ルイーダ防衛戦②
「おいおい、こりゃあやべえぞ!」
木の上に登り、双眼鏡で様子を窺っていたヴァンは飛び降りると頭を振った。
「ルイーダの周りをずらーっと訳の分からん蜥蜴野郎どもが取り囲んでやがる!」
「だから、そう言ったじゃない」
眉根を寄せ、エレネがイラついた声を出す。
「これじゃ町に近づく事もできないわ」
「落ち着けお嬢ちゃん! 焦ってもどうにもならない」
「あんたが一番焦って木に登ったんでしょうが!」
「やめなさい二人とも」
先生は落ち着いた声でそう言うと、顎に手を当てた。
「今、ルイーダは結界に守られてようだけど、長くは持たないだろうね。そうすれば一斉にザウラ達が町へ襲いかかる」
「やべーじゃねぇか!」
「いや、これはチャンスかもしれない」
ヴァンの言葉に、先生は笑顔でそう返した。
「チャンスって、どういう事だよ先生」
怪訝な顔でヴォルフが尋ねる。
「アキラ君、黒き竜がどこにいるかわかるかい?」
「えっと……」
晃は目を瞑り、レーヴァに語りかけた。
(レーヴァ、奴がどこにいるかわかるか?)
『ジンヨリハナレタバショ。サソリニスワッテイルオトコガソウダ』
「あの、大きなサソリに座っている奴がそうみたいです」
「ありがとう」
先生は頷くと、エレティコスを指差した。
「今、あそこにいる奴が敵を率いている黒き竜だ。今は手を出す事ができないが……もし戦が始まればザウラ達はルイーダを攻めるためいなくなるだろう。もしかしたら、傍にいる二人も。幸い、奴等はまだ我々の存在に気づいていない。そうなれば、勝機はある」
「俺達全員であいつをやっちまうって事かい?」
「いや……」
先生は眉根を寄せると少し考え、
「二手に分かれよう」
「結界は消えた。……人間は残し、エルフは皆殺しにしてやれ」
結界が消えると、エレティコスの言葉でザウラ達が一斉にルイーダめがけて突撃を開始した。
「てぇー!」
オーウェンの合図で城壁の上から一斉に矢が放たれる。
しかし、人間の放った矢はザウラの鱗を貫けず、弾かれてしまった。
「ちっ!」
思わずオーウェンは舌打ちする。
直後、ザウラ達の放った矢が雨のように降り注いできた。
「盾だぁ!」
オーウェンの掛け声で兵達は盾を頭上にかざす。
かざされた盾に、矢が幾本も突き刺さった。
やがて城壁まで達したザウラ達は梯子を立て掛けはじめる。
それを登り、城壁の上に出ようと言う作戦らしい。
「梯子を落とせ! 絶対に上らせるな!」
上ってきたザウラを風を纏った剣で突き刺し、オーウェンは梯子を蹴り倒した。
「人間! お前らは目を狙え! 他は硬くて剣が通らんぞ!」
指示を出しながら城壁の上を走りまわる。
「弓兵! 破城槌を運んでいる奴らを狙え! 絶対城壁に近づかせるな!」
――ドォン!
突然、大気を震わせる轟音が辺りに響き渡った。
音のした方を見たオーウェンは思わず顔を引きつらせる。
城壁がある間は何とか対抗できる……そんな兵士達の淡い希望をうち砕いたのは血のように赤黒い剣を持った大男だった。
「突撃ー!」
剣を突き出し、シュドライはルイーダ中に響き渡る大声で命令を下した。
城壁に開けられた大穴から次々とザウラ達がなだれ込んでくる。
そんなザウラ達を、風を纏った矢が貫いた。
「ルイーダ市長にしてヨーク城城主、このマンサナレスが相手になろう!」
マンサナレスはそう叫ぶと、襲い来るザウラ達を次々と斬り倒す。
「お前達、私に続け!」
おおおおお! とエルフ達が時の声を上げた。
「面白い!」
シュドライはにぃ、と歯を見せて笑うと、老兵とは思えぬ身のこなしで立ちまわっているマンサナレスに剣を振り下ろす。
マンサナレスが横に跳んでそれを避けると、凄まじい音共に地面がえぐられた。
「わが名はシュドライ! 太古の昔より陛下に使えしヒュドラの末裔なり!」
「ふん……化物が騎士を気取るか。我が名はマンサナレス! ルイーダの守護を司るじいさんじゃ!」
「あらあら……お熱い事ね」
周りを巻き込んで戦いはじめた二人を横目に、イシュタルは悠々と戦場を歩いていた。
そんな彼女めがけて一本の矢が放たれる。
「あら、危ないじゃない?」
危なげなく飛んできた矢を掴むと、イシュタルはその主を睨んだ。
「女の顔を狙うなんて、非常識なエルフね」
黙したまま、アデーレは剣を構える。
「いいわ、丁度暴れる相手が欲しかったの。……来なさいな」
イシュタルが微笑むと、アデーレは足を風を纏わせ跳んだ。
突き出された剣を体をねじってかわし、まるで踊り子のように反り返ると、その反動を使ってアデーレの顎を蹴りあげる。
「くっ……」
よろめいたアデーレは顎を押さえるとイシュタルを睨みつけた。
「女の顔を狙うのは非常識ではなかったの?」
「あら、あなたは大丈夫よ」
イシュタルは嘲笑するような笑みを浮かべ、
「逆に美人になるんじゃない?」
「アデーーーーレェェエエエエエエ!」
二人が睨み合っていると、突然、空から叫び声が降ってきた。
ドスン、と言う音と共に城壁を飛び越えた大きな黒い狼がアデーレの前に着地する。
「よう、アデーレ!」
狼の背中の上で、ヴァンは妹に向かって剣を振った。
「今帰ったぜ。お兄ちゃん登場!」
「おい、あんまり大きな声だすなよ!」
狼はそう言うと前足でザウラ達を吹き飛ばした。
「まったく、緊張感がないんだから!」
と、文句を言いながら飛び降りたエレネが地上に降り立つ。
「まあ、久しぶりの帰郷なんだ大目にみてくれや」
続いてヴァンも飛び降りると、アデーレに駆け寄り、その体を抱きしめた。
「おお、アデーレ! 会いたかったぜ!」
「ち、ちょっと、やめてよ!」
アデーレは顔を真っ赤にして兄を突き放すと、
「状況を考えてよねお兄ちゃん!」
怒声を上げた。
「怒った顔も可愛いぜ」
にやけ顔でそう返したヴァンの頭めがけてイシュタルの踵が振り下ろされる。
ヴァンはそれを剣で受けると、足の主を睨みつけた。
「兄妹の再開に水を差すたぁ、野暮な姉ちゃんだな。……色っぽいけど」
「お兄ちゃん!」
「女同士の戦いに水を差すなんて無粋な男ね」
イシュタルは微笑みながらそう言うと、ガードされた足をふみ台にし、体をねじってもう一方の足でヴァンの横顔に蹴りを入れた。
「ぶほっ」
蹴られた顔を押さえ、たたらを踏むヴァン。
「姉ちゃん、やけに体硬いし力強いな。良く言われない?」
「それはどうも」
イシュタルは妖艶な笑みを浮かべると、挑発するように唇をなめた。
「あなたの体もすぐに硬くしてあげる」






