7・3 エメリヒの敵
「みなさん、どうしたのかしら」
柔らかい芝生を踏みしめながら、首をかしげる。約束をしていたお友達はみんな、
「私たちはご遠慮しますわ。オホホホホ」と微笑んで去って行ってしまった。
「やっぱりあなたのことを誤解しているのかしら」
コンラッドがおかしなことを主張したせいで、生徒の中にも私たちのことを誤解している人がまだいる。でもお友達は分かってくれていたはずなのだけど。
「俺が怖いのかもな」
「そうね。私といるときはいつも険しい表情だもの」
「――悪い」
「もう見慣れたわ」
そんな話をしながら、秋の園遊会名物『近衛騎士団の隊列行進』が見られる園庭に向かう。
エメリヒは騎士団を移籍したため、行進への参加もなくなった。でもせっかくなので、見学をしたいのだそうだ。
突然、エメリヒが立ち止まった。彼の見つめている先を確認しようとしたら、
「エメリヒか」
と不機嫌そうな声がした。
エメリヒが硬い動作で頭を軽く下げる。
そこにいたのは彼のご両親と、お兄様だった。
「なぜお前がここにいる」と顔をしかめたギュンター公爵。「近衛見習いをクビになるような恥知らずは屋敷にいろと命じたはずだ」
……え? クビ? 恥知らず?
公爵はいったいなにを言っているの?
「エメリヒは自ら辞めたのですよ」
と夫人が弱々しい声で公爵に向かって訂正した。けれど、公爵は
「お前は黙っていろ」と一蹴した。
「こちらには、守りびととして参加しています」とエメリヒが強張った声で答える。
「は?」と今度はお兄様が眉を寄せて、弟をにらむ。それから私を。「精霊姫を守っていないではないか」
「事情があります」とエメリヒ。
とても辛そうな声に聞こえた。
「失礼します、公爵閣下」と私は会話に割って入った。
私は王太子の元婚約者。邪険にされていたけど公爵夫妻との面識くらいはある。
「精霊姫のご配慮で、彼は私の護衛をしてくださることになりました。精霊姫の判断に異を唱えますの?」
ギュンター公爵が私を睨む。
「そも、こいつに護衛など務まるはずがない。そんな能力は皆無なのだからな!」
「私は彼に何度も助けられましたのよ。護衛としての能力も個人としてのお気遣いも、賞賛に値するものですわ。なのに、実のご家族がご存じないだなんて。不思議なことがありますのね」
公爵相手に、少し言いすぎかもしれない。でも仕方ないわ。お腹の底がフツフツと煮えたぎっているのだもの。
だいたいエメリヒよりもお兄様のほうが、よほど恥知らずよ。女性関係で大騒動を起こしたことは有名だもの。そのせいで二十代も半ばなのに、いまだ独り身でいる。
それなのに公爵はエメリヒだけを、責めているの? あんまりだわ。成績だってとても優秀なのに。
周囲の人々が私たちの成り行きを見ようと、足を止め始めた。
「つい先ほども、彼に助けられましたわ。精霊姫様のご慧眼は素晴らしいですわね。それとも閣下は、『王太子殿下の婚約者ではなくなった令嬢などに護衛は必要ない。どうとでもなれ』とおっしゃるのでしょうか」
精霊姫との威光を借りる物言いだけど、今くらいはいいわよね?
私たちは、じっと睨みあう。
やがて公爵父子は、これ以上は不利と判断したようで、フンッと鼻を鳴らして去っていった。
ひとり残された公爵夫人。彼女は私に向かって
「酷い態度でごめんなさいね。でも、ありがとう」と告げ、それからエメリヒに
「その服、とても似合っているわ。よかった」と微笑むと、足早に夫たちを追っていった。
ふう――っと、エメリヒが大きく息を吐いて肩を落とした。
どうしていいかわからない。せめて励ませればと思って、そっと彼の二の腕に触れた。
彼が私を見る。いつもどおりの不機嫌な表情のようでありながら、どこか悲しそうにも見える。
きっとこれが、アドリアーナが言っていた彼の事情だったのだわ。
「巻き込んで悪かったな」
「いいえ」
それ以上、なんて言葉をかけていいのかわからない。彼は考えていたよりずっと、悲しい状況にあるらしい。お母様だけが救いなのかもしれない。
周りの貴族たちが好奇の目でこちらを見ているから、私たちも再び歩き始めた。
いくぶんか離れた場所へ来たところでエメリヒが、
「俺だけ使える魔法の属性が、ひとつなんだ」とポツリとこぼした。
「それが普通じゃない」
魔法には四つの種類がある。普通はひとりが使えるのは一種類。複数使えるひともいるけれど、稀だ。
コンラッドはあんなにロクデナシだけど、全種類使える。でも一種類しか使えないお父様に秒で負けた。
使える種類の数よりも、使い方のほうが重要。私はそう思う。でもエメリヒのお父様はそうではない、ということなのね。
「父上も兄上も二種類持ちだ。だから火しか属性がない俺は、落ちこぼれ。公爵家の面汚しってわけだ」
「意味がわからないわ。公式行事の最中にあんな態度をとるほうが、非常識で恥さらしよ」
エメリヒが私を見た。険しい表情が、ゆっくりと変化していく。
そして最後に柔らかな笑みになった。
ほとんど見ることのない彼の笑顔に、鼓動が早くなる。
――その顔は反則だわ。
耐えきれなくなって視線をそらす。
すると今度は私たちを繋ぐ赤い糸が目に入り、どこを見ていいのかわからなくなってしまった。




