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4・1 コンラッドの攻撃

 王立魔法学校第一校は都にありながらもとても広い敷地を有しており、勉学のための本校舎のほかにも、幾つかの建物がある。例えば講堂。


 講堂は、外観はミラノのスカラ座、内装はヴェルサイユ宮殿の鏡の間といったところだ。全校集会などでも使われるけど、主目的は年に三回ある交流会。普段は鍵がかかっていて、入れない。


 つまりひとけがないということでは、お昼時の薬草園といい勝負なのよね。ただ、正面玄関側は本校舎からよく見える。一方裏側は技能実習用の小さな林に面していて、まったく人目につかない。そしてここは、授業時間以外は立ち入り禁止となっている。


 私はドキドキしながらそこに足を進める。

 学校に到着した馬車から降り立ってすぐに、コンラッドの従者からここに向かうように告げられたのよね。

 どう考えても、良い用件のはずがない。無視をしようかとも考えたけれど……。


 講堂背面の中央部辺りに、コンラッドが腕を組んで立っている。顔をしかめ、見るからに不機嫌だわ。

「遅い!」

「ごめんなさい。これでも乗降場からまっすぐに来たのよ」

「言い訳はいらん!」コンラッドは私をねめつける。「一体どういうつもりなんだ」

「なんのこと?」

「とぼけるな! あれほど言ったのに、昨日も仕事をさぼったじゃないか」


 さぼったって…‥。


「それはあなたの仕事でしょう?」

「やれと言ったはずだ」

「断ったわ。もうあなたとの婚約は解消するし、あなたの仕事もしない。目が覚めたの。きのう、そう伝えたわよね?」

「そうやって俺の気をひこうとしても無駄だぞ」

「……あなた、なにを言っているの?」


 どうしてそんな発想になるの? 言葉が通じないの?

 コンラッドは無茶苦茶なことを言っているのに、そうとは思っていないらしい。私を見下したような顔をしている。


「お前の手には乗らない。婚約は解消しないからな」

「ええっ!?」

 あまりに驚いて、公爵令嬢らしからぬ大声が出てしまった。慌てて手で口を押さえる。


「お前は黙って俺に従えばいいんだ!」

「だって。あなたはアドリアーナが好きなのでしょう? 婚約解消をしないことには――」

「お前の意見なんて聞いていない!」と怒鳴って、コンラッドは醜悪な表情になる。「俺とてお前なんかとは結婚したくない。だが父上と母上が、絶対にそれはならないと言うんだ。お前のせいで昨日は三時間も説教をくらった」


 なんてことかしら。陛下たちはまだ、婚約を解消させてくれないつもりなのだわ。

 コンラッドが変われば私の気持ちも変わると思っているに違いない。

 ……それだけ私はずっと、彼らにとって『王太子の良い婚約者』だったから。 


「わかったな? お前はちゃんと今までどおりにしろよ? もちろん、俺たちには近づかないで、だ」

 心が冷えていくのがわかる。

 彼がここまで人でなしだったなんて。本当に私は、今まで彼のなにを見てきたのかしら。

 子供のころの『好き』という気持ちにしがみついて、目が曇っていたのだわ。


「……あなたたちに近づかないわ」

 鷹揚にうなずくコンラッド。

「でも、今までどおりにはしない」


 きっぱりと告げる。コンラッドの目が怒りに燃える――と思った次の瞬間、全身に強い衝撃を受けて体がはじけ飛んだ。すぐに次の衝撃が背中に走る。


 なにが起きたの……?

 体がバラバラになりそう……

 痛い……


◇◇


 頬が痛い。

「おい! しっかりしろ! おい!」


 うるさいわ。

 ああ、痛いのは頬だけじゃない。全身が痛い。どうして?

 私の体は爆発でもしたのかしら?


「おい! 死ぬな! 目を覚ませ!」

 誰かが死にかけているの? 気の毒に。

 私も死にそうなくらいに全身が痛いけれど。

 それにしても、どことなく覚えのある香りがするわね。爽やかなシトラス。


「おい!」

 頬がペチペチと叩かれているような気がする。

「しっかりしろってば! ……ラウラ・ロンベル!」

 え? 私の名前?


 重いまぶたを苦労してあげると、視界いっぱいに顔があった。可愛らしい菫色の瞳をした、この整った顔は――


「……エメリヒ?……」

 声がうまく出ない。けれど彼の耳には届いたのか、大きく息を吐いて頭をたれた。

 私に名前を呼ばれることすらイヤらしい。


「よかった。死んでいるのかと思った」

「……そのほうがあなたたちには都合がいいわよね……。守りびとたちはみんな私を嫌いじゃない」

 目をつむる。少し喋っただけで疲れてしまった。体も痛い。

 私、どうしたのかしら。


「どこか痛いところは?」

 問いかけにまぶたを開く。紫色の瞳と目が合う。

「全部……」

「ぜ……」彼がごくりと音を立てて唾をのみこむのがわかった。「なにがあった?」

「わからないわ。確かコンラッドと話していたはずだけど……」


 答えながら、彼の顔の距離が近すぎることに気がついた。エメリヒの顔の後ろは抜けるような青空だ。どうやら私は地面に倒れていて、彼に抱き起こされているらしい。


「医務室に運ぶ」

 エメリヒがそう言ったかと思うと、私の体は浮き上がった。彼に横抱きにされている。

「……まるで助けられているみたいだわ……」

 こんなことが現実だとは思えない。きっと悪夢を見ているのね。

 それなら、どこからが夢?

 きっと、コンラッドに呼び出されたところからだわ。

 そう思いたい。


 だって。

 うまく働かない頭でもわかる。

 コンラッドといたはずなのに、彼はいない。

 なにがあったにしろ、倒れた私を彼は見捨てて去ったのよ。

 最後に見た彼は、憤怒の表情で私を睨みつけていた。 

  

 彼から呼び出されたとき。

 もしかしたら陛下夫妻に促されて、コンラッドは今までのことを謝ってくれるのかもしれないと、ほんの少しだけ期待してしまっていた。


 私は本当に愚かだわ。

 そんなことはないと頭ではわかっているのに。


 ダメだ。また涙がにじんでしまいそう。

 だけどエメリヒに二度も、涙を見せたくなんてない。



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