6・2 エメリヒと一緒に調べ物
放課後、学校図書館の定位置となった閲覧机で、魔法書を開く。
ここに通うようになって、そろそろ三週間。まだ、成果はなし。赤い糸に関する記述が少なすぎて、心が折れそうになってきたわ。
私の左手小指には依然として赤い糸が結わわれているし、その先はエメリヒに繋がっている。
「今日はこれにした」
そんな声とともに、となりに一冊の大型書物が置かれた。
「助かるわ。それ、持ち運びが大変だから後回しにしていたの」
「そういうことは早く言え」
ギロリとエメリヒが私をにらむ。
「ええ。――でもね、前も言ったと思うけど、騎士団がお休みの日は、休息にあてたほうがいいと思うのよ。読むのは私のほうが何倍も早いのだし」
「『お前は戦力外』と言いたいのか」
「違う、とは言えないわね」
そう言って笑いかけると、エメリヒは鼻を鳴らして顔をそむけた。
「でも、本心よ。騎士団を移籍したばかりだし、大変なんじゃないの?」
「俺はそんなに軟弱じゃない」
だとしても、なんだけどな。
騎士団のことだけじゃない。コンラッドとの関係も変化している。
私はクラスが違うから、はっきりと知っている訳ではない。だけどアドリアーナの話では、かなり険悪だという。
あの事件から一週間ほど経つけど、コンラッドはいまだに一方的に敵意を抱いていて、エメリヒはそれを無視している、といったところみたい。
精霊姫と七人の守りびとは今はもう中庭でのランチをやめて、食堂で昼食を取っている。
私が見かけたときはいつでも、エメリヒとコンラッドは離れて座っている。
今の関係は、結構なストレスなのではないかと思うのよね。
ひとつ良いことがあるとしたら、アドリアーナがコンラッドといちゃいちゃしなくなったことね。だいぶエメリヒに有利になったはずだわ。
「そうよ。お休みなら、アドリアーナをデートに誘うべきではないの?」
エメリヒが私を睨む。
「なぜだ」
「だってアドリアーナがコンラッドを見捨てたとはいえ、ライバルは沢山いるのよ? がんばらないと他の守りびとに彼女を取られてしまうわ」
「前から思っていたんだが、お前は誤解している。俺はアドリアーナを恋愛的な意味で好きではない」
「みえみえの嘘を。でも、触れられたくないのね。ごめんなさい。こっそり応援することにするわ」
「そうじゃない」
と、彼は特大のため息をついた。
「『可愛いな』くらいは思っていた。でもそれだけだ。どうして誤解されているのか、見当もつかない」
「だって守りびとはみんな彼女を好きでしょ?」
それにあなたはマンガで告白していたし。
「そんな訳あるか。本気なのはコンラッドとフランツ、あとふたりほどだ。全員じゃない」
でも――。
一生懸命にマンガの内容を思い出す。
「まあ俺は」とエメリヒ。「騎士としての矜持もあるから、そう誤解されるような態度はとっていたかもしれない」
それではマンガと話が合わないわ。卒業式間近に、とても真剣にアドリアーナへの思いを伝えるのだから。
あら? 待って。卒業式はまだ半年近く先だわ。もしかして。
「これから好きになる出来事が、起きるのかしら」
「どうしてそうなる」エメリヒが額を押さえて、またため息をつく。「俺は彼女を好きじゃないし、これからも好きにはならない」
「未来のことなんてわからないわ」
「そうだな」
エメリヒと繋がる赤い糸を見る。
最初は、殺害する者される者を意味しているのだと思った。でも今は、違うと信じている。
だって、そんなシチュエーションになる要素がないはずだもの。ゲームの強制力が働きでもしない限り。
だとしたら、これの意味はなんなのかしら。
「ん? だとしたら、アドリアーナにあなたのことをプレゼンする必要はなかったの?」
「まったくな!」
「一生懸命推したのに。早く教えてよ」
「面白かったから」
「ひどいわ!」
でも、我が家でプレゼンしたときは、エメリヒは恥ずかしそうに真っ赤になっていたわよね?
あの反応はなんだったのかしら。アドリアーナを好きだからではないの? ただの恥ずかしがりやさん?
強面のエメリヒが?
ちらりと彼を見れば、真剣な表情で魔法書を読んでいる。
そうよね。図書館にいる目的は、赤い糸を切るため。おしゃべりに興じている場合ではないのだわ――。




