レーヴァの炎②
訓練場の片隅に座り、三人が朝ごはんを食べていると手に武器を持ったエルフの一団がやってきた。
どうやら、訓練場を使う兵士らしい。
「あん? なんだお前ら、なんでここにいる?」
三人を見つけた兵士の一人が怪訝な顔で尋ねた。
明らかな敵意をはらんだその声に、リエッタは顔を引きつらせ、晃は眉根を寄せる。
「戦闘訓練のためよ。……許可は貰ってあるわ」
と、素早く立ちあがったエレネが許可証を広げて示した。
男はその許可証をじろりと見やり、舌打ちをする。
「……平民が」
晃とリエッタを睨みながら捨て台詞を残し、その場を去ろうとした所で、
「――待ちなさいよ」
エレネは腕組みをしながら男を呼びとめた。
「……なにか?」
男は振り向き、威圧するような視線をエレネに向ける。
エレネはまっすぐ男を見据えると、
「あやまんなさいよ」
低い声で言った。
「冗談でしょう?」
エレネに向き直り、男は嘲笑うように口角を上げる。
「冗談じゃないわ、二人に謝りなさい」
と、男を睨んだまま厳しい口調でエレネが言う。
二人が睨み合っていると、なんだなんだと残りの兵士達が集まってきた。
「どうしたんだ、サージェ」
そのうちの一人が尋ねると、サージェと呼ばれた男はまったく訳がわからないと言うように肩をすくめて見せた。
「どうしたもこうしたも……そこのお嬢さんが俺があの二人に平民と言った事を謝れっていうんだよ」
「ほう……」
兵士達の視線が一斉にエレネへと注がれる。
「お嬢さん、我らが王国騎士と知っていて、そう言っておられるのですかな?」
別の兵士が、馬鹿丁寧な口調でエレネに尋ねた。
おちょくるような物言いに、眉をピクリと動かすエレネ。
「……身分は関係ないでしょう? 私の友人達への無礼な発言について、謝罪して欲しいのよ」
「それはできない相談だな」
と、サージェ。
「なぜ?」
エレネはどこまでも無表情にそう言った。サージェはその問いをハン、と鼻で笑うと、
「王国騎士が平民ごときに頭を下げたとあっては国の威信にかかわる」
そう言って仲間達と顔を見合わせ笑い、
「それに、何を頭を下げる必要があるというんだ? 今回だって、我々が援軍として来なければここは陥落していた。我らが守ってやったのだよ。ザウラ共の侵攻を結界で防いだのもエルフ。陥落しそうな所を助けたのもエルフ。平民に一体なにができた? 何も出来ぬ愚図の分際で……昨日の事で舞い上がっているのではないですかな? 愚図は愚図らしくお仲間の所にいればいい」
「なっ……!?」
大きく目を見開いたエレネが反論しようとすると、サージェはそのエレネに対して、「あなたも!」と言って指を指した。
「女でありながらそんな格好をして、平民相手に騎士ごっこなどせずに、もっと淑女としての自覚を持った振る舞いをしてはどうだ? 愚図とつきあい、男の真似事とは……親が泣くぞ」
「い、言わせておけばっ!」
「――おい!」
木刀を振り上げたエレネを手で制し、晃は剣を抜くとサージェと対峙した。
サージェの顔が怒りに歪む。
「おい、平民。聞き間違いかな? 俺においと言ったように聞こえたんだが」
「ああ、悪い。聞こえなかったか。頭だけじゃなくて耳も悪いんだな」
「なんだと?!」
サージェは剣を抜き、切っ先を晃の鼻先に突き付けた。
「俺の靴に頭をつけて謝罪するなら許してやる。次はない」
どこまでも冷たく、無機質な声でそう言い放つ。
「……それはこっちの台詞だ」
晃は唸るようにそう言うと突きつけられた剣を掴んだ。
途端に、剣を炎が包み込む。
「うわっ」
サージェは思わず悲鳴を上げ、剣から手を離した。
「な、なんだ?!」
唖然とした表情で、炎に包まれる自身の剣と晃をみる。
剣だけでなく、晃の周りに生えていた草が炎に包まれ、灰となった。
晃の体を、先程よりずっと濃い赤色の光が包む。
「お前に……」
晃が口を開くと、吐息と共に火の子のような紅い粒子が舞い散った。
晃は、己の体に力が湧き上がってくるのを感じていた。
「エレネの何が分かるんだ!」
その力を声に乗せ、怒声としてサージェに放つ。
「うっ」
その剣幕に、サージェは息を飲むと、後ずさった。
他の兵士達も晃の怒気に飲まれ、体を固まらせている。
「エレネはお前らなんかよりずっと強いぞ! お前なんかの狭い常識振りかざして、エレネの事をあれこれ語るんじゃねぇ!」
それに、と言ってリエッタをちらりと見る。
「リエッタは愚図じゃない。取り消して二人に謝れ!」
「お、おのれ言わせておけば……」
恐怖を騎士としての誇りで何とかねじ伏せ、サージェは拳を握りしめた。
「平民風情が王国騎士に逆らった事、後悔させてくれる!」
サージェが晃に殴りかかろうとしたその時、
「――そこまでだ」
突然、鋭い声が響き渡り、一人の騎士がこちらへ向かって歩を進めてきた。
きりりとした端整な顔立ちのその騎士は兵士達に歩み寄ると、
「私はこのルイーダ騎士隊、隊長のオーウェンと申します。申し訳ないですが、おひきとりねがえませんか?」
と笑顔で申し出た。
「な、貴様……」
殺気立つ兵士達。
「この方達は我らを救って下さった大事な客人。特に、今あなたが殴りかかろうとした少年はかの黒き竜を退けた程のもののふですよ?」
笑顔を崩さずオーウェンがそう言うと、サージェは目を見開いて晃をまじまじと見た。
「こ、こいつが噂の……」
「ええ。ですから、ここは何もせず、帰るのが貴方達のためでもあると思います」
サージェは悔しそうに唸り声を上げながら晃を睨むと、ペッと地面に唾をはいた。
「行こうぜ」
納得いかない様子で晃達の方を何度も振り返りながら兵士達は去ってゆく。
「……全く、あいつ等にも困ったもんだ」
兵士達が行ってしまうと、オーウェンは腰に手を当て、苦笑を洩らした。
「あんた達、悪かったな」
そう言ってニッと歯を見せて笑い、背を向ける。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
そのまま歩いて行こうとするオーウェンを、晃は慌てて呼び止めた。
「うん?」
「その、ありがとうございます」
「良いって」
オーウェンは手をひらひらと振って答え、
「あんたにここで暴れられても困るしな。それに、ザウラ共との戦いで俺は人間の事を見直してるんだ」
と付け足す。
「いつか、平等な世の中がくるといいな。……二人とも、同じエルフとして同胞の無礼な発言を許してほしい」
オーウェンが深々と頭を下げると、
「い、いえ……」
恐縮しておずおずとリエッタも頭を下げた。
「あ、そうそう。お嬢さん」
オーウェンは次にエレネの方を向くと、
「さっき、あんたの戦いを見せてもらった。あんたを倒せる戦士はそうそういないだろう。……強いな」
「あなたも、なかなか強そうね」
エレネがニヤリと笑ってそう言うと、オーウェンもニヤリと笑み返す。
「あんたとは一度戦ってみたいな。……名前は?」
「エレネよ。私も、あなたの名前を覚えておくわ。いつでも挑戦は受けるから遠慮なくかかってきなさい」
「そうさせてもらうよ」
オーウェンはそれじゃ、と言って手を頭上に掲げると、訓練場から去って行った。
「ふぅ……一時はどうなる事かと思いましたよ」
緊張の糸が切れ、リエッタはへろへろとその場に座り込んだ。
「まぁ、何事もなくてよかった」
と、晃。
「そうね」
エレネは晃の言葉を短い言葉で肯定すると、それにしても、と親指を唇に押しつけた。
「さっき、アキラの力が私と戦ってる時よりずっと強くなってた気がするんだけど」
「あ、それは俺も思った。……なんでだろうな?」
うーんと考え込む二人。
「……あの、だったら先生に聞いてみたらどうですか?」
なんの事やら分からないリエッタが首をかしげながら提案すると、
「それだ!」
「それよ!」
と同時に反応する。
そうして、三人は先生の病室へと向かう事にした。