伝承
かつて、暴虐の限りを尽くした炎の女神『レーヴァ』がいた。
見かねた神々は剣に彼女封じ込め、破壊の剣――レーヴァテインと名付けた。
その剣は一夜にして国を灰にしてしまうだろう。
七夜にして、世界を灰にしてしまうだろう。
そして幾千年の時が流れ、その剣はある男の元へ流れ着いた。
男は炎の英雄となり、風の民と共に黒き竜を冥府へと送り返した。
レーヴァテインは行方知れずとなり、その後その剣を見た者はいない。
しかし、努々忘れるな。
黒き竜は舞い戻る。破壊の剣と共に。
「ちなみに、伝承によればその時の呪いで、風の民には風の加護の無い子供が生まれるのだそうだよ」
話を終えると、先生は残っていた紅茶を一気に飲み干した。
ルノアール公は剣をマジマジと見つめ、
「それで、これがそのレーヴァテインだと言うのか?」
その通り、と頷く先生。
ルノアール公はフン、と鼻を鳴らした。
「あれは言い伝え……迷信だろう? 大体クリフよ、なにか証拠があるのか?」
先生は人差し指を立て、
「まず第一に、アキラ君は炎の精霊術を使った」
次に中指を立て、
「第二に、どうやらその黒き竜との戦いに私の祖先も参加していたらしい。どこかで見た事があると思ったら、先祖の誰かがレーヴァテインの形状を記録していた」
それがこれだ、と先生はポケットから折りたたんだ一枚の紙を取り出した。
紙を受け取り、広げるルノアール公。
晃も、思わず覗きこんだ。
そこには、晃が持っている剣とよく似た剣が描かれている。
「波状にして紅き刀身。触れるものすべてを焼き尽くす破壊の剣『レーヴァテイン』なり……」
晃が文面を読み上げると、ルノアール公はうーむとうなり、紙を先生に返した。
「さらに言うなら、この世界に炎の精霊術を使う者などいない筈だよ。炎を吐く魔獣ならいるがね」
「……と、言う事は黒き竜とやらも蘇った事になるな」
顎に拳をあて、ルノアール公は眉根を寄せた。
「アキラ君、何かしらないかね?」
「そう言えば……」
晃は昨晩、眠りに落ちる前の事を思い出した。
「昨日、寝る前なんですけど誰かに『あいつが来る』って言われたような気がしたんです」
その時は酔いが原因の幻聴だろうと思っていたが、今の話を聞くと急になにか意味のある言葉に思えてくる。
「それは、レーヴァからのメッセージかもしれないね」
と、先生。
ふむ、そうかもしれないなと頷くルノアール公。
うーん、と三人が唸っていると、突然屋敷の中から誰かがこちらに向かって走ってきた。
「せーんせっ!」
がしっ、と先生に抱きつき、顔をその胸に埋めたのは見た目同い年位のエルフの少女。
「お久しぶりです!」
「やあ、エレネ。大きくなったね」
途端に笑顔になった先生はそう言うと、エレネの頭を撫でた。
他のエルフが腰のあたりまで髪を伸ばしているのに対し、肩のあたりで切ってしまっているエレネは、その大きな目も相俟って可愛らしくも活発そうに見える。
「エレネ、もう大人なのだからそう言うのはよしなさい」
と、悩める父親の顔になったルノアール公が呻くように注意する。
「えー、いいじゃないですかお父様」
ねーと先生に同意を求めるエレネ。
ルノアール公は左手で顔を押さえ、右の手の先で娘指すと、
「紹介しよう、娘のエレネだ」