10・4 ふたりめの求婚者
歓迎会は続いているけれど、先生に断りを入れて、私はエメリヒと一緒に講堂の外に出た。
事件があったせいで、各国の王子の従者やら護衛やらがせわしなく動いている。
その合間をぬって、歩く。
「精霊姫の守りびとなのに、私について出てきてしまって大丈夫?」
「ああ。今あっちの守りは鉄壁だ。俺一人くらい問題ない」
エメリヒはそう言って私の顔をのぞきこむ。
「それより本当に大丈夫か。顔色が悪い」
かつての、王太子の婚約者だった私なら『大丈夫』と答えた。でも今の私はそんな強さを演じる必要はない。
「ショックだったから」と素直に答えた。「きっと私のせいなのよ。私がアドリアーナへの振る舞いを変えていなければ、リリアンさんがあんなことをするはずはなかったの」
「考えすぎだ」
「……そうね」
他人には説明しがたいことだ。反論はせずに、エメリヒに笑顔を向ける。
「ああ。違う」と彼は苛立たしげに頭をかく。「ラウラの考えを否定したいわけじゃない。励ましたいだけだ。どうすればいい?」
思わず足を止めた。
「私を励ましたいの?」
「当然だろうが。悪いのは、俺たち守りびとが『精霊姫』のことしか考えてこなかったことだ。最初は『名誉なことだから』と。そのうち『可憐な精霊姫を全力で守りたいから』と。そんな考えしか持てなくなって、それまでの友人も婚約者も恋人もないがしろにした。よく考えれば常軌を逸している。トラブルが起きたのは、コンラッドとフランツだけじゃない」
「そうなの?」
マンガでそんな描写があったかしら。
もともとコンラッドとの恋愛が主軸のストーリーだし、私の記憶もあやふやだから、思い当たることはなにもない。
「そもそも『守りびと』ってのも、なんなのかよくわからないよな」とエメリヒが嘆息する。「物理的に強い人間もいるが、そうでない者もいる。頭脳に優れても、それを発揮する場面があるわけじゃない。本気で精霊姫を守るための部隊なら、近衛と魔術師のトップで固めるべきだ」
「そんなことをずっと考えながら守りびとをしていたの?」
「いや」と彼は珍しく恥ずかしそうな顔をした。「ラウラと話すようになってからだ。ようやく冷静に俺たちの状況を見られるようになった」
「そうなの」
周りのひとの目が気になったので、エメリヒを促して再び歩き始める。
正直に言えば、『守りびと』は、単純にマンガに都合のいい男子を集めただけのものだと思う。
白雪姫の七人の小人がモチーフだと、作者もSNSで発信していたし。
もしかすれば明かされていない深い設定があるのかもしれないけど、私が読んだ部分には出てこなかった。そもそもシンデレラストーリーがメインのマンガだもの。
「ラウラ」
「それにしても」
エメリヒと私の声が重なった。お互いに『どうぞ先に』と譲り合う。そして私が先になった。
「あなたの魔法、すごかったわ。瞬時に石礫を消すなんて」
「どうも」と答えるエメリヒが嬉しそうに微笑む。「ラウラも、たいしたものだったと思うぞ」
また、私の心臓がうるさくなってしまった。失敗したわ。
「ところで、ラウラ。これ――」とエメリヒが赤い糸をつまんだとき、
「ラウラ・ロンベルさん、ちょっと待って!」との叫び声が重なった。
講堂から主賓のひとり、ドレイファス国のヴィクター王子が駆けてくる。
「知り合いじゃないって言ってたよな?」とエメリヒが小声で確認する。
「ええ。初対面」
エメリヒはうなずき、一歩前に出た。そこにヴィクター殿下がやって来た。
「さきほどの攻防を見ました。素晴らしい判断でした」とヴィクター殿下が頬を紅潮させて褒める。
「炎は彼ですよ」とエメリヒを示す。
「わかっています。防御を張ったことです。跳ね返った石が他の生徒に向かわないよう、吸着型を展開しましたよね。あの短時間でよく発動できました」と殿下が微笑む。
まあ、賞賛は嬉しい。
「ありがとうございます」
と礼を言ったところで、彼に手を取られた、
なんなのかしら。どこの国の王子も簡単にひとの手を取りすぎじゃない? 身分的に振り払えないし。
「申し訳ありませんが、手をお放しください」とエメリヒが言う。「どなたであろうとも、一律お断りしております」
「どうして?」と首をかしげるヴィクター殿下。
「公平性を保たないと、あらぬ噂が立ちます。ロンベル公爵閣下の望むところではありません」
「それでは仕方ないね」と殿下は微笑んだかと思うと、素早く動いて私の腕にブレスレットをはめた。
「なんですか、これは!」
「僕の妃の印」
「「はぁっ!?」」
「こうしないと他の男に盗られてしまうでしょう? 君に一目惚れをしたんです」
な、なんなの。どこの国の王子も自分勝手が過ぎない!?
はずそうと手をかけるけど、魔法がかかっているのか手にぴったりとくっついて動かない。
「無駄だよ」と微笑むヴィクター王子。「安心して。それの効果で、いずれ僕を好きになるから」
全然安心じゃないわ!
「失礼」とエメリヒが私の腕を取った。
小さく呪文を唱える声がする。
と、パリンッという音とともに腕輪が割れて地面に落ちた。
「なっ! 我が国の最高魔術師が作った特別品だよ!?」とヴィクター王子が血相を変える。
「破壊して申し訳ありません」とエメリヒが微笑んだ。けれど額に青筋が浮かんでいる。「次からは、彼女の半径三メートル以内に近づいたら、攻撃します」
「ちょっと待って、それは過激すぎない?」
「彼の妃になりたいのか?」とエメリヒが私をにらむ。
「まさか」
「なら、危機感を持て」
「君、僕は――」
「結婚の申し込みは、ロンベル公爵へお願いします。では失礼」
とエメリヒはヴィクター殿下に頭を下げると、私を抱え上げた。
そのままスタスタと歩いていく。
「なにをするの、降ろして!」
「俺にくっついていろ」とエメリヒが囁く。「こうしていれば狙いを定められないだろ? アイツは俺を攻撃することも、ラウラにおかしな術をかけることもできない」
「なるほど……?」
それなら仕方ないわね、きっと。
心臓が破裂しそうなぐらいバクバクしているし、顔も溶けてしまいそうなくらいに熱いけど。




