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5・3 精霊姫の爆弾発言

 応接室に入ってきたアドリアーナは、エメリヒを見て目を見張った。

 それから慌てたように、私にぺこりと頭を下げた。


「急に来てごめんなさい。お手紙を出さなければいけないことは知ってはいるんです。でも、コンラッドに見つかると、ちょっとメンドウそうだったから」

 確かに、とエメリヒが同意してから、首をかしげた。

「ん? アドリアーナはここまでどうやって来たんだ?」


 彼女は王宮に住んでいる。精霊姫を保護するという理由で。

 そして毎日の登下校は、コンラッドと同じ馬車に乗っているのだ。


「マクシムさんの馬に乗せてもらったの」

 アドリアーナは私を見て、『マクシムさんは私専属の護衛騎士様です』と付け加えた。

「コンラッドが怒りそうだ」と眉を寄せるエメリヒ。

「そうかな?」と不安そうになるアドリアーナ。「でも、ラウラ様に謝りたくて」

「私に? あなたが?」

 どういうことかしら?

 アドリアーナは『はい』とうなずくと、

「きのうエメリヒから色々聞いたんです。コンラッドはあなたのことについて、私たちに嘘をついていたらしいって」と申し訳なさそうに身を縮めた。


 エメリヒを見ると彼は、

「きのう、彼女とフランツに話したんだ。コンラッドは、俺たちが思っていたような人間ではないかもしれないと」と言った。

 とりあえず私たちは着席することにした。


 先ほどまでエメリヒが座っていた長椅子に、彼とアドリアーナが微妙に距離をあけて腰かける。

 執事が新しいお茶を入れてくれて、その間は気まずい沈黙が降りた。

 だけど、彼のお茶は美味しく、急な出来事に動揺している私の気持ちを、落ち着かせてくれる。

 ひといきついてカップをソーサーに戻したタイミングで、アドリアーナと目があった。

 彼女は決意したかのように、「ラウラ様」と切り出す。


「私はずっとラウラ様のことを誤解していました。コンラッド本人には興味がないのだとばかり。まさか、私の行動があなたを傷つけているとは思わなかったんです」

 アドリアーナがしゅん……と小さくなる。

 令嬢らしくはないけれど、すごく可愛い仕草だわ。

 コンラッドやエメリヒが夢中になってしまうのが、わかる気がする。だけど――


「どのような理由があろうとも、婚約者がいる男性と過度に親密にするのは、倫理的に間違っているわ」

「はい。ごめんなさい」

「それから、どのような理由があろうとも、意地悪をすることも同様ね」

「はい。――え?」

 アドリアーナがまん丸な目で私を見る。

「私も、あなたに酷いことをしました。ごめんなさい」

 立ち上がり、頭を下げる。さっきのエメリヒのように、しっかりと。


「わわわ! ラウラ様!」

 アドリアーナが慌てて立ち上がったかと思うと、ガンっと鈍い音がして

「痛いっ!」と彼女は叫んだ。

「なにやってんだ!」とエメリヒも立ち上がる。

 どうやらアドリアーナは足をローテーブルにぶつけたらしい。涙目になって膝の下を押さえている。


「大丈夫?」

「こ、このくらい、ラウラ様に与えてしまった痛みに比べれば、な、なんてことありませんっ!」

「それなら私もぶつけなければ――」

 痛そうだけど。きちんと謝罪するためには、アドリアーナだけが痛い思いをするのは、おかしいもの。

 テーブルをみつめ、足をいったん引く――


「待て、やるな!」

 エメリヒがテーブルを飛び越えたかと思うと、私の腰を掴んで抱き上げた。

「ちょ……! なにをするの! 降ろして!」

「いいけど、やるなよ」

「どうして!」

「こっちが聞きたい!」


 エメリヒがギロリと私をにらむ。


「やっぱりお前って、ちょいちょいヘンだよな」

「どこが!?」

「ていうか、やるなよ」

 エメリヒは、意外にも丁寧に私を床に降ろした。

 アドリアーナが涙目のまま首をかしげている。


「えっと、ラウラ様。ラウラ様が足をぶつけても私は嬉しくないし、むしろ困りますよ?」

「でも、あなただけが苦痛を感じるのは、おかしいわ」

「だって、これはただの粗相ですよ? そうだ! 痛みなら、図書館で本をぶつけてしまったから、おあいこです」

「そうかしら」

「そうです!」と彼女は叫んで、またこてんと首をかしげた。「もしかして、私を許してもらえるのですか?」

「ええ」

「わわわ!」と叫んでアドリアーナが駆け寄ってきた。

 ぐっと私の両手を握りしめる。


「ありがとうございます。私ってばサイテーだったのに……」

「アドリアーナ。お前は彼女を許すのか?」となぜかエメリヒが割って入ってきた。

「もちろんです! ていうか、おこがましくてごめんなさい! でも、許す許さないを私が決めなくてはならないのなら、許します!」


「ありがとう……」


 やけに騒がしいけど、許してもらえたということでいいのよね。してしまったことは取り消せないけれど、これからは誰にも意地悪をしないと誓うわ。


 エメリヒを見る。

「ありがとう。誤解を解いてくれて」

「ああ。それで――」と彼がじっと睨んでくる。「俺は?」

「あ、忘れるところだったわ。許すわ」


 エメリヒは大きくため息をついた。

 アドリアーナが私の手を握りしめたまま、私とエメリヒの顔をなんども見比べる。

 そして、

「えっと。どうぞ?」

 と、私の手をエメリヒに差し出した。


「どうして?」

「だって」とアドリアーナは可愛らしく小首をかしげる。「本当はお付き合いをしているんですよね?」

「「は?」」

 私とエメリヒの声が重なる。

「ありえないわ、そんなこと」

 だってエメリヒはあなたを好きなのよ? どうして誤解をしたのかは知らないけれど、さすがにエメリヒが可哀想だわ。


「でも」とアドリアーナが私の手を見た。「ふたりには見えていないのかしら。左手の小指同士が赤い糸で結ばれているんですよ」

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