ルノアール公(2)
町を出て、馬車を走らせる事約一時間。
晃たちはルノアール公爵の屋敷へ到着した。
それは屋敷と言うよりはむしろ城で、屋敷の周りを見上げる程大きな石の壁がぐるりと取り囲んでいる。堀の上に掛けられた橋を渡り、門をくぐり屋敷の前で馬車は停車した。
「降りろ」
兵士に促され、馬車から下りる晃。
先生もその後に続いた。
エルフ達に捕まっている筈の晃だが、先生のおかげで枷等ははめられずに済んでいた。
よほど先生が怖いのか、道中はむしろ見張りのエルフ達の方が緊張していた位である。
(この先生ってマジですげぇ人なんだなぁ……)
前を行く先生の背中がやけに大きく感じられた。
もしかしたら何事もなく終るかもしれない。
そんな期待を抱く晃だった。
兵士たちに先導され、晃達は城の中へと入って行った。
だだっ広いロビーでは、入り口から大きな階段へ向かって一直線に紅い絨毯が敷いてあり、その両端にまるで壁のように甲冑に身を包んだ兵士たちが立っている。
そして、階段の踊り場に立ちこちらを見下ろしている初老の男性がどうやらルノアール公爵のようだ。
他のエルフと同じ金髪に、碧の瞳。雪のように白く透き通った肌。しかし、彼の放っているオーラは晃が今までに出会ったエルフと違い、高圧的な物ではなく、むしろ友好的である。
優しそうなおじさん、と言う印象を晃は抱いた。
ルノール公の姿を見つけた先生は、
「やあ、アル」
そう言うと、公爵に向かって手を上げた。
「久しいな、クリフよ」
先生の態度に腹を立てる事もなく、ルノアール侯爵は笑ってそう応じると、執事に支えられながら降りてきた。
思わず姿勢を正す晃。
あいたたた等と言いながらルノアール公は二人の前までやってくると、先生の横で気をつけの体勢をとっている晃をみやり、
「お初にお目にかかる。アルフォード・ドナバン・ド・ルノアールだ。アルと呼んでくれたまえ」
笑顔でそう言い、握手を求めてきた。
「あ、あの! 霧埼晃です!」
宜しくお願いします! と、若干裏返った声で応じ、差し出された手を握る晃。
ルノアール公はうんうんとうなずくと、次に先生とも握手を交わし、
「ここではなんだし、外で話すとしようか。今日は天気もいい」
ルノアール公の一言で、晃達は一階のテラスへと移動した。
眼前にはだだっぴろい庭園が広がっている。
「さて、まずは君に謝らねばならないな」
全員が席につき、紅茶が運ばれてくると、ルノアール公はまずそう言った。
「は、はぁ……」
と、緊張気味の晃。先生はと言えば何食わぬ顔で紅茶を啜っている。
「最近はウチの者達も血の気が多くて困る。私は連れてくるように……と言った筈なのだが逮捕しようとするとはな」
ルノアール公の話によれば昨日町の人に乱暴を働いたエルフはその日のうちに罰したらしい。
「それを聞いて安心したよ。アルが差別主義者になっていたらどうしようと思っていた所だ」
はっはっはと笑いながら先生が言った。
ルノアール公はがっはっはと大口を開けて豪快に笑い、腰が痛んだらしく、いてて、と顔をゆがめた。
「あいたた。……その時は、私もろとも全て破壊してゆくのだろう? ええ、クリフよ! お前の相手をするのも悪くはないが、最近年のせいか体がなまってな」
娘に稽古をつけただけでこの有様だよ! と、ルノアール公は肩をすくめた。
「ああ、エレネくんは元気にしているかい?」
「元気すぎて困っている。最近またぐっと腕を上げてな、抜かれるのも時間の問題だろうよ」
ルノアール公はふぅ、とため息をついた。
「強くなるのはいいが、あれでは婿の貰い手があるのやら……」
と、眉根を寄せる。
「婿などそのうち見つかるさ。それより、まずはこれを見てくれ」
先生はそう言うと、晃に剣を見せるよう促した。
促されるまま、晃は布袋から剣を取り出し、テーブルの上に置く。
「これは……」
剣を見た途端、ルノアール公の顔色が変わった。
「すごいな……こんな神具は初めてみる。一体どこで手に入れた?」
「アル。こいつは神具なんて可愛いもんじゃない」
そう言うと、先生は眼鏡の縁を指で押し上げた。
「私の推測が正しければこれはレーヴァテイン――かの伝説にある破壊の剣だ」