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1・2 私を殺す男エメリヒ

 中庭を離れて薬草園に向かう。今の時間ならひとけがないはず。ひとりになりたい。

 私が殺される未来を変える方法を考えなくてはいけないし、それに――。


 私は、赤い糸の先が思い描いていた人でなかったことに、思いの外ショックを受けているみたい。気持ちを落ち着かせる時間がほしい。


 公爵令嬢としての品位を損なわないよう気をつけながら、早足で進む。

 幸いほとんどの生徒と教師は食堂にいるから、すれ違うひとはいない。それでも、見苦しい様子は微塵も表に出さないのが、令嬢の矜持……


「待てと言っているだろう!」

 突然背後で怒鳴り声がしたかと思ったら、腕を掴まれた。

 驚いて、思わず振り返る。

 エメリヒがいた。不機嫌そうな彼と目が合う。

 だけどすぐに彼は目をみはった。

 私は慌てて顔をそらす。


「失礼ね。手を離して」

「あ……、悪い」と珍しくエメリヒが戸惑ったような声で謝罪して、私の腕を離した。

「何度も呼んだんだ。無視をするから」


 そうなの? 気づかなかったわ。

 彼に背を向け、そっと手の甲で目元を拭う。


 こんなひとに、令嬢らしからぬものを見られてしまった。自分の気の張り方が足りなかったせいだけど、腹が立つ。

 だって私を追って来る『守りびと』がいるとは思わなかったのだもの。七人全員が私を嫌っているのだから。


「あなた方だって私の言葉をいつも無視するわ」

「悪女の言葉など聞きたくない」不機嫌な声だ。

「私も、私を悪女だと決めつけている方の言葉なんて、聞きたくないの。それとも自分たちはよくても、私が同じことをするのはダメだという、いつもの理論かしら?」

「そんなことを言った覚えはない」

「あら、都合の良い頭ね。用件を話す気がないのなら、失礼するわ」

「いや、待て!」


 歩き出したところを、また腕をつかまれる。エメリヒを思いっきりにらみつけると、彼は手を離した。


「これは」と彼は左手を顔の高さにあげる。「なんの魂胆だと聞きたかったんだ」

 彼の小指から垂れる赤い糸。

「……もしかして、あなたにも赤い糸が見えているの?」


 そう尋ねてから思い出す。赤い糸の伝説では、繋がっている当人同士は見えるのだった、と。私以外誰一人見えないようだから、忘れていたわ。


「これはお前がやったんじゃないのか?」と不機嫌な顔で訊くエメリヒ。

「まさか。ずいぶんな自惚れね。私があなたと繋がりたいと願ったと思っているの?」

 カッと彼の顔が赤くなった。


「だって、そうとでも考えなければおかしいだろうが!」

「私はコンラッドの婚約者よ? 他の人と運命で結ばれたいと思うはずがないじゃない」

「そうだが、政略結婚だろう? コンラッドはお前がほしいのは王妃の座に過ぎないと――」


 エメリヒが言葉を切る。

 その表情に、さっきのは失言だったと気づく。いつもなら、こんな愚かなミスはしないのに。


 きっと私はまた、公爵令嬢にあるまじき顔になっている。再び彼に背を向け、

「なにかの間違いなのよ。それに、こんなものはあとで切るわ。あなたと繋がっているなんて、怖気をふるうもの」と伝える。

「……もしかしてコンラッドと繋がっていると思って、中庭に確かめに来たのか?」

「彼に嫌われている自覚くらいあるわ。適当なことを言わないで」

 それだけ告げると、私は歩き出した。エメリヒも止めなかった。


 コンラッドと私の婚約は、確かに陛下の意向で決められた。だけど私はそれよりも前からコンラッドが好きだった。

 彼は私の初恋の相手。そして私は初恋をまだ諦めきれていない。


 赤い糸が見えたのが、前世の記憶がよみがえる前だったら、無邪気にコンラッドと繋がったのだと信じたと思う。きっと彼が心を入れ替えてくれたのだ、私のもとに戻ってきてくれたのだと喜んだはずよ。


 だけど、よみがえったあとでは、そんな奇跡は起こらないとわかっていた。赤い糸が繋がっているのは、別の人。


 ――頭ではそう理解していたの。

 でも、理解できるのと、感情は別だわ。


 運命の相手はコンラッドではないとわかっていたけれど、かすかに期待もしていた。

 だけど期待は打ち砕かれた。

 あげくに赤い糸の相手が、よりによってエメリヒだなんて。あまりに酷い話だわ。


 ふと、思い立って足を止める。

 なにも、『あと』まで待つ必要はないのだわ。

 呪文を唱えると、小指から垂れる赤い糸をめがけて氷刃を繰り出した。私の得意な魔法攻撃。

 だけど氷刃は糸を切断できなかった。

 どういう仕組みなのか、糸を通り抜けてしまったのだ。


「切れなかったのか!」

 そう叫んでエメリヒが駆け寄ってきた。

「まだいたの?」

 私の問いには答えずに、エメリヒも呪文を唱える。そして自分の小指から垂れる赤い糸に炎の矢を放った。

 けれどやはり、糸は無事だった。


「なんなんだよ、これ……」と途方に暮れたような声を出すエメリヒ。

「あなたも困るわよね。アドリアーナを好きなのだものね」

 さっきの仕返しに、意地悪く告げてやる。すると彼の端正な顔は驚愕の表情になった。


「な……?」

「わからないと思っているほうが、おかしいわ。あなたたち『守りびと』はみんな彼女に夢中じゃない」


 それにマンガでエメリヒはアドリアーナに告白していたもの。きっぱりとフラれていたけど。彼女が愛しているのはコンラッドだから。


「この糸は恐らく、私たちが想定しているものとは違うのよ」

「……なるほど。だがそれならば、これはなんだ?」

「知らないわ」きっと殺す者と殺される者を繋いだ糸だろうけど、それを教えても彼は信じないわ。「自分で調べなさいよ。私もそうするから」

「ああ。そうだな」と珍しく素直にエメリヒが同意する。


「では、もう二度と話しかけてこないでね」

 私はそう言うと、今度こそ彼から離れた。

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