4・3 コンラッドと再び対峙
キンバリー先生によると、私がコンラッドに攻撃された証明はできなかったそうだ。
教師の何人かは高度な術を使って、特定の場所で起きたことを映像記録として再現することができる。だけど講堂裏は魔力磁場が安定しない。そのせいで、再現できなかったらしい。
そしてコンラッドは、すべてを否定。
ただ、彼が講堂裏方面に向かった目撃者は数人いたという。
学校長は王宮に報告をするという。でもどうせ、この件はそこで終わるはずよ。
私は校則違反の処罰として、反省文を提出することになった。明日。
今日は早退して、体を大事にするようにとの指示がくだった。
馬車の乗降場に向かう私のとなりには、なぜかエメリヒがいる。キンバリー先生に見送りを頼まれたからだけど、どうして断らなかったのかが不思議でならない。
しかも彼は私のカバンまで持ってくれている。
怪我人をほうっておけない、騎士らしい行動とは言える。だけど相手は私。
嫌ってる人に対してそんなことをするなんて、おかしい。きっとなにか裏があるのだわ。
――だけど彼は私を存分にひとりで泣かせてくれたし、号泣したせいでひどい状態の顔のことも、気づいていないふりをしてくれている。
もしかしたら思っていたよりかは、イヤなヤツではないのかもしれない。
「本当にコンラッドはお咎めなしになるのか」
とエメリヒがいぶかしげに尋ねた。
先ほど私が説明したことへの疑問ね。
「ええ。教師陣にはこれ以上追及できないもの。陛下ご夫妻はきっと私を『コンラッドを怒らせるな』と叱るわ」
数日前だったら、更に『怒らせるラウラが悪い。婚約者としてもっと相応しい態度を取れ』と言われたに違いない。
「さすがにお父様が抗議するだろうから、そうしたら、なにかしらはあるかもしれないけど。望みは薄いわ」
そんな話をしながら校舎のエントランスに到着すると、外での実習を終えたエメリヒのクラスが入ってきたところだった。
タイミングが悪い。私もだけど、エメリヒも、こんなところを見られるのはイヤだろう。
人波の向こうに、コンラッドがちらりと見えた。そのとたんに心臓が跳ね上がり、息苦しくなる。
思わず足が止まった。
私を攻撃したコンラッド。きっとこの場を無言で通りすぎやしない。私に絡んでくる。
「顔色が悪い。保健室に戻るか」
かけられた声で我に返った。エメリヒが険しい顔で私を睨んでいる。だけど、今の気遣う言葉をかけてくれたのは彼だ。
「……大丈夫」
そう答えたとき、
「ほおう!」っと、コンラッドの怒りに満ちた声がエントランスホールに響き渡った。
見れば、顔も憤怒に満ち満ちている。彼のとなりには困惑した表情のアドリアーナ。それから守りびとのフランツ・レーゼル。彼は軽蔑の眼差しをエメリヒに向けている。
他の生徒たちも次々と足を止め始めた。あっという間に、私たちとコンラッドたちの周りに人垣ができる。
それを待っていたかのようにコンラッドは、
「見下げたぞ、エメリヒ!」と叫んだ。「王太子の婚約者を奪うとはな!」
「「ええ??」」
私とエメリヒの声が重なった。あまりに予想外のセリフだった。
「教師から説明を受けたのだ!」とコンラッドはまるで生徒たち全員に聞かせるかのように、声を張り上げた。「ラウラ・ロンベルが俺から攻撃を受けたと主張している、とな。酷い話だ」
周囲がざわめき、フランツは『そのとおり』というかのように、大きくうなずく。
それを確認してコンラッドが続ける。
「お前たちは俺に冤罪を着せ、それを理由に自分たちにとって有利になるよう、婚約解消を進めるつもりだったのだろう! だがそんな卑怯な手段は許せぬ!」
「なにを言っているんだ?」エメリヒが困惑した声を出した。「コンラッド、お前、そんな無茶な話が通ると……」
「絶交だ、エメリヒ! お前もギュンター公爵家も、無論ロンベル家も処分は免れないからな。覚悟しろ!」
「エメリヒ」と悲しそうなアドリアーナが割って入ってきた。「本当にそんなことをしたの?」
「まさか」
「嘘つきめ!」とコンラッド。「だが、どうしても愛し合っているというのなら、多少は考慮してやらなくもない。我が精霊姫を悲しませるわけにはいかないからな」
――なるほどね。彼の意図がわかった気がするわ。
先に私たちを攻撃することによって、自分は冤罪を着せられた被害者だというイメージを周りにつけてしまいたいのよ。
教師たちが彼を追及しないことは間違いない。だからそこは安心。
問題は生徒の噂だものね。
だからって、こんな手に出るなんて。
下衆すぎじゃない?
私はこんな人をずっと好きだったの?
幼いころにかけてもらった言葉を後生大事に大切にして、彼を慕い続けて。
愚かだったわ。
どうしても消えてくれなかった、彼への思いも完全に消え去った気がする。
「コンラッド。あなたはどのように先生からお話を聞いたの?」
「白々しい! お前が、俺によって講堂裏に呼び出されて、攻撃術を受けたと主張しているのだろう!」
制服のポケットに手を入れる。
手のひらにおさまる美しい二枚貝。
それを取り出して手のひらにのせ、コンラッドたちに見せる。
たいていの生徒が首をかしげるなか、コンラッドの顔だけが強張った。




