいと考えている」
……っ!
「以前はあんな態度をとっていたのに、なにを言っているんだと思うよな。だがラウラと話すようになったら、すぐに惹かれてしまったんだ」
……すぐ?
「赤い糸が縁を繋いでくれたと思っている」
エメリヒはそう言うと私たちの間に伸びるそれに触れた。
「だが俺は次男だ。公爵令嬢を妻にできる身分じゃない。だからロンベル公爵に交渉した」
「……お父様に?」
「ああ。卒業までに公爵の出した条件をクリアできたら、ラウラに求婚してもよいとお許しをもらった」
その条件は内緒だ、とエメリヒが付け加える。
「本当は許可が出るまで、ラウラには伝えないつもりだったんだ。だが、そうも言っていられない状況みたいだからな」
「……あの王子たちはないわ」
「安心した」とエメリヒが微笑む。「だが王族だからな。権力を使ってくる可能性は十分ある」
「お父様なら対抗してくれるわ」
「助かる」
微笑みをたたえたエメリヒを見ていられなくて、視線を下げた。
「ラウラ。俺のことを考えてくれるだろうか」
「……誰かを好きになりたくないの。私はまた意地悪な人間になってしまうかもしれない。辛い思いをするのもこりごりだわ」
「ラウラ。俺を見て?」
乞われて恐る恐る顔を上げる。私を真剣な表情で見つめるエメリヒ。
「もしラウラが道義に外れたことをしたら、俺が諫める。辛い思いをさせることはあるかもしれない。俺はまだ未熟だから。でもそれだけでは終わらせない。必ず俺がラウラに笑顔を取り戻す」
エメリヒは赤い糸を手にした。
「俺たちを繋ぐ糸に誓って、君を幸せにする」
それに口づけするエメリヒ。
「俺の言葉に嘘はないと、卒業までに信じさせる。絶対に。だから俺にチャンスをくれ」
「……あなたの負担が大きすぎない?」
エメリヒがくすりと笑った。
「俺の心配をしてくれるのか」
「だって」
「ラウラに関することは、なにひとつ負担じゃない。だから、考えてくれないか」
脳内を色々な思考がまわる。でも結局口をついて出たのは、
「……わかったわ」
という言葉だった。
「よかった」
そう言ってエメリヒは、まるで薔薇のように微笑んだのだった。
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