4・4 エメリヒと私の反撃
「『再生』」
私の呪文を受けて、貝がぱかりと開く。中には大粒の真珠が入っている。ただ、これは貝を模した魔道具だ。かなり希少で高額だから、あまり売れることはないという。だから授業で取り上げられることもない。
開いた貝から
「『ロンベル令嬢。コンラッド殿下からのご伝言です。今すぐ講堂裏に来いと』」
と音声が流れて、周囲がざわりとした。
「『遅い!』」今度はコンラッドの声。「『ごめんなさい。これでも乗降場からまっすぐに来たのよ』」次は私の声。
悪鬼の形相のコンラッドが片手をあげた。攻撃される!
咄嗟に貝を両手で包む。その間に視界が遮られてコンラッドが見えなくなった。
エメリヒだ。
どうしてなのか、彼が私の前に立っている。
「まさか、これを破壊する気か? コンラッド」
「『言い訳はいらん! 一体どういうつもりなんだ』『なんのこと?』『とぼけるな! あれほど言ったのに、昨日も仕事をさぼったじゃないか』」
音声記憶専用の魔道具から、声が流れ続ける。
幸いなことに、これは魔力地場の影響を受けなかったらしい。時どき雑音は入るものの、コンラッドと私の会話がしっかりと聞き取れる。
「いったいどういうこと?」とアドリアーナの戸惑った声が聞こえた。
「こいつら、ついに証拠まで捏造を!」と答えたのはコンラッドだ。
エメリヒを避けて、前に進み出る。そしてアドリアーナをまっすぐに見据えた。
「昨日も彼に、無茶苦茶なことを言われたのよ。そのあとは王宮に呼び出されて、両陛下からお説教と懇願。私はもう彼の婚約者でいるのはイヤなのに、誰もが私を利用しようとする」
「『それはあなたの仕事でしょう?』『やれと言ったはずだ』」魔道具からまだ声は流れ続ける。「『断ったわ。もうあなたとの婚約は解消するし、あなたの仕事もしない。目が覚めたの。きのう、そう伝えたわよね?』『そうやって俺の気をひこうとしても無駄だぞ』」
「アドリアーナ、信じるな! 彼らが捏造したんだ!」
「これが捏造品ではないことは、先生方によって証明されているわ。ちなみに購入は昨日。王宮の魔法省で私が直接買ったの。対応してくれたのは、リンネル魔術師よ」
彼は魔法省で一番の実力者。彼が適当な品を売らないことは、誰もが知っている。
そして先生方の証明。
コンラッドは私を攻撃したつもりで、自分の首を締めたのよ。
あんなことを言わなければ、みんなの前でこれを披露するつもりなんてなかったのに……。
私は貝を閉じると、
「彼は」とエメリヒを示した。「校舎の窓から見たのですって。コンラッドが講堂裏に向かう姿を。校則違反になるのにどうしたのだろうと不思議に思って探しに行ったら、倒れている私を発見したそうよ。ただそれだけよ。私に付き添っているのは、保健医のキンバリー先生に命じられたから」
正確にはちょっと違うけど、だいたい合っているからこのくらいの差異は許されるわよね。
エメリヒのことは大嫌いだけど、私とおかしな仲だと誤解されるのは可哀想だもの。もちろん私もすごくイヤだし。
「……彼女は骨折三ヶ所、打撲多数のひどい状態だった」
エメリヒの言葉にアドリアーナが両手で口を覆う。
「コンラッド。『見下げた』は俺のセリフだ。お前がそんなヤツだとは知らなかった」
「言い訳があるなら、後日聞くわ。そこを通して。立っているのもツラいの」
私がそう告げるとコンラッド以外の全員が、さっと道をあけてくれた。彼を避けて進む。
外に出ると、ロンベル家の馬車と従者が待っていた。
「今日はありがとう」
心をこめて、丁寧に頭を下げる。赤い糸が目に入った。
彼と私の間にどんな因縁があるのだとしても、今日の私は彼のおかげで命拾いをしたのだわ。
「いや……。ゆっくり休め」
「そうするわ。でも、あなたは大丈夫?」
これからクラスに戻ればコンラッドがいる。気まずい、なんてレベルではないはずよね。
「お前こそ。あいつの言い訳を聞いてやるのか」
「そのくらいの度量はあるわ」
というよりも、バッドエンド対策だけど。
私が殺される結末があるのだもの。ゲームにない展開になったとしても、王太子を怒らせれば同じ目にあうかもしれない。
恐ろしい未来を回避するためには、さっきの反撃の始末はつけておいたほうがいいはずよ。
……なんとなく、エメリヒが頼りになりそうな気が、うっすらする。
だけど絶対に気のせいよね。
「そうだ。今回のお礼もしないといけないわね。なにがいいかしら」
「あ!」
とエメリヒは声をあげて、変な顔になった。というか間抜けヅラ。そんな気の抜けた顔もできたのね。
「母上から茶葉のお礼を預かっていたんだ」
「ええ? お礼にお礼? 困るわ」
「俺もそう言ったぞ?」と彼が肩をすくめる。「だが、相当に嬉しかったみたいだ。あれは入手困難だとかで」
「そうね。なら、また茶葉の詰め合わせにするわね」
「……」
エメリヒが私をにらむ。
「ダメだったかしら?」
「それは、『母』の喜ぶものだ」
「ああ、またお礼のお礼が来てしまうのね」
なぜだかエメリヒが手で額を押さえている。
「お前って……」
「なに?」
「いや。いい」
なにそれ。気になるじゃない。
だけど、エメリヒにあまり関わりたくはないしな。
エントランスから、アドリアーナとフランツがこちらを見ているし。
私はもう一度お礼を言うと、馬車に乗った。
閉まる扉の向こうで、エメリヒはずっと私を睨んでいた。
赤い糸がうねうねとしながらも、繋がっている。
扉に挟まれて切れてしまえばいいのに。
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