5・4 エメリヒをプレゼン
「「アドリアーナにも見えているの!?」」
エメリヒと私は、同時に彼女に詰め寄った。
「ええ。ということは、ふたりも――」
「これがなんなのだかわかるか?」
エメリヒが彼女の言葉を遮って、更に迫った。
「なにって、赤い糸でしょ」とアドリアーナが困惑している。「運命の伴侶を繋げる赤い糸」
「違うわ」
彼女に握られたままの手をそっと外して、糸がよく見えるようにする。
「確かに赤い糸だけれど、ほかの意味があるのだと思うの。だって私たちは嫌いあっているもの」
「でも、エメリヒはこのところずっとラウラ様を助けていますよね?」
「たまたまよ。ね?」
とエメリヒを見ると、彼は強張った顔でうなずいた。
可哀想に。アドリアーナに一番されたくない類の誤解よね。
「昨日のことだって、話したとおりよ。偶然と先生の指示の結果、ああなっただけ。ここにいるのも、お礼のやり取りをしていただけ」
アドリアーナはまたも、私たちの顔を見比べる。それから赤い糸を。
「わかりました。じゃあ、そういうことにします」
ちょっとひっかかる言い方だけど、とりあえず一安心ね。
「でも、どうしてアドリアーナには見えるのかしら。私たちのほかには誰も見えていないのよ」
「たぶん精霊姫だからだと思います。時どきほかの人には見えないものが、見えるんです。赤い糸は初めてですけど」
「まあ。すごいのね」
そう褒めると、彼女は照れたように微笑んだ。
「でもそうなると」とアドリアーナ。「コンラッドの言葉は、本当にすべて嘘だったということですね」
「そうだ」とエメリヒが私の代わりに答えた。
それからふたたび、私たちは椅子にすわった。
エメリヒが離れてくれて、ほっとする。彼は騎士見習いのせいなのか、威圧感がすごいのだもの。
「きのう王宮に帰ってから、色々情報を集めたんです」とアドリアーナ。「なんとか、ラウラ様がコンラッドの婚約者になった経緯も、聞き出しました。王家だけに伝わる言い伝えのせいなんですってね」
「あら、聞いたの? 外部には秘密だったはずだけど」
「精霊姫の肩書を悪用しちゃいました」とアドリアーナが可愛らしく肩をすくめる。
それから彼女は、言い伝えの内容をエメリヒに教えた。
聞き終えた彼は不思議そうに
「どうしてそれが極秘事項なんだ」と首をかしげた。
「王族が滅びるからじゃないかしら。私を殺せば簡単に済むもの」
「それなら精霊姫以上に護衛をするはずだ」
「あら、護衛はいるわよ」
アドリアーナみたいに学校内まで連れて歩いてはいないけれど、外出時には必ず同行する。屋敷だって鉄壁の守りよ。
「はい」とアドリアーナが片手を顔の高さにあげた。「一説によると、女神の呪いらしいです」
「神様なのにかよ?」
「うん。初代国王が女神との約束を反故したからだとか。だからなにがなんでもラウラ様を王族に入れたかったみたいですよ」
「そんなの初耳だわ」
女神デメリングの呪いが関係しているだなんて、聞いたことがないわ。
私の扱いはだいぶ酷かったわよ?
事実なら、私を逃さないようにもっと丁重に扱ってくれたのではないかしら。
それとも呪いだからこそ、疎ましく思って粗雑だったとか?
「だが婚約解消は認められたのだし――」
とエメリヒが言うと、アドリアーナは「え!」と飛び上がった。
「ラウラ様、本当に解消するのですか!」
「近日中には。今、父が慰謝料や世間への公表内容について、話し合っているわ」
「そうなんですか……」
アドリアーナは力なく顔を伏せた。
「大丈夫かな。呪いの話を陛下たちが信じているなら、ラウラ様を簡単に手放すとは思えないんですけど」
「そうかもしれないわね。でも、あなたが心配することじゃないわ。気にせずコンラッドと幸せになってね」
そう伝えてから、不安になった。
この数日でコンラッドがどれほどろくでなしなのかを、実感した。
勉学も魔法も優れてカリスマ性もある(だから守りびとたちは彼の嘘に騙され続けていたのだものね)。
でも、人間性はクズだわ。
あんな男と結ばれて、アドリアーナは幸せになれるのかしら。
マンガではいい雰囲気だったけれど……。
アドリアーナは令嬢としては変わっているし、彼女の配慮のなさで私はだいぶ苦しい思いをした。
でも、悪い子ではないわ。
「ええと、でもね、アドリアーナ。これは本心から言うのだけど、コンラッドはやめたほうがいいと思うの」
「俺もそう思う」間髪入れずにエメリヒが賛成した。
「私もちょっと」とアドリアーナ。「エメリヒの話と、王宮で集めまくった証言から、コンラッドへの見方が変わったというか。軽蔑したというか」
「そうよ! あなたにはもっと良いひとがいると思うわ。素敵なひとが周りにたくさんいるじゃない」
エメリヒと目があった。
「彼とか」
「ほかの令嬢と赤い糸で繋がっているひとは遠慮します」と苦笑するアドリアーナ。
「だからこれはそういうのではないのよ!」
ああ、なんてことなの! 赤い糸のせいでエメリヒが不利になっている。さすがに可哀想すぎるわ。
ここは今までの恩返しで、私ががんばるところね。
「アドリアーナ、エメリヒって良いと思うわよ? 騎士になるのだから、あらゆるものから守ってくれるもの。剣技の実力は私は知らないけど、お父様は良い騎士になるだろうと褒めているわ。その上魔法の成績だって学年次席でしょ?」
首席はいつもコンラッド。でも彼はもう論外だから、実質エメリヒが首席ね。
「それにあなただって見たでしょ? 階段から落ちそうになった私を瞬時に助けた、瞬発力と筋力。すごいわよね? カッコよかったと思わない?」
あのとき支えてくれた、がっしりとした体躯を思い出す。なんだか顔が熱い。
「ええと、それから。倒れている私を見つけたら、嫌っているにも関わらずに保健室に運んでくれたのよ? 先生に頼まれて、いやいやながらも面倒を見てくれたし。意外にいいひとよね?」
「はあ」と気のない返事のアドリアーナ。
「コンラッドと違って、道義に外れたことはしなさそうだし。それに菫みたいな瞳も可愛いし――ええと、ほかになにか良い点があったかしら。顔はせっかく綺麗なのにいつも怖いから、いまいちよね。あ、でも私以外には険しくなかったわね」
「ラウラ様」と真顔のアドリアーナ。「私はなにを聞かされているのでしょうか」
「エメリヒのプレゼン? 私と誤解されたままでは可哀想だから」
「ノロケにしか聞こえませんよ?」
「ええ?」
エメリヒを見る。
彼は大きな手で口を覆ってあらぬほうを向いていた。顔も耳も真っ赤になっている。
「ごめんなさい。余計なことをしたかしら」
マンガでは彼がアドリアーナに告白するのは、私が殺される少し前のことだ。つまり半年先。
そうだわ。彼はコンラッドと違って控えめで、彼女を好きな気持ちをあまり見せなかったのだった。
いくら可哀想だからって、私がぐいぐいアピールをするのは、よくなかったのだわ。
おまけにノロケだなんて勘違いもされてしまった。
「お前は本当におかしい」とエメリヒ。
「あら、私はラウラ様ってすごく可愛いかたなんだなと思いましたよ!」
そう言ってアドリアーナがエメリヒをにらむ。
おかしい。逆効果になってしまったわ。
「ラウラ様は、親しみやすい方だったんですね。もっと早く、ちゃんとお話すればよかったです」
と、アドリアーナが可愛らしく微笑んだ。
ああ、そうだわ。私は今までずっと、公爵令嬢かつ王太子の婚約者としてふさわしい態度で生活してきた。
ありのままの自分を曝け出してはならないと、厳しく教え込まれたから。
「――そうね。これからはもう、自由に振る舞うわ」
顔がほころぶのが自分でもわかる。
コンラッドとの縁も切れるのだもの。
私は新生ラウラとして、楽しい日々を送るのよ。
私を許してくれたアドリアーナに感謝して、それから――
赤い糸を見る。
エメリヒにも、深謝しないとね。




