休息
「うぉぉ、もうダメ。死ぬ……」
その夜、晃は町を上げてのお祭り騒ぎに巻き込まれ、しこたま酒をのまされやっとの思いで先生の家へと帰ってきた。
「俺まだ未成年だっつの……だめだ……世界が回る……」
扉を開けた所で力尽き、倒れた晃を、先生はまるで人形でも持ち上げるようにひょいと抱きかかえると二階へと連れて行った。
「すいません、ありがとうございます」
ベッドへ寝かされた晃が礼を述べると先生は笑顔でこたえ、部屋を出て行った。
(俺、これからどうなっちまうんだろうな)
一人になり、静寂が訪れると、自然と思考はそっちの方へ向かってしまう。
ちゃんと家に帰れるんだろうか? 早くパソコンに触りたい。
そんな事を考えていると、カチャとノブを回す音がして部屋に光が差し込んだ。
見れば、リエッタが寝巻のまま部屋の入り口に立っている。
「リエッタ?」
晃は布団をのけて起き上がると、リエッタを部屋に迎え入れた。
とりあえずベッドに二人並んで座る。
リエッタは落ち着かない様子でキョロキョロとあたりを見回していた。
落ち着かないのは晃も同じで、何か言わなければと頭をフル回転させるが何も思いつかず、
「あー」と、とりあえず声をだし、
「どうしたの?」
晃は部屋を訪れた理由を尋ねた。
「あの……」
リエッタは何かを言おうとしてはためらうと言う事を二、三度繰り返した後、突然頭を下げた。
「今日は、あ、ありがとうございました」
「あ、いや俺は大した事……してないし」
と、手をひらひらと振って答える晃。
謙遜とかではなく、本当に自分は大した事はしていないのだ。
とりあえず、理由不明の不思議な力がなければあそこで確実に死んでいた。
それを聞いたリエッタはずい、と顔を近づけ
「いえ、大した事ありますよ!」
と、大きな声で言った。
しかし、恥ずかしくなったのか直後に顔を赤らめると、俯き「だって、エルフを三人もやっつけちゃったんだし……」ともごもご言っている。
会話はそこで途切れ、二人の間に静寂が流れた。
「あー……リエッタさ」
沈黙に耐えきれなくなった晃が口を開く。
「その、大丈夫……だった? 今日、怖かったでしょ?」
「あ、はい……」
リエッタは昼間の事を思い出したのか若干震えた声でそう答えた。
「でも、アキラさんが助けてくれたので大丈夫でした」
そっか、と笑う晃。リエッタもそれにつられて笑顔を見せた。
「それにしても、なんでエルフ達はあんなに偉そうにしてるんだろうな。他の人たちだって黙ってる事ねーのに」
ハンナさんとかだったらエルフの一人や二人倒せそうだぜ。と軽口を叩いてみる。実際、あの巨体なら本当に倒せそうだ。
「それは……私たちができそこないだからだと思います」
「できそこない?」
「他の民は皆精霊の加護を受けているんですけど、私たちは風の加護をうけられなかった……エルフなんです。だから、できそこないで……精霊術を使えないのに逆らったりなんてできないですよ」
それでも、昔に比べれば随分とマシになったんですよ? と笑って見せるリエッタ。ほんの何十年か前は、平民ですらなく奴隷として扱われていたという。
「ひでー話だな」
晃は腕を組むと、そのままベッドに倒れた。そういえば、似たような話を学校で聞いたような気がする。
「どこに行っても人種差別ってのはあるんだねぇ……」
「へっ?」
「いや、こっちの話」
晃は手をひらひらと振って体を起こすと、
「そういや、先生は何やってんだ?」
今更ながら、先生がお祭りに参加していなかった事を疑問に思い、尋ねる。
「さあ?」
リエッタは首をかしげ、
「先生はアキラさんがエルフを倒した話を聞いた後からずっとなにか調べ物をしてるようですけど……」
なにを調べてるのかはわかりません、と答えた。
「ふーん……」
なんだか悪い予感がするなぁ……と晃は多くの小説やゲームをやってきた経験から思った。なんだかロクでもない事が起ころうとしている気がする。
晃があーでもないこーでもないと考えを巡らせていると、
「それじゃ、私はこれで失礼しますね」
リエッタはそう言って立ち上がった。
おやすみなさい、と言ってペコリと頭を下げ、部屋を後にする。
その後、三十分程色々悩んでいた晃だったが、眠気には勝てずいつの間にか瞼を閉じていた。
――あいつが来る。
意識が落ちる寸前、晃は誰かの声を聞いた気がした。