9・1 プレゼント選び
「ラウラ様はこういうお出かけは初めてですか? だったら私にドーンと任せてくださいね」
馬車から大通りに降り立ったところで、アドリアーナが背景に『えっへん!』という文字が現れていそうな顔で、胸を叩いた。
そんな彼女の後ろに控えるのは、五人の守りびと。その後方にはさらに護衛の騎士たち。
今日は彼女に誘われて街中にお買い物に来たのだけど、確かに彼女の言うとおり、初めてなのよね。
「ありがとう、アドリアーナ。今まではずっと、『王太子の婚約者に相応しくない行動だから』という理由で、陛下たちに禁じられていたのよ」
正直にそう告げると、アドリアーナが勢いよく当の王太子に顔を向けた。
「コンラッドはいつも一緒に来たわよね!?」
「ふさわしくないのは『王太子の婚約者』であって、『王太子』じゃない」
と、胸を張るコンラッド。
相変わらず思考が意味不明だわ。関わりたくないから、無視するほかない。
「サイテー」とアドリアーナが顔をしかめる。
「俺には『守りびと』の使命があるんだぞ!」
「じゃあ、次からは付き添わなくていいわ。悪いもの」
コンラッドがギロリと私を睨んだ。
「あ、ラウラ様に八つ当たりするのはやめて!」
すかさずアドリアーナが私の腕に抱きつく。そして彼女は私に笑いかけた。
「今日はエメリヒがいないから、ラウラ様は私が守りますね!」
「ええ……」
それはそれで、おかしくないかしら。
確かに先日、エメリヒが私を守ってくれると約束してくれた。けれど、よく考えたら彼が守るべきは精霊姫だし、当の精霊姫がそれを当然と考えるのもなんかヘンよね。
「えっと。ラウラ様はプレゼントする品を考えてきましたか?」
アドリアーナの問いかけに、首を横に振る。
「なにがいいのか、まったくわからなくて。彼の好きなものを知らないのよ」
お買い物の目的は、エメリヒへの誕生日プレゼント購入。アドリアーナが一緒に買いに行きましょうと誘ってくれて、彼の誕生日が近いことを知った。
「うふふ、そうですよね」と、なぜか笑うアドリアーナ。「エメリヒはラウラ様がくれたお礼が、毎回お母様向けの茶葉だとしょんぼりしていましたからね」
「えっ、そうなの? 喜んでくれていると思っていたわ……」
なんてことなの。
「あ、お母様はきっと大喜びですよ! ただエメリヒが、自分用に選んでくれたものを欲しがっているというかなんというか」
焦っているアドリアーナの頭に、ぽこんと拳が落とされた。近衛騎士のマクシム・ドコーさんだ。
「ロンベル公爵令嬢、すいませんね。気落ちしないでください。アドリアーナはどうも言葉のチョイスが下手で」
ごめんなさいと小さくなるアドリアーナ。
「エメリヒだってお茶が好きだから、喜んでいるんですよ。ただ、家族とシェアしない物がほしいお年頃なんですよ」
ふむふむ。
「飲食物やお花ではないものということね」
「「そうです」」と声を揃えて笑顔でうなずく、アドリアーナとマクシムさん。
「だけど、ますますなにを贈ればいいのかわからないわ。コンラッドの誕生日には、指定されたものを買っていたから」
「「「「「え?」」」」
コンラッド以外の四人の守りびとと、アドリアーナの声がそろった。そして全員がコンラッドを見る。
「ラウラ様からはなにも贈っていただけなかったのではないの?」と怖い声を出すアドリアーナ。
なるほど。そういうことになっていたのね。
コンラッドは口を開きかけたものの、何も言わずにそっぽを向いた。
「呆れた! どれだけ嘘をついていたの?」
とアドリアーナが言うと、コンラッドは
「だって君以外の令嬢にプレゼントをもらっていることは、隠したほうがいいと思ったから」と言い訳しだした。
はい、最低。
「信じられない!」とアドリアーナ。「ラウラ様、本当になにも知らなくてごめんなさい」
「その話はもうしない約束よね。お互いに悪いところがあったのだから」
「優しい!」と彼女が私に抱きつく。「私、ラウラ様の幸せを応援しますからね! さ、エメリヒのプレゼントを探しましょう!」
「そうね。なにがいいのかしら」
「ブローチとか指輪とかが喜びますよ!」
「騎士用の手袋はどうですか? 毎日使うものです」とマクシムさん。
「勉強家だからペンもいい」と今度はフランツ。
「ハンカチに刺繍をしてあげなよ」と二学年下の守りびと、ノエル。
「自分にリボ―ー」最後の守りびと、ケストナー先生がなにか言いかけたけれど、なぜかマクシムさんが肘鉄を食らわした。
暴力的なひとなのかしら。ちょっと距離をとっておこう。ところで。
「『ジブンニリボ』ってなにかしら?」
「相手にしないでください」とマクシムさん。「教師のくせにダメな大人なんで」
「なにを言う。エメリヒが一番ほしいものではないか」
「さっ、ラウラ様、行きましょ! 見ながら決めればいいんです」とアドリアーナが私を引っ張った。
エメリヒが一番ほしいものがなにか気になる。でもきっとそれは、私が贈っていいものではないわね。大切なものは大切なひとからもらいたいだろうから。




