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イシュタルパニック①

 その夜。

 エレティコス率いるザウラの軍勢を退けたルイーダは歓喜に沸いていた。

 町のいたる所に露店が立ち並び、楽団が絶えず音楽を奏でている。

 病室で眠りにつく前に出したマンサナレスの命により、今日は人間もエルフと同じように城や店に立ち行っても良い事になっていた。

「もう、起きて良いんですか?」

 晃が城の中をうろついていると、リエッタが声をかけた。

「ああ。まだ体はだるいけど、俺の場合凄く疲れたってだけで先生達みたいに怪我してる訳じゃないから」

 腹に剣を刺された先生とルノアール公をはじめ、ヴォルフや市長のマンサナレスは病室で未だ治療中である。

「あの……」

 リエッタは手を合わせながら上目づかいに晃を見た。

「じゃあ、あの……」

「うん?」

 晃が聞き返すとリエッタはビクッと飛び上がり、

「あの! 外……いきませんか?」

 少々錯乱状態でそう提案した。

「あの、本当に良かったら……ですけど」

「そうだな……」

 晃は目を細め、一瞬考える。

「じゃあ、行こうか。外の風に当たりたいし」

「本当ですか?!」

 リエッタは目を輝かせると前に立って歩き始めた。

 二人は城を出ると、賑やかな町を横切り、城壁の上に到着すると眼下に広がる大平原を見下ろした。

 星明りに照らし出される平原は昼間のそれとちがい、妙に神秘的で、その奥にある闇に吸いこまれてしまいそうな気さえしてくる。

「あー、やっぱり高い所は気持ちいいや!」

 晃は大きく伸びをすると寝転がり、空を見上げた。

 リエッタも、その横に仰向けになる。

「アキラさん……本当にありがとうございました」

 リエッタがぽつりと口を開いた。

「先生と一緒に、黒き竜と戦ってくれて。晃さんがいなかったら、ルノアール公も先生も死んでたって、皆言ってました」

 晃は「ははは」と力なく笑い、

「俺は何にもしてないよ」

 そうして、黒き竜と対峙した時の事を思い出す。

「俺はさ、びびっちゃって……怖くて、レーヴァに話しかける事も忘れてたんだ。ルノアール公に言われて思い出したけど、じゃなきゃあそこで死んでた」

 ルノアール公の話によれば、晃が記憶を失ったのはレーヴァが晃の魂を押しのけ外に出たからで、黒き竜を追い返せたのはそのためらしい。

 しかし、それは大きな危険を伴う物で、もし後数分元に戻るのが遅ければ眠ったまま起きれなくなり、さらに時間が立てば死んでいてもおかしくはなかったそうだ。

「黒き竜を追い払ったのはレーヴァ。俺は、肝心な時にヘタレて……ダメダメだ……」

 晃は自嘲的な笑みを浮かべた。

「ダメじゃないですよ」

 と、リエッタは晃の手に自分の手を重ねる。

「結果的に……アキラさんは先生達を救ったんですから。一番ダメなのは私です。一緒についてくるだけついてきて、肝心な時に何もできない……エレネさんの時だって」

 リエッタは目を細めると、手に力を込めた。

「エレネさんが襲われた時だって、結局逃げちゃってたし」

「俺だって、レーヴァの力がなけりゃそんなもんだよ」

 リエッタはクスリと笑い声を洩らした。

「じゃあ、私達はダメコンビですね」

「そうだな」

 晃も声を出して笑う。

「まあ、こうやってぼやいててもなーんにもならないけどさ。心は楽になるよな」

「はい」

「世の中頑張るだけじゃどうにもならん事もあるんだし……傷をなめ合う事も必要だよな……ってどっかの小説に書いてあったけど」

 どの本だっけかな? と晃は首をかしげた。

「一人で傷舐めたって虚しいだけだからさ。相手がいるってのはいい事だよ」

「ええ……」

 リエッタは体を横にして晃の手を両手で握りしめた。

「私、アキラさんに会えてよかったです」

「そ、そお……?」

 リエッタの行動に、どぎまぎしながら晃は「俺も良かったよ」と答える。

 やがて心地よい風が城壁の上を吹き抜け、二人は互いの手の温もりを感じながら瞳を閉じた。

 不安はあるが、こうして手をつないでいるだけで安心できる。一人ではないと、力が湧いてくるような気がする。

「――おい! 少年少女!」

 そんな空気を、ヴァンの酔った声がかき消した。

 突然放たれた大声に、二人が飛び上がるようにして体をおこすと、アデーレを横に従え、ヴァンがふらふらとこちらに向かって歩いてきている。

「お兄ち……兄さん、もうやめなさいよ」

 アデーレは兄の腕を引っ張り、帰らせようと頑張るがヴァンは構わず晃に歩み寄ると、その横にでんと腰を下した。

「ヴァン……その顔どうしたの?」

 未だ腫れの収まらないヴァンの顔を見て晃は眉根を寄せた。

「ちょっとよ、色っぽい姉ちゃんと遊んだら火傷しちまったのよ」

 ヴァンはそう言うと酒瓶を晃に渡し、「まー、飲めよ」と勧めた。

「いや、俺はちょっと……」

 と、どこかで見た事のあるやりとりをかわす二人。

「ほら、兄さん帰りましょう」

 アデーレはすまなそうに二人に頭を下げると、兄を無理やり立たせた。

「なんだよ、アデーレちゃん」

「ほら、いいから帰りますよ」

 困った顔でそういうアデーレは、しかしどこか楽しそうだ。

「おに……兄さん。飲みすぎです。水を飲みに行きましょう」

「わーったよ! じゃあな、少年! 若さで過ちをおかすなよ! いや……その方がいいか?!」

 ぐわっはははとエロおやじのような笑い声を上げるヴァンを、アデーレは引きずるようにして連れて行った。

 リエッタと晃は顔を見合わせ、思わず顔を赤くする。

「ま、間違いとかそんなん起こる訳ないじゃんな?!」

 と、動揺を隠すように早口でまくしたてる晃。

「わ……私は……別に、アキラさんなら……」

 晃と視線を合わせぬよう下を向きながら、リエッタは小さな声で呟く。

「へ?!」

 それを聞いて固まる晃。

「じょ、冗談ですよ?」

 リエッタがぶんぶんと手を振りながら笑うと、晃も「な、なんだ……」と少し安心した顔で笑う。

「……」

 そんな二人を、城壁の隅から見つめる影があった。

 黒いローブからは褐色の肌が覗いている。

「かーわいいわねぇ……」

 一連のやりとりを聞いていたイシュタルは、微笑ましい表情で二人を見ながらそう呟いた。

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