8・2 エメリヒの約束
閉館になり、エメリヒと並んでエントランスの大階段を降りる。
今日もたいした収穫はなかった。いっそのこと魔法省に相談したほうが、早いのかもしれない。
でもそれは、なんとなくイヤなのよね。
他人に知られたくない。
「そういえば、さっきの話。見えるようになった前日に倒れたって」とエメリヒが尋ねた。「原因はなんだったんだ? 大丈夫なのか?」
「大丈夫だけど、原因は特定できなかったの。お医者様にも来ていただいたのだけどね。たぶん食あたりだろうということになったわ」
「黙っているつもりだったんだが」と言って、エメリヒが足を止めた。
深刻な表情をしている。
「お前がここから落ちかけたのは、コンラッドが仕組んだことだ」
え……?
どういうこと?
あれはアドリアーナが転びかけた拍子に、持っていた書物が飛んで私に当たった事故だったはずだわ。
「あのとき、あいつが無詠唱で魔法を発動したんだ。俺は近衛騎士になるつもりだったから、魔力感知、特に攻撃的なものの感知力は極めている。コンラッドはまずアドリアーナをよろめかせて、それとほぼ同時に書物をお前に向かって飛ばした」
そんな。嘘でしょ。
どうしてそんなことを? 私を嫌いだから?
「そのことがあったから、講堂裏に行ったんだ。コンラッドがまたお前になにかしたんじゃないかと思って。そうじゃないことを願っていたんだが――」
「やっぱり彼は私に死んでほしかったということ?」
違う、とエメリヒは首を横に振った。
「講堂の事件の日にコンラッドを問い詰めた。魔法で助けるつもりだったらしい」
「ちょっと待って。意味がわからないわ」
私を階段から突き落とそうとしたり、助けようとしたり。目的が見えなさすぎる。
「理由はふたつ」とエメリヒが眉を寄せる。とても不快そうだ。「ひとつは、仕事をさぼるお前へのお仕置き。もうひとつは恩を売って、仕事を再開させることだ」
「……最低だわ」
エメリヒがうなずく。
「ずっと、尊敬できる王子だと信じていた。だがアイツはものの考え方がおかしい。サイコパスといってもいい」
「でも……」
彼はマンガのヒーローなのよ。ヒロインと結ばれて幸せになる、素敵なヒーロー。
――でも待って。私はマンガの完結までを読んだわけじゃない。もしかしたら私の知らない展開があるのかもしれない。
現実をみればヒーローにふさわしいのはコンラッドではなく、エメリヒだもの。
「信じられないのはわかるが。今後少しでもおかしなことがあったら、なにが原因なのかをはっきりさせたほうがいい。でなければ危険だ」
「わかったわ」
ふたたび階段を降り始める。
エメリヒはコンラッドを問いただしたとき、同じクラスの守りびとフランツ・レーゼルにも隠れて立ち会ってもらっていたこと、だから彼がこの話が嘘ではない証人になることを淡々と説明した。
そして私が馬車に乗り込む際、エメリヒは私の手を握りしめて、
「騎士になる者としての誇りにかけて、俺はラウラを守る」
と言った。
私をまっすぐに見つめる彼の表情はとても真剣で。本心からの言葉のように見えた。
なにより、フルネームではなく名前だけを彼に呼ばれるのは初めてだ。
どうしてなのか、私は泣いてしまいそうだった。




