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不幸A面/幸B面

 死の順番は、いつだって良い人から訪れる。




「けが、なくて、よか、った」


 掠れた女性の声が、未熟な耳に届く。


「だれ、か。だれか……!! 子供が、子供が──」


 男の声。

 絞り出すような、苦しい声。

 それが聞こえると同時に、俺の意識は黒く塗りつぶされていった。





 浅い眠りから目を覚ました俺は、重たい不快感を拭うために洗面台へと向かった。


「……くそが」


 もう何度見たか分からない夢。

 そのせいで、俺は今でも苦しんでいる。


 ──十六年前。


 俺の家族が乗っていた車が大破し、当時三歳の俺を除く全員が死んだ。

 旅行中だったらしく、父、母、全員が乗っていた。


 それが、俺の不幸の始まりだった。


 祖父母は既に他界済みであったために、事故のあとすぐに孤児院に入った。

 その時は──まあ、それなりに楽しい生活を送っていた。


 ──十年前。


 火の不始末が原因で、孤児院は全焼した。

 俺自身も顔に大きな火傷を負ったが、それでも助かった。

 だが、職員含め、一緒に育ってきた兄弟たちは……。


 本当に、くそみたいな人生だ。


 俺に優しくした人間は、全員仲良く(・・・)死んでいった。


 今まで入ってきたいくつかの孤児院では、優しく接してくれた職員数人が死んだ。

 里親に迎えてくれた老夫婦も、交通事故で死んだ。


 ──死、死、死。


 それが常に付きまとい続けてきた人生だった。


 最後の孤児院で、死神だなんだと陰口を叩かれ続けたのも知っている。

 だが、そっちの方が楽だった。

 誰も優しくない方が、誰も死なないから。


 そうして、孤児院を出た俺は、すぐに働き始めた。

 火傷のせいであまり良い眼は向けられなかったが、それでも、何とか食いつなげている。

 毎日、スーパーで品出しやら何やらで金を稼ぎ、元々細かった腕がさらに細くなるほどの生活費で日々を暮らす。

 世間一般の人間と比べたらあまり良い生活とは言えないが、人が死なないならそれで良かった。

 不愛想だと、不気味だと思われても、何も感じなかった。

 優しくされないことが、俺の幸福だから。


 ──ガチャリ。


 鍵を閉め、ぼろぼろのアパートの階段を一段づつ降りていく。

 誰も不快に思わないよう、慎重に、慎重に。


 最後の一段を降り、ようやく少し息を吐く。

 後は、いつもの道を辿るだけだ。


 回りっぱなしのレコードのような生活、それが俺にとっての幸福だ。

 針は摩耗しきって、音も鳴らなくなったレコード。

 その上で時間を消費するだけの一生が、一番の幸福だ。


「ナーオ」


 朝の重苦しい空気を切り裂くような、小さな鳴き声。

 それが聞こえた方へと、ふと視線を向けると、そこには小さなトラ猫がいた。


「ナーオ」


 何かをねだるように再び鳴いた猫。

 何かをあげようにも、手元には何もない。

 どうするかと迷った挙句、俺は猫のいる空き地を素通りした。





「そろそろ閉めるぞ」


 店長の声に振り向き、小さく頷く。

 自分の方も、少し前に退勤準備が終わったところだ。

 今日は特別忙しいという日でもなかったから、少しだけ気分がいい。


「お疲れさまでした」


 店長に頭を下げ、ややゆっくりめの歩調で歩く。

 背後から、シャッターの下りる音が聞こえた。





 帰路のおよそ七割を歩いた頃。

 視界の上方に映る空は、雲と星が入り乱れ、中途半端な暗さをしていた。

 この辺は街灯も少ないため、星が明瞭に見えると同時に、目の前の道が少しだけ不気味に見えてしまう。


「ナーオ」


 小さな声だったため、一瞬だけ聞き逃しそうになった。

 だが、昼間と同じように空き地の方へ視線を向けると、そこには悠々と一匹の猫が鎮座していた。

 昼間と同じかどうかは判別がつかないが、とりあえず、またトラ猫だ。


「ナーオ」


 腹が減っているのだろうか。

 それは俺も同じだから、何も期待してほしくなどないのだが。

 というか、猫も人を選べばいいのに。

 俺よりも少しいい人を選ぶだけで、飯にありつけるかもしれないのに。


「…………」


 家に、期限が近い鯖の缶詰があったはずだ。

 半分くらいなら、分けてあげてもいいかもしれない。


「ナーオ」


 繰り返しの鳴き声を背に、俺は少し歩調を速めて家へ向かった。





 期待通り、鯖缶はすかすかの棚の中に入っていた。

 それの半分を素早く平らげ、俺はやはり速めの歩調で玄関を出た。

 さっきよりも、雲の量が増えている。

 もう少し、急いだほうがいいかもしれないな。


 そんなことを考えながら、俺は例の空き地までの道を歩き始──


 ──ドンッ。


 脳が揺れるほど大きな音。

 手に持っていた丸皿が割れる小さな音。

 それが聞こえたと同時に、俺の意識はどんどんと黒く消えていった。


「ナーオ」


 一瞬だけ聞こえた、猫の鳴き声。

 それを最期に、俺の意識はプツリと消えた。

マニュアルのプレイヤーでレコードを回したら、ずっと回りっぱなしだそうですね。

何かのきっかけでひっくり返さない限り、ずっと同じ音が流れるのでしょうか。

針の摩耗が心配ですが。

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― 新着の感想 ―
お疲れ様ゾォ〜コレ!(小並感) なかなか…深い内容ですねぇ! 主人公くんの背景とトラ猫くんがナーオと泣きながら最後に繋がる感じのところが…いいですねぇ!(酔っ払い感)
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